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デザインの意思決定を強化するための論理的アプローチ

この記事では、私が普段デザインを作成するときの思考を論理立てて言語化してみました。
ここで紹介する思考プロセスは、ベテランのデザイナーであればすでに感覚的に実行している基本的な手法だと思います。

しかし、日々の作業で漫然と手を動かしてしまい、期待通りの成果が得られないデザイナーにとっては、新たな視点を提供できるはずです。

また、デザインの意思決定を「センス」ではなく「ロジック」として明確に言語化することで、自らの意思決定プロセスを再確認し、デザインの意図により強い説得力を持たせることが可能になります
それでは、これからその具体的な方法について紹介していこうと思います。

はじめに

現代のデザインは、単なる美しさや機能性を超えて、ユーザーにとって「意味のあるデザイン」を追求することが求められています。クラウス・クリッペンドルフの『意味論的転回: デザインの新しい基礎理論』(2009)によれば、デザインはユーザーとの対話を通じて意味を生み出すプロセスであり、ユーザーがデザインから受け取る価値や意味が重要です。

しかし、デザインにおける多様な目標—機能性、美的価値、コスト、持続可能性など—を同時に満たすことは容易ではありません。これらの目標はしばしばトレードオフの関係にあり、一つの目標を追求すると他の目標が損なわれる可能性があります。
この課題を解決するために、多目的最適化の手法が有効であり、さらにそこにラピッドプロトタイピングを組み合わせることで、デザインの価値検証を迅速かつ効果的に行うことができます。

「多目的最適化」による意味のあるデザイン

なぜ多目的最適化が有効なのか

多目的最適化は、複数の目標を同時に考慮し、それらのバランスを最適化する手法です。意味のあるデザインを実現するためには、ユーザーが求める多様な価値を同時に満たす必要があります。多目的最適化を用いることで、以下の点で有効性が高まります。

  • トレードオフの明確化:各目標間の関係性を明確にし、どの目標をどの程度達成できるかを把握できます。

  • 最適なバランスの追求:全体として最も価値の高いデザインを見つけることができます。

  • 意思決定の客観性:数理的な手法により、主観的な判断に頼らずにデザインを評価できます。

これらにより、ユーザーにとって真に「意味のある」デザインを効率的に実現することが可能となります。

デザインを「多目的最適化問題」として捉える

多目的最適化の基本的な考え方

デザインプロセスを数学的に考えると、"複数の目標(目的関数)を同時に最適化する問題"として表現できます。

簡単に言うとデザインの「良さ」を評価するいくつかの基準があり、それらすべてをできるだけ満たすような最適なデザインを見つけたい、ということです。

この多目的最適化でデザインの問題を解くためには、まず以下の3点を定義する必要があります。

その1:デザインの「設計変数」

デザインを決めるための要素を設計変数と呼びます。
例えば

  • x1:機能数(顧客に提供する機能の複雑さ)

  • x2:コンテンツの優先順位(何をどこまで顧客に訴求したいか)

  • x3:レイアウトパターン(キービジュアルなどの配置)

などです。これらをまとめて、

x = [x₁, x₂, x₃]

と表します。

その2:デザインの「目的関数」

次に、デザインの評価基準を目的関数と呼びます。これは、デザインの良し悪しを数値で表すものです。
例えば:

  • 機能性の向上(f₁(x)):使いやすさや性能を評価

  • 実装コストの削減(f₂(x)):開発コストなどを評価

  • 美的価値の向上(f₃(x)):デザインの美しさや魅力を評価

  • ビジネス価値(f₄(x)):どれくらいの売り上げが見込めるかを評価

などです。
これらの目的関数を同時に最適化する問題は、次のように表せます。

最大化(または最小化) f(x) = [f₁(x), f₂(x), ..., fₖ(x)]
ただし、x ∈ X

f(x) は目的関数の集まりで、各 fᵢ(x) はデザインの評価指標です。
X は設計変数 x が取り得る"可能な範囲(可行解集合)"を表します。

その3:デザインの「制約条件」

可行解集合 Xとはデザイン変数 x が取り得る、すべての「実現可能な」値の集まりです。
ただし、これらの値は制約条件を満たしている必要があります。制約条件とは、デザイン上のさまざまな条件や制限のことです。

例えば:

