往生際
自分はつくづく往生際の悪い人間だ。
大学生の頃、弾き語りユニットを組んでいた。
決して順風満帆ではなかったけど、楽しいメンバーと好きな歌を歌えて、幸せな活動が出来た。
でも本当は、日本中の誰もが知るようなアーティストになりたかった。概ね、夢なんて叶わない。御多分に洩れず、私の夢も叶わなかった。
夢が叶わないと悟ってから、『一番星になれなかった僕たちは』という歌を作った。本当は一番星になりたかった。でもなれなかった。
それでも、認められたかった。一番星になれなかった、と歌っているその瞬間、誰よりもスポットライトを浴びたかった。あの日好きだった人にもう会えないことを頭では分かっているのに、自分が今ここにいることを示したかった。
時間軸としての過去が、自分の中の本当の意味での過去になるには相当なエネルギーが必要である。
何日経っても、何ヶ月経っても、何年経っても、少しずつ形を変えて今で在り続ける。簡単に過去になんてならない。
過去にならない今を、夢や愛や恋なんて出来合いの言葉でカテゴライズできない。
売れっ子のアーティストにはなれないけど、スポットライトを浴びたい。
あなたが私を嫌いでも、そう簡単にあなたのことを嫌いになれない。
あなたが私ではない誰かを好きでいることを知っているけど、あなたを追いかけたい気持ちが冷めない。
今を今で在り続けさせるために、人事を尽くしたい。その余裕のなさがあなたと私の間の溝を深めていくことも、頭では分かっているけれど。
最も恐れていることは、過去ですらなくなること。あの日歌った歌が、誰からも忘れ去られること。あの日私を好きだったあなたが、私を好きでも嫌いでもなく、思い出として想い起こすこともなくなること。
あなたの今になれないなら、どうかせめて、あなたの過去で在りたい。
往生際の悪い私は、夢が叶わないと悟ったのにスポットライトを浴びたくて、あの人に認められたくて、あの人がいない街のライブハウスであの人が好きだと歌った。
あの日と何も変わらない。凡そあなたが読むはずもない日記をここに記す。あなたを好きでいることを伝えるために。あなたに忘れられないために。
時刻は午前4時を回った。
時間は残酷だ。心を取り残したまま夜を更けさせる。
新聞配達の原付の音が、眠れない不安を加速させる。
明日、いや今日は朝から病院に行く。早く眠らなくてはならない。
往生際の悪い私は、あなたの過去で在りたいと言った直後でも、あなたの今であることを諦められない。
いつかこの日記を読み返して、あの時は夢を見ていたな、恋をしていたな、と振り返ることが出来るその日まで、往生際の悪い私で在り続ける。