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Vol.5 迷いながらも前に進もうとする、カンザキさんとの対話
あるとき、本連載のインタビュー記事を読んだ卒業生、カンザキさんから「相談したい」というメッセージがあった。カンザキさんは2022年度に大学を卒業し、卒業後は立教大学の大学院に進学。2024年3月に卒業したばかりだ。
実は、カンザキさんのことは風の噂で聞いていた。どうやら、彼女が地方議会議員への道を考えているらしいこと。ただ、奨学金の返済のために働かなければいけないこと。数年前、知り合いの市議会議員選挙へのボランティア募集にカンザキさんを始めとしたゼミ生を紹介した。大学院でも、その時に関わりを持った地域政党について研究していたようである。今回の相談の内容も、きっとその進路についてなのではないか、と思った。
カンザキさんは「迷う人」ではあるが、実は「前に進む人」でもある。
大学1年生の時のアドバイザーの先生が、彼女の「自分が何をしたいか分からない」と深刻に“悩む”姿を見て「退学してしまうのではないか」と心配したほどだと聞いたことがある。しかし、2年次に国際協力フィールドワークでインドに行ってからは、国際協力を熱心に勉強していた。
3年生の冬、今度は就職について私のところに相談に来たことがある。相変わらず「自分が何がしたいか分からない」と話す彼女に、大学でやりがいを感じたことなどを聞いていくと「インド研修」だと言う。それならもっと国際協力を勉強してみては、と大学院進学を勧めた。進学のための卒論ではインドの結婚持参金(ダウリー)の問題に焦点を当てたカンザキさんは大学院に合格。さらに卒業生の中から最優秀者にも選ばれ、学長から賞状をもらう栄誉を得た。「何がしたいか分からない」と嘆く割に、実績は上げてきているのである。
ただ、しばしば「道に迷う人」なのである。迷いながらも自分たちの道を進む、本連載の卒業生たちの言葉を読んで、何か思うところがあったのかもしれない。
仕事を辞めたい、けれど
——大学の卒論ではインドのジェンダー問題を取り上げたけれど、大学院では何を研究したの?
大学院では、政治関連を扱う先生のもとで研究していました。卒論は、生活クラブが母体となっている地域政党「生活者ネットワーク」の事例研究として、18人の方にインタビューをさせてもらって。選挙運動や活動中に罵声を浴びるのが、女性だからなのか新人だからなのかという研究で、政治に女性問題はあるのか……みたいな感じ。
——政治の世界にはまだまだ女性議員へのセクハラやパワハラがあると聞くよね。そうか、ジェンダー問題でもインドから政治へ行ったんだ。そして、就職は?
不動産会社です。奨学金の返済があったのでお給料がいいところをと思って。ただ、ちょっと向いてないかなって思ってるんです。不動産の管理会社なんですけど、大きなお金を回したり利益を追求したりするのが合わないなって。ずっとパソコン見てるのも……。
——そうか……。転職活動はしているの?
ガッツリとはしてないんですけど、親のお店を手伝ったりしているので一度実家に帰るのもありかな、とか。なんか、本当はワーキングホリデーに行こうと思っていろいろ情報を集めたりもしてます。
——ワーホリも、受け入れ先で仕事がないという話も聞くしなあ。しっかりと転職活動する気はないの?
それも含めて何も決めてないです。今、頭の中がごちゃごちゃなんですよね。
社会課題をたどると“政治”に行き着く
——カンザキさんのことは少し風の噂で聞いていて、てっきり議員になりたいのかなって。
自分から「議員になりたい!」と言うのはちょっと躊躇してしまって……ただ、憧れや関心はあります。今も「生活者ネットワーク」が主催したイベントや講演会には参加していますし。卒論でインタビューさせてもらった方々も、政党が高齢化しているから若い人にも参入してほしいとおっしゃっていて。
——20代で政治活動している人は少ないから、20代の有権者に響くんじゃないかな。今いくつだっけ?
今、24歳です。
——今の仕事をしながら、下働きも含めて政治活動を経験して、その先で議員になってもいいかもしれないね。若さを生かして、若い人に働きかけることもできるだろうし。いろんな経験を積みながら、タイミングを待つというか。ワーホリで海外経験を持つのもいいけれど、政治は日本の現実に浸かって気持ちを高めるほうがいいんじゃない?
確かに。
——先日ね、30代の卒業生たちと飲む機会があったんだけど、みんな政治に感心があって。社会問題に関心を持って解決を考えると、やっぱり政治を変えることにたどり着くんだよね。なかなか「政治家になるぞ」と踏み切れる人は多くないけれど。
そうですよね。学生として学んでいる間は「そこを変えるべきだ」と思って身近に感じていました。でも、社会人になって周りから社会問題や政治に興味がある人がすごく減ったんですよね。
——残念だけど、社会に出るとそうなるよね。国際協力を学んだゼミ生たちは、みんなそこにぶつかるんだ。
当たり前のように「投票なんて行かないよ」と言われて、私のほうが驚いてしまって。視点が違うし、ギャップがすごいんです。どっちが普通なのか、よくわからない。
——そう言われたときにどう切り返そうか、どう考えを変えられるか。そういうことを考えることはできるじゃないかな。
10年後を見据えて、今を動く
——話を聞いて、まずは中長期的な目標を設定して、それまでは仕事をしながら経験を積んでいくのがいいと思ったけれど、どう思う?どんな仕事をするにせよ、やっぱり社会経験がある程度ないと。
確かにそうですね……。
——やっぱり3年勤めてから転職する人と、半年で転職する人では社会からの見られ方が違うからさ。辞め方によってはその後の自分自身に対する自信も違うだろうし。
3年我慢かあ……。
——昔は「ひとつの道を突き詰めるのがいい」という価値観があったけれど、今はそういうわけでもないよね。だから一生そこで働けとは言わないよ。ただ、ある種の妥協は必要だなと思うんだ。まずは「自分が何をやりたいか」という先の目標を固めて、そのためには目先の小さな我慢はしていく必要があると思う。
先の目標……10年後とかですよね。30代なんて、全然想像がつかない。
——すぐ来るよ(笑)。私も、あと1年半で定年なんだよね。70歳になるんだけど、そのあと何をしようかなって考えてさ。でね、牧師になろうと思って。
え!そうなんですか?
