雪が降れば思い出す
ここのカレー屋さん美味しいらしくて。一緒に食べに行きません?
たぶん断られると思って、冗談っぽく言ってみた。お酒は下心がありそうで、カレーならちょっとファニーになるかなと思って。
うん、今度行ける時ね、と返ってきた。
断られた。ちゃんと大人の断り方をされた。
次の日。16時くらい。
今日、ご飯食べに行かない?と言われた。
え、今日?今日行けるんですか?と、間抜けな返事をした。
うん。今日はダメ?
いや、大丈夫ですけど。
じゃあ行こ。でもカレー屋さんだとゆっくりできないから、居酒屋行こ。
え、あ、はい。分かりました。じゃあ仕事終わったら連絡します。
1分にも満たない会話だった。理解が追いつかなくて、その会話を10分くらいかけて反芻した。そっか、今日この人とご飯食べに行くんだ。
指定した店の前で待ち合わせた。
雪が降っている。吹雪いてるという方が適切な降り方。
彼女は大袈裟な厚手のコートを纏いフードