“広義のデザイン“が組織に根付き、“広義のデザイナー“が役目を終える時 -2022年のデザイナー市場動向-
この記事のサマリー
広義のデザインは職種を超えて、組織全体で行う時代に
求められるデザイン関連スキルは多様化
デザイナーは、あらためて軸となるスキルの言語化をしたい
◯広義のデザイン ×広義のデザイナー
広義のデザインとは、一般的には意匠やモノだけではなく体験やサービス全体に目を向けて設計していくデザインの捉え方を呼ぶ言葉です。
このような広義のデザインを経営のレベルから捉え直す企業が徐々に増えてきました。
広義のデザインを組織レベルで行う企業が増える昨今、
そのような先進的な企業では、広義デザイン・マインドセットは最早デザイナーだけのものではなくなっています。
その結果、いわゆる「なんでも屋」として広義デザインを薄く広く行う"広義デザイナー"はバリューを発揮しにくくなってゆくのでは?と感じています。
今回は2021年に様々会社をお手伝いしてきた私が、いま肌で感じている2022年のデザイナーの市場感覚をお話できればと思っています。
個人単位での広義のデザインへの参画は成されつつある
これまで「広義のデザイン」を合言葉に、デザイナーの上流工程※への参画が行われていきました。
これは"経営資源としてのDESIGN"の底力を証明するためのプロパガンダとして必要なステージだったと感じています。
(※上流・下流という区分は本質的ではないですが、敢えて旧来の体制をイメージしての表現です。)
これまで"狭義のdesign"を行ってきたデザイナーがビジネスやリサーチなどの新しい能力を身に付けることで広義のデザイナー"を目指してきました。
その結果デザイナーの活躍の幅を広げることに繋がり、経営に近い部分に参画するデザイナーが増えたことはとても喜ばしいことだと感じています。
このようなジャンヌ・ダルク的な"旗を立てるデザイナー"たちの活躍によって、〜2021年は日本の多くの組織が「広義のデザインを重んじる文化」を発展させることが出来たといえます。
組織として広義のデザインを行う
そして今、"経営資源としてのDESIGN"に一定の理解を持つ組織が増え始めており、2022年以降はよりその数が増えていくことが予想されます。
そのような組織は職能に関わらず、所属する多くのスタッフが基礎的な教養としてのデザイン・マインドセットを持っています。
このデザイン・マインドセットを持った上で各スタッフはそれぞれの専門性を発揮し課題定義・課題解決に取り組んでいます。
いわば、組織全体で広義のデザインを実現しようという姿勢です。
そんな中ではかつて「なんでも屋」として重宝されていたUI/UXデザイナーも「器用貧乏」に陥ってしまう危険性をはらんでいると感じます。
2022年からは、先進的な企業からこのトレンドが顕在化しだすではないかと予想しています。
これまではひたすらに職能の幅を広げて来たデザイナーも、十分にデザイン・マインドセットが形成された組織でバリューを発揮するためには、新たに自分の軸を意識必要があるかもしれません。
"広義のデザイン"は1人で行うには広義すぎる
"広義のデザイン"をある一人のスキルセットに閉じることには限界があることがわかってきました。
「人に価値を届ける」ことがビジネスの本質になりつつある現代では、良い意味でも経営とデザインが密接になりすぎました。
これらすべてを一人の担当者が行っているのは、厳密には創業時の起業家のみではないでしょうか?