まだ山登りは始まったばかり
——うん、牧師って神学校に4年行って124単位取らなきゃいけないんだよ。去年の秋から一念発起して、仕事をしながら単位を取り始めたんだ。定年後に本格的に入学したら、2年後には牧師になれる予定。その間もアルバイト的に教会で話させてもらったりして練習しながら、牧師を目指すんだよ。
なんで牧師だったんです?
——もともとキリスト教とは縁があって、当時の神父と合わずに離れていた時期が長かったんです。ただ、前の妻を亡くしたりして落ち込んでいるときにね、教会に行ったらそこの牧師さんはすごくいい人で。こういう考え方ができるなら、牧師いいかなって。
国際協力をずっとやってきたけれど、「なんで人を助けなきゃいけないのか」「偽善なんじゃないか」と言う人にも出会ってきました。自分自身でも「なぜなのか」という答えはなかなか出てこなくて。そこで、改めてキリスト教の教えに出会ったときに、自分の中で受け入れられた部分があったのかもしれませんね。
そうだったんですね。
——何が言いたかったかっていうと、私の歳になっても、やりたいことをするまでに数年はかかるんです。124単位も取るのも大変だし、面倒なことばかりだし。この歳になってギリシャ語まで勉強しなきゃいけないんですよ……。もう面倒臭いな〜と思うけど、さっき言った先の目標を描いて、そこに向かっていくなら面倒なことも耐えられるんですよね。
なるほど。
——カンザキさんの場合、10年後までにやれることっていっぱいあると思うんだよね。奨学金の返済もそうだし、資格を取ってもいいかもしれないし。山登りと一緒で、休憩しながらステップを踏んでいけばいいと思うよ。……と、なんだか私がひとりでしゃべってしまったけれど。
いや、いいんです。今もう頭がごちゃごちゃすぎて具体的な相談事ではないので。でも、お話しできてよかったです。ありがとうございます。
インタビューを終えて
人生にはいくつもの岐路がある。右に行くのか、左なのか。インタビューした時、カンザキさんは深い迷いの中にいた。国際協力を学んだ卒業生たちの多くは、何度も転職し、場合によっては住む場所や国さえも変えて、新しい道を模索している。
カンザキさんが考えたように、「いっそ海外に出てしまおう」と考えられるのは国際協力を学んだ強みかもしれない。日本は何かと窮屈だ。特にジェンダーギャップ指数が異常に低い日本の生きづらさは、国内にいると実感しにくい。Vol.1で話した中国人留学生ザンさんが指摘した通り、海外に出ると日本の見えにくい課題も実感するだろう。ゼミの卒業生で海外に出た人の多くは女性である。
カンザキさんの相談を受けて、いろいろな考えが浮かんだ。一つは、「まだ入社後数か月なんだからもう少し我慢すべきではないか」という考え。私のような昭和世代は何事も我慢だと言われ、自分でもそう思ってきた。自分自身も前職に22年間勤め、それから現在の大学に転職した。
正直、今は「あんなに我慢することはなかった。もう少し早く転職ができていれば」と思う。しかし、当時は転職は「逃げ出す」というようなネガティブなイメージだった。それが「昭和の仕事観」だったように思う。
就職氷河期であった世代からすると、恵まれた待遇の仕事を数か月で辞めたいというのは、いささか贅沢な悩みに感じるかもしれない。特に、「〇〇がしたいから」ではなく、「仕事がつまらないから」という理由だと、そんなに面白い仕事なんて世の中にないと言われる可能性もある。それも一つの真実だと思う。
インタビューを重ねて思ったのは、今の若い人(アラフォー以下)の人生は「我慢」でも「逃げ出す」でもなく、「待遇が良ければ」でもないことだ。「その時々を自分にとってベストと感じられるよう」に生きる、といった印象を受けている。これはまだ、連載途中の中間段階での印象であって、今後変わっていくかもしれない。
仕事だけではない。パートナーとの関係、子どもを含めた家族の在り方、住む場所(都会、地方、途上国を含む海外)を、その時々にベストと感じられるように選択し、違和感を感じたら変化させていく。その選択が、従来の考えからは突拍子もないものと感じられることさえある。特に、国際協力を学んで世界を知った卒業生たちは、その突拍子もなさが半端ないのかもしれないと思った。
是非、自分の進むべき道で悩んだ経験のあるゼミの先輩、今悩んでいる人、カンザキさんにそれぞれのアドバイスをしてもらえたらと思う。
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