ショートショート|うそつき
勝手に輝いてる。人の気も知らずに。
東京だったら、気付かずに済んだのかな。高層ビルの灯りと人の煌びやかさに、紛れてたのかな。
それなりに生活したいだけなのに、なんでこんなに大変な思いをしなきゃいけないんだろう。
インスタで見た安い化粧品を買って、ZOZOでセールの時に服を買って、オートロックじゃないマンションの角部屋じゃない部屋に住んでる。それで満足なのに。
今の会社に入って、何年か経って、責任を背負わされるようになって、それにつれて給料も上がってきた。望んでなんかないのに。
21:38。職場の最寄り駅まで、歩いてあと5分。次の電車は21:42。これを逃すと、次の電車は20分後。
もう、いっか。
横を通る車の音に掻き消されて自分の耳にも届かないくらい、でも確かに喉が震えるくらいの声が、漏れた。
手元が震える。新着メッセージが1件。
たまたま見つけたんですけど、ここの居酒屋、世界のいろんなビールがあるんですって!
行ってみたいんですけど、明日仕事終わりに付き合ってくれませんか??
呑気だな、人の気も知らずに。
バカだなあ、ビールなんかろくに飲めないくせに。こんなオシャレなお店、普段行かないくせに。
たまたま見つけるわけ、ないじゃん。
うそつき。
さっきと同じくらいの音量で、でも、確かに少し高らかに、口から漏れる息が空気を震わせる。
たまたま見つけたなんて、きっと、うそ。
でも、それはあの満月みたいに自分勝手なものじゃない。人間らしい、温かい、うそ。
まあ、いっか。
ねえ、こっちも暇じゃないんだよ。明日、たまたま、空いてるから付き合ってあげる。
うそに、うそを重ねる。
先にうそついたの、そっちだからね。いつか、そう言ってやろう。
悔しいけど、足どりは軽い。
もう一度だけ、今度ははっきりと、呟いてみる。
うそつき。