月が綺麗だから

この街は夜が暗い。夜が暗く、月と星の光が明るい。
空気が冷たく、それでいて澄んでいる。
雪はあまり降らないが、風が強く吹く。
急勾配の坂を登れば、空がぐっと近づく。

星はあまり詳しくないけど、オリオン座が鮮明に見えると少しだけ心が温まる。

夏目漱石が「I love you.」を「月が綺麗ですね」と訳したとされるのは、もう100年以上前の話だ。
夏目漱石も、まさか100年以上に渡ってこの話を言い伝えられるとは思っていなかっただろう。
もし現世に転生したら、「ごめん!俺が悪かった!格好つけすぎた!もうやめて!」と赤面するだろうか。

ちょっとキザ過ぎるけど、まあ見事な話だからこそ今に伝わっているのだろう。

この街の冬の夜空は、あまりにも美しい。
その美しさを独り占めするのは勿体なくて、誰かに伝えたくなる。

オリオン座が鮮明に見えること。
三日月が空に輝いていること。
散歩している犬が白くてふわふわだったこと。
たまたま立ち寄った雑貨屋で可愛い付箋があったこと。
海が見える小さなカフェを見つけたこと。
それを伝えたくなる人を、おそらく私は好きなのだと思う。

伝えたい人がいることと、それを伝えられることは残念ながら同義ではない。
伝えたいことを気軽に伝えられる相手がいるのであれば、それはとても幸せなことだ。
私が伝えたいことなんて、伝えても自己満足にしかならないことばかりである。受け取り手を困らせてしまう。

でも、たまには自己満足も許してね。
だって今日は、月が綺麗だから。

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