憧憬(3)
いつも気にかけてくれていたのは知っていた。
心配も常々感じていた。
息巻いて上京し辛くなって他人に頼ることはしたくなかった。
バカなプライドのせいで結局迷惑をかけている。
「ごめん。」
絞りだした言葉が謝罪だった。
そんな後悔を晴らすように三島は握る手を強めた。
三島の温もりが手を伝う。
「ありがとう。」
初めて心の底から感謝が生まれた。
三島はホッとしたようにしかめついた顔を緩めた。
「いいのよ。あんたはしばらく休んでなさい。あんたの分の仕事、私が終わらせたから。これを機に私を頼りなさい。今まであんたにどれだけ助けられたと思っているのよ。」
三島は窓越しに生い茂る木を見つめて続けた。
「あんたは覚えていないだろうけど、あんたの一言一言が私にとっての支えだった。それがなければここまでやれなかったと思う。だから━
あんたが倒れたって聞いてすごく不安だった。」
握る手がさらに強まる。
「私は何もしてやれてないのにって。あんたに頼ってばっかで、私があんたを、こんな風に、」
言葉に詰まりながら声を出す三島の瞳には涙がにじんだ。滲んだそれはやがてあふれ、俺の手を伝ってシーツを濡らした。
違う。三島のせいじゃない。
そう言ってやりたかった。
それでも、言えなかった。
俺のプライドのせいで楓を泣かしてしまったことが凄く辛い。
いままでで一番心が痛い。
俺は外を見た。
「なぁ。楓。」
俺は軽く息を吸う。
「今度、うちの田舎に来ないか。」
楓はきょとんとしていた。
「退院したら1回、田舎に帰ろうと思うんだ。そこはさ、何も無いけど、すごく綺麗な星が見えるんだ。都会じゃ見えないぐらい綺麗なのがさ。それを、楓にも見せたいんだ。」
「どうしたの急に。」
「そこは俺の宝物なんだ。今、楓と見ることが出来たら、きっと、もっと思い出になると思うんだ。」
優しく語りかけると、楓は涙ながらに笑った。
「いいよ。」
その笑顔は、今までのどんな楓よりも美しかった。
トクン。と胸を打つ音が聞こえた。
少し恥ずかしくなって目を逸らした。
「こんなことはお前にしか頼れない。ありがとう。」
いささか不器用すぎただろうか。
今の俺にはこれが精一杯なのだ。
だからこれからはもっと楓に、頼れるように、頼ってもらえるように努力しなきゃな。
勝手に憧れて絶望したけれど、俺は楓の『何か』に成れただろうか。
少し暑くなってきたのは、きっと、夏に入り始めたからだろう。
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