  • 社内ガイドライン:守らなければいけない最低限の品質レベル

  • 開発コストの制約:プロジェクト予算内に収めること

  • 法規制:安全基準や環境規制に適合していること

  • 技術的な限界:現時点の技術で実現可能であること

などです。わかりやすく言うと、X は「デザインの条件をすべて満たす、実現可能なデザインの集まり」です。

デザインの多目的最適化する

この様にまずデザインを「多数の目的を最適化する問題」として定義し、その問を解くためには。
目的関数
設計変数
制約条件
を明確に定義することが必要になってきます。
それでは、この問題をどの様に解いていけばよいかを解説します。

パレート最適性とパレートフロンティア

複数の目的関数を同時に最適化する場合、一つの目標を改善すると他の目標が悪化することがあります。これをトレードオフと呼びます。

パレート最適解とは、これ以上どの目標も他の目標を犠牲にせずに改善できない状態の解です。
これらの解を集めたものをパレートフロンティアと呼びます。

パレートフロンティア上のデザイン案は、全体としてバランスの取れた優れた候補となります。

パレート最適なデザイン案かどうか確認しよう


多目的最適化されたデザインの"解法例"

ここでは、代表的な多目的最適化の解法のいくつかを説明します。


1. 重み付き和法(Weighted Sum Method)

概要:各目的関数に"重み(重要度)"を付けて、一つの総合評価関数にまとめる方法です。
例えばデザインの目標として「機能性の向上」と「コストの削減」があるとします。これらに対して以下の重みを設定します:

  • 機能性の重み:0.6(60%の重要度)

  • コストの重み:0.4(40%の重要度)

総合評価は次のように計算します:

総合評価=0.6×機能性の評価+0.4×コストの評価

▼ポイント
・重みの合計は1(100%)になるようにします。
・重みを調整することで、目標の優先度を反映できます。

▼メリットとデメリット
メリット:シンプルで理解しやすい。
デメリット:重みの設定が主観的になる可能性がある。


2. ε 制約法(ε-Constraint Method)

概要:一つの目標を主要な目的関数として最適化し、他の目標は制約条件として設定します。
例えば「機能性を最大化」しつつ、「コストは予算内に抑える」という場合は以下のようになります

目的関数:機能性の最大化
制約条件:コスト ≤ 予算(ε)

▼ポイント
主要な目標を確実に最適化できます。
制約条件を設定することで、他の目標も一定の水準で満たせます。

▼メリットとデメリット
メリット:主要な目標を重視できる。
デメリット:制約値の設定が難しい場合がある。


3. 理想点法(Ideal Point Method)

概要:各目標の理想的な値を設定し、その理想点からの距離を最小化する方法です。
例えば以下のように値を設定したとします

理想的な機能性:100点
理想的なコスト:0円

デザイン案の評価値と理想点の差(距離)を計算し、その距離が最小になるデザインを選びます。

▼ポイント
全体的なバランスの良い解を得られます。
・目標間の単位やスケールを統一する必要があります。

▼メリットとデメリット
メリット:バランスの取れた解を得やすい。
デメリット:理想点の設定が難しい。


4. 進化的アルゴリズム(Evolutionary Algorithms)

概要:遺伝的アルゴリズムなど、生物の進化を模した手法で、多様なデザイン案を生成・評価し、最適な解を探索します。
例えば以下のようなプロセスを繰り返します。

  • 初期のデザイン案を複数作成。

  • 評価の高いデザイン案の特徴を組み合わせ、新たなデザイン案を生成。

  • このプロセスを繰り返し、デザインを進化させます。

▼ポイント
パレートフロンティア全体を探索できます。
・複雑な問題にも適用可能です。

▼メリットとデメリット
メリット:多様な解を得られる。
デメリット:計算時間が長くなる可能性がある。


5. 逐次的な意思決定(Interactive Decision-Making)

