ショートストーリー「予感」
その日、私たちは佐渡にいた。
カーフェリーで新潟から2時間半。
両津港付近で夜ご飯を食べることにした。
まずはネットで、飲食できる大体の場所を調べて、あとはそのあたりを歩いてみる。
感覚で入ってみたいと思った店に入った。
佐渡のお店ってどんな感じなんだろう。
私だったら選ばない店の名前だったけど、連れが気になると言うから、そこに入ってみることにした。
とはいえ私は、見知らぬ土地でお店に入ることを恐れてしまうタイプでもあるから、どこに入りたいかと言われても選ぶことはできなかっただろう。
完全に連れの判断に委ねていた。
入ったお店は結果的に、大正解だった。
大変良心的なお店で、店主が夫婦揃って謙虚で優しい方だった。
広くはない店内だったが、かなり賑わっていて、ほぼ満席の状態だった。
カウンター席だけ空いていて、自然な流れで隣同士で座ることとなった。
料理がまた、美味しいんだわ。
そもそも、お通しが優しい味つけの煮物で、かなり期待できると思った。
次に出てきた、つまみの、とろけるチーズがのったチップスターは美味しかったし、特製唐揚げもとても美味しかった。
追加で頼んだシーチキンパスタだって、本当に美味しかった。ひょっとしたら今まで食べたパスタの中でもトップ3に入るくらい。
連れとはその夜が初めて2人で食事する機会だったため、すぐ真隣に座りつつも、ところどころ緊張していたのは間違いなかった。
けれども、出てくる料理一つ一つに、これも美味しい、こっちも美味しい、と、素直に出てくる感想が一致する喜びと、慣れない土地でいいお店を一発目で見つけてしまった喜びと共に、どうしても、話が弾んでいた。
私はハイボールを。ドライバーの彼はコーラを。
今夜も明日も、明後日も、一緒に行動する相手だった。
手取り早く、ちょっと、酔ってしまいたかった。
早く2人の関係を築いて、できるだけいい雰囲気の中、一緒に時間を過ごしたかったのだ。
普段は積極的にハイボールを頼むわけではないが、共通の認識として、「からあげにはハイボール」であることには間違いなかったのだ。
楽しい、時間だった。あっという間に時間が過ぎた。
頼れる彼が隣にいる安心感と、美味しい料理に心満たされ、そろそろ宿へ帰ろうかということになった。
あっれ、私、ミニマムに生きることを心がけて、人との関わりを減らそうとしているんじゃなかったっけ。
自身が久々に男性と2人きりで飲んでいることに気づいた。なぜだか彼の隣は心地が良い。
出身校の先輩でもあり、場繋ぎ的な共通の話題には困らない。
学生時代互いの存在は知っていたが、話したことは一回もなかった。卒業して6年。
「こうやってまた繋がることがあるんですね。こんなことになるとは、予想もしなかったですし、1ヶ月前の自分に、GWは佐渡ヶ島で、〇〇さんと2人飲むんだよって伝えても、何がどうなってそうなるのか、分からなさすぎる、理解できないと思います。」
って言ったら相手もやっぱり、同じ解釈だった。
お代はなんと合計3000円。え、安い、安過ぎる、、、。
お腹いっぱいだぞ?私はお酒も飲んだぞ?
一人当たり1500円ということか?
儲けを出そうとしていないだろう値段。
だからまた行きたくなるんだろうね。
値段にびっくりしながら、
全部美味しかったです
って奥さんに伝えたら、
席狭くてごめんね
って言ってくださった。
クレジットカードが使えなくてすみません
と、奥にいた店主の旦那さんがわざわざ出てきて、
連れに伝えていた。
なんて丁寧なのかしらと。
いやあ、本当に良いお店とはこういうことかと思い知る。
ほろ酔いで店を出た。行きはなんとなく雨は止んでいたけど、店を出る頃はちゃんと雨が降っていた。
駐車場まで少し距離があった。
水たまりに反射するのは、ぽつりぽつりと灯る佐渡の飲み屋街の看板の光だった。
佐渡の活気を映し出すそれらの水たまりを避けながら、肩が雨に濡れてしまったり濡れてしまわなかったりして、彼のさす傘にうまく入ったり入らなかったりした。
ああ、何かが、始まりそうな予感。