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「大丈夫」と笑ったのは、誰よりも泣きたいはずの人だった

原付でゆく北海道旅20日目の夕方、古宇郡泊村にある盃(さかずき)野営場に到着した。この日、ここであった出来事を私はずっと忘れないだろう。

▼前回までのあらすじ

到着した時にはもう日が沈みかけていて、暗くならないうちにと急いでテントを広げる。約2週間前に紋別で買った1,980円のテントは案外丈夫で、壊れたり破れたりすることなく私の安眠を守ってくれている。

キャンプ場から海が見える

この日泊まる盃野営場は、予約不要・無料で利用できるキャンプ場。テントサイトにはバイクや車の乗り入れができて、トイレや炊事場は無料とは思えないほどに綺麗だ。

泊村の夕暮れ

テントを立てて荷物を下ろし、夕食を買いに10km先のセコマまでカブを走らせる。道南とはいえ9月下旬の夕方は結構寒い。冷たい風が防風の手袋を突き抜けて、指先の感覚を奪ってゆく。

周辺の銭湯や温泉は営業時間外。ガクガク震えながらキャンプ場に戻り、仕方なくテントに戻ろうとしたその時、数メートル先に温かな光が見えた。ソロキャンパーらしきおじさんが焚き火をしている。

「すみません、少し暖をとらせていただけますか」と尋ねると、おじさんは「どうぞ」と笑顔を見せた。焚き火に手をかざすと、ゆっくりと指先の感覚が戻ってゆく。はぁ、あったかい。

おじさんは、冬になると雪中キャンプをするほどのキャンプ好きだった。キャンプ道具を手作りしたり、キャンプグッズを吟味するのも楽しみのひとつだという。いまは30年以上続けた仕事の有給消化期間で、自分へのご褒美として日々キャンプ場を周っているんだとか。

出身を聞かれたので「神奈川です」と応えると、おじさんの表情が輝いた。「神奈川ってことはサザンだね?いいなぁ」と目を細める。おじさんはサザンオールスターズの大ファンで、昭和53年の『ザ・ベストテン』に初登場した彼らの姿に衝撃を受け、そこからレコードやCDを欠かすことなく買っているらしい。

「サザンで一番好きな曲はなんですか?」と尋ねると、「んー。『東京VICTORY』かな」と答えた。2014年にリリースされた曲だ。どんなところが好きなのか聞くと、おじさんは「『二度と戻れぬ故郷』っていう歌詞が、ね」と微笑んだ。小さくなった火に薪を焚べる。

「僕ね、宮城県の南三陸町出身なんですよ」

あっ、と思った。

「学校を卒業して北海道で務めることになって、それからずっとこっちで働いてて。2011年の3月11日は仕事で車に乗っていて、そしたら、オートマ車だったんだけど突然エンストしたんだよ。慌ててエンジンをかけ直しても動かない。別の車に乗っていた先輩たちに見てもらっても直らなかったんだ。仕方ないからそのままレッカーして車屋さんに行ったんだけど、プロが見ても原因不明だっていうの。おかしなこともあるんだなぁと思って会社に戻ったら、ニュースが大変なことになってた。テレビに映る泥まみれでめちゃくちゃな場所は、僕が生まれ育った町だった」

「それで、母親と兄さんが流されちゃったんだよね。母親は1年後に見つかったけど、兄さんはまだ見つかってない。兄さんも見つかったらいいな、と思うんだけどね。きっとあの日、車が動かなくなったのはきっと母親と兄さんからの、何かしらだと思うんだ」

おじさんは火を見つめながら話してくれた。私が言葉を出せずに黙っていると、「ごめんね、しんみりしちゃったね。でもいまはこうやってキャンプしたりして楽しい人生だから。大丈夫だよ」と笑った。

こうして3.11の被災者から直接話を聞くのは初めてだった。震災当時の私は中学生で、事の重大さに気付きながらも、コンビニの募金箱に小銭を入れることしかできなかった。そうしているうちに、高校、大学を経て大人になった。被災地を訪れたことは、まだない。

いまこの時も、大切な人を探し続けている人がいる。震災は"終わったこと"ではない。私はどうして過去のことだと思っていたんだろう。

南三陸町に行こう。被災地について知ろう。知ったところでなにができるかわからないけど、まずは知ろう。遅くなってしまったけど、とにかく行こう。

大事な話をしてくれたおじさんに対して、どんな言葉をかけても違う気がしたから、私は約束をした。

「南三陸町に行きます。必ず行きます」

「ありがとう。海には高い防波堤が設置されていて昔の景色はないけど、いいところだよ。もし機会があったら行ってみてください」とおじさんは微笑んだ。

その後しばらく話をして、お礼を告げてテントに戻る。焚き火のおかげで、氷のようだった指先はじんわりと温まっていた。

歯を磨き、寝袋に入って、イヤホンをつける。
東京VICTORYを再生すると、涙が流れた。



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おさつ
一緒に旅をしている気分で読んでいただけたら、この上なく幸せです。