概要:デザイナーや意思決定者が評価とフィードバックを繰り返しながら、最適なデザインを見つける方法です。
例えば以下のようなサイクルを実行します。

  • デザイン案を作成し、評価します。

  • フィードバックを基にデザインを改良。

  • このプロセスを繰り返します。

▼ポイント
デザイナーの経験や直感を活かせます。
ユーザーの意見も取り入れやすいです。

▼メリットとデメリット
・メリット
:高品質なデザインを実現できる。
デメリット:時間と労力がかかる。


多目的最適化とラピッドプロトタイピングの連携

多目的最適化で得られたデザイン案を、ラピッドプロトタイピングで迅速に試作品として作成し、ユーザーやクライアントからのフィードバックを得ます。

なぜこの連携が有効なのか

  • 迅速な検証:プロトタイプを通じてデザインの有効性を早期に確認できます。

  • モデルの改善:フィードバックを基に目的関数や制約条件を調整し、最適化を繰り返すことでデザインを洗練できます。

  • ユーザー中心のデザイン:ユーザーのニーズや価値観を直接取り入れることで、より意味のあるデザインを実現できます。

ラピッドプロトタイピングによるデザインの迅速な価値検証

ラピッドプロトタイピングとは、デザインや製品の試作品を短期間で作成し、繰り返しテスト・改善する手法です。多目的最適化と組み合わせることで、デザインの複数の目標を効率的に達成し、ユーザーにとって価値のあるデザインを実現するための効果的なアプローチとなります。

ラピッドプロトタイピングのプロセス

  1. プロトタイプの構築
    デザインのアイデアをプロトタイプとして迅速に構築します、細部を作り込むよりも価値が伝わる最小限の構成で構築を行います。

  2. ユーザーレビューとフィードバックの収集
    動くプロトタイプを実際に見てもらい、そのアイデアの価値についてフィードバックを得ます。これにより、相手の真のニーズに気づきやすくなります。

  3. 改善と再テスト
    フィードバックを分析し、さらに価値のコアを研ぎ澄ました新しいプロトタイプを作成して再度提案します。この反復プロセスにより、デザインが段階的に最適化されます。

具体的な事例:ウェブサイトのリニューアル

例えばあるウェブサイトをリニューアルするときに、
事前に以下のような定義を行い、デザインの問題を解いていきます。

■目標
1.ユーザーエクスペリエンスの向上
2.ユーザビリティの改善
3.美的価値の向上
4.開発コストの削減

■設計変数
x=[x1​,x2​,x3​]
x1​:変更の差分(どの程度までリニューアルするか?)
x2:フォントの選択(ウェブフォントを利用するか?など)
x3:使用するフレームワークやライブラリ

■制約条件
x∈X:技術的な制約、開発期間、ブランドガイドライン、アクセスビリティ基準など

■解法の適用
→「重み付き和法」の適用
各目標に重みを設定します。
・ユーザーエクスペリエンス(40%)
・ユーザビリティ(30%)
・美的価値(20%)
・開発コスト(10%)
総合評価関数を構築し、最も評価の高いデザイン案を選びます。

■ラピッドプロトタイピング方法
1)デザイン案の試作: 重み付き和法で選ばれたデザイン案をプロトタイプとして作成します。
2)ユーザーテストの実施: 実際のユーザーにプロトタイプを試してもらい、フィードバックを収集します。

■フィードバックの反映と再最適化
ユーザーフィードバックを基に、重みや目標を調整します。
(例えば、ユーザーが「目的のボタンが見つけにくい」と感じた場合、ユーザビリティの重みを増やします。)
その後、再度の最適化を行い、新たなデザイン案を作成します。

まとめ

多目的最適化は、デザインにおける複数の目標をバランスよく満たすための強力な手法です。
特に、意味のあるデザインを実現するためには、ユーザーが求める多様な価値を同時に考慮する必要があります。
多目的最適化により、これらの目標間のトレードオフを明確にし、最適なバランスを見つけることが可能です。

さらに、ラピッドプロトタイピングと組み合わせることで、デザインの価値検証を迅速に行い、ユーザーのニーズを直接反映したデザインを実現できます。
これにより、ユーザーにとって真に「意味のあるデザイン」を効率的に生み出すことができます。

あなたはこれまで、どの様にデザインを作り上げてきましたか?

普段、自分のデザインの意図をどのように定義し、評価してきましたか?
自分の考え方やプロセスを言葉やルールにして表現することは、複数の人と意思決定や作業を進める上でとても大切です。

直感的に感じるセンスや感覚も、このようにロジカルに捉えられるようになると、デザインに対するあなたの判断に説得力が増し、チーム内での共有や説明もスムーズになるでしょう。

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