組織が大きくなるにつれ、スケールしていくためにも各個の専門性を職能として細分化して権限移譲していくのが一般的です。
デザインという言葉自体も抽象化が進みすぎているきらいがあるので、より具体的に言語化を進めている組織が多い印象です。
同時にデザインの細分化も進んでいる
デザインがより広義なものになるにつれ、今まさにデザイン人材の細分化・言語化が進んでいる真っ最中です。
こういったジョブ・ディスクリプションの細分化は2022年現在「現職のデザイナーが整理しながら走っているところ」という現在の所感です。
役割の明文化は進んできたものの、それに当てる人材を育成・確保できておらず、今はまだ多くのデザイナーはそれらの役割を兼任しています。
現職のデザイナーが役割の細分化・言語化していく中で、明文化された役割を徐々に若手に権限移譲していくような流れが2022年以降は続くでしょう。
企業のデザインに対する解像度の高さは求人票の内容を読むことでおおよそ伺い知ることが出来ます。
その企業がどこまでデザインの価値を言語化しているかを調べるためには、デザイナー求人票における、言語化の解像度を確認してみることをおすすめします。
広義デザインは教養に宿る
「早く行くなら一人で進め、遠くへ行きたければなら皆で進め」
という言葉があるように、組織が作るプロダクトをスケールさせるためには、分業や権限移譲というのは必要不可欠なプロセスです。
関連するソフトウェアの複雑化や、アップデートのスピードが上がる中、一人で十分な品質のプロダクトを完成させることはどんどん難しくなっています。
では、"広義デザイナー"を一人で成し遂げるのが難しいのであれば、広義のデザインは廃れてしまうのだろうかというと、そうではないでしょう。
"広義のデザイン"が浸透した先にあるのは、"広義デザイナー"では無く、
「複数の専門家が、教養としてのデザイン・マインドセットを持つ世界である」と考えます。
ユーザーに価値を届けるための視点といったものを中心に、多くの専門家が目線を揃えて共創することが求められています。
これまでロジカル・シンキングといったスキルが一部のコンサルタントの技能から、一般的なビジネスマンの教養に変化していったように
デザイン・マインドセットが一般的な教養になっていく流れが今後加速するのでは?と考えています。
再定義される狭義のデザイン
これまではスタイリングや意匠が狭義のデザインとされてきましたが、
インタビューや、プロトタイピングでの仮説検証力、ファシリテーションなども、また別の狭義のデザインスキルとして定義していくのが良いのではないかと考えています。
昨今は、UXデザインを専門として新卒のキャリアを始めたデザイナーの活躍も目立つようになってきました。
このように等しく「デザイナー」とひとくくりにされてきた人々も細分化され、それぞれの専門性の多様化がよりいっそう進むのではないかと感じています。
組織化されるデザイナー
広義のデザインとは組織全体でデザインに取り組む姿勢であって、ひとりのデザイナーがすべての"デザイン"を受け持つことではありません。
これまでは「UI・UXデザイナー」といった、"ふわっとしたデザイン関連全般"をなんとかしてくれる人材が求められてきたことに対し、
深くデザインの理解が進んだ組織が増えるにつれ、デザインの軸を高い解像度で分解して捉えるようになっていくはずです。
分解方法は大きく2パターンが考えられ、組織のフェーズによってはこれが混在することもあるでしょう
職能分解型
まず1つ目は職能・技能に特化した採用方針です。
例えばデジタル庁のデザイナーの募集は2022年1月現在この様になっています。
プロダクトデザイナー
ビジュアルデザイナー
デザインコミュニティマネージャー
デザインプログラムマネージャー
コンテントデザイナー
このように、デザイナーに求める技能を細分化・言語化しそれぞれの専門家を採用していくような形です。
この分割はこれからも議論されていくことが予想され、デファクト・スタンダードままだありません。
もしかしたら企業に合わせてそれぞれの分割がなされていくのが将来の姿なのかもしれません。
この職能で分離されていく流れは、昨今のコロナ渦による副業の活性化で強烈に後押しされています。
副業により"専門家の部分的採用"が可能になったことで、小さな組織でも専門家を細かく採用する事例が増えています。
ドメイン特化型
一方でより多くの役割を兼務する代わりに、担当する事業ドメインを小さく絞り込こむ場合もあります。
これは多くのシード期のスタートアップ企業や、新規事業部、またカンパニー制をとっている大企業などに多く見られます。
その事業ドメインへの強い理解が求められ、多くの場合はデザイナーではない事業部長が上長となります。
このパターンでは、デザイナーであること以上に当事者であることや、強い想いを持つこと、ドメインに長年携わっていること、など別の軸での能力が必要になってきます。
事業のためなら、いわゆる「デザイナー以外」の仕事もやるというスタンスのデザイナーが多いです。
一方で、事業ドメインが大きくなるにつれ、この中で更に職能を分解する「マトリクス型」となっていく場合もあります。
これからの「デザイン部」というチーム
広義のデザインは組織全体で行っていくものになり、各個人にはそれぞれの高い専門性が求められていくようになります。
その結果、既存の「デザイン部」という枠組み自体が実態に沿わなくなっていく可能性が高いです。
これからのデザイン組織の役割としては
A)デザイン・マインドセットを浸透させる啓蒙組織
B)技能の専門家をマネジメントしていく組織
に大きく二分化していくのでは無いだろうか?と考えています
特に「A)デザイン・マインドセットを浸透させる啓蒙組織」は、より人事労務などと溶け合っていくことが予想されます。
エンプロイー・エクスペリエンス・デザイン(従業員体験設計)という言葉があるように、人事付のUXデザイナーという職種の可能性に期待をしています。
また一方で、「B)技能の専門家」の集団が、デザインへの理解・説得に多くの時間を奪われ、本来の専門性を発揮できないような状況は打開されてほしいとも考えています。
次世代の若手デザイナーは軸を意識
広義のデザインを行うためには、教養としてのデザイン・マインドセットが必要だということはわかりました。
しかし、一方でこれからデザイナーを志す若手からは「じゃあ、どこから学べばいいの?」という疑問をよく聞きます。
感覚値ではありますが、今周囲で活躍している若手は「〇〇ならまかせてください!」ということがハッキリと言語化出来る方が多い気がしています。
これからデザイナーを志す方々は、輝くスタープレイヤーたちのように「広義のデザインを個で体現する」ようなジャンヌ・ダルクを目指す必要は必ずしもありません。
むしろご自身の軸をしっかり見据えて、得意・好きなスキルの深さを身につけるのが近道だと考えています。
まずは、自分の本当にやりたいこと、得意なことはデザインのどの部分なのかという軸を明確にすること。
その軸を中心にした深い専門性を身に着けて、徐々に専門性の拡張を図っていくのが良いでしょう。
軸なき越境は越境にあらず
コラボレーションによる革新は、強い専門性の掛け算によって行われます。
専門性が細分化されていく中で、工程がサイロ化し聖域化していくのはアンチパターンです。
このサイロ化を防ぐために越境思考は大事なマインドセットです。隣接する専門領域への理解は基礎のマインドセットとして当たり前に行われていくべきだと考えます。
ただし、強い専門性を持たずただ越境するのみでは強い掛け算にはなりません。
軸のない専門性の多角化によって、器用貧乏に薄まってしまうのは避けたいことです
幸いなことに、前述したようにデザインの役割は多岐にわたっています。
過去あったように、見た目を作る意匠・スタリングがデザインの登竜門という時代ではもうありません。
本来的に、人には「何の専門性も無い」ということはあまり無いと感じています、自信がない場合は立ち止まって、様々な確度から自分を見つめ直し軸になりそうな種を見つけ出すと良いでしょう。
例えばハードスキルだけではなく、ソフトスキル方面にも目を向けると、"越境を支援するファシリテーター"、"同僚を支援するコーチ"や"仕組みをデザインするプログラムマネージャー"も軸として確立出来ます。
余談:とはいえスタイリングも重要だ
広義のデザインとの比較として、狭義のデザインの代表格として槍玉に上がりやすかったのがスタイリングの専門家です。
デザインへの解像度が低い場合は、広義のデザイン=UXデザイン、狭義のデザイン=スタイリング、と雑多にカテゴライズされ、
さもUXデザインがスタイリングの上位互換であるように語られることも、まま散見されます。
私はこの対立軸で広義or狭義のデザインが語られるのを好まないということも今回のnoteを書いた最初のモチベーションの一つでした。
スタイリングは他の専門家が最も代替しにくい職能の一つです、また抽象を具体にする力というのはデザイナーの本質でもあります。
このような狭義のデザインスキルの"一種"であるスタイリング能力ですが、
あまりにもテンプレート化が進み意匠のアイデンティティが減りつつあるWeb・アプリ界隈では2022年以降再注目されるのでは?と感じています。
「私は何をするデザイナーなのか?」を都度言語化していく
広義のデザイン・マインドセットが根付いた組織が増えてきました。
このような組織では「強い専門性」を持つグッドスタッフのコラボレーションでプロダクトの価値を創出していく流れが拡大するのではないでしょうか。
一方でこれまで「なんでも屋」的に駆け上がってきた私は、周囲に若手の強い専門家が増えたことで「何者でもない何か」として薄まって死ぬかもしれないという危機感を強く持つようになりました。
今も振り子の思考で様々な分野に手をのばすことは、とても大事なことだと思っています。
同時に、
今この瞬間に振り子はどこに触れているのか?、今なんのスキルを発揮しようとしているのか?を都度言語化していくことを今年は意識してみようと考えています。
追伸
2018年にはデザイナーが「融けていく」という話を書いていました。
濃淡はありますが場所によってはだいぶ融けきってきましたので、今度は新しく再構築・再定義されていくのではと思っています。