憧憬(2)
目が覚めると、そこは病院だった。腕には点滴が打たれ、中でポタリポタリと雫が下に落ちていく。前後の記憶が曖昧ではあるが、駅にいたことは覚えている。それからはぼんやり靄がかかったように思い出すことができない。医師曰く、過労とストレス、栄養失調らしい。周りに追いつこうと努力していたつもりだったが、それが仇となったようだ。
———結局、空回りをしていただけか。
下手なプライドのおかげで病院にいる。そんな自分に恥ずかしささえ覚えた。今はただ、ベッドに寝転がることしかできない。そんな喪失感が俺を襲った。
窓の向こうは雨だった。ふと、昔のことを思い出した。何もない田舎で畦道を駄々をこねる妹の手を引き、雨の中を二人で歩いた。目の前では蛙が俺たちを見つめていた。そんなありふれた昔話を思い出したのだ。あの時は楽しかったし、憧れは憧れのままだった。そう言えば、どうしてあいつは駄々をこねていたのだろう。それすらも思い出せないくらい都会に喰われたような気がした。
昔を思い出していると、病室の扉がガラガラと音を立てて開かれた。そこにいたのは同期だった。短めの茶髪に端正な顔立ちに赤い淵のメガネをかけており、白いカーディガンを羽織っている。彼女は三嶋楓。基本的に今は仕事をしているはずなのだが。そんなことを考えている間にも彼女はずかずかとこちらへ足を進めた。
「あんた、もう大丈夫なの?」
その声には怒りや焦燥、不安が混じっていた。だから俺は「大丈夫だ。」と一言、落ち着いて言った。
楓は、俺の言葉に溜息を吐き、ベッド横にある椅子に座った。
「あんたね、いつもいつも、大丈夫。大丈夫。って言うけど、そんな顔で言われても信ぴょう性がないわよ。ったく、心配させて。」
そういいながら俺の右手をそっと握った。
「こんな風になるまで抱え込んで、たまには私を頼ってよ。」
今にも消え入りそうな声で言った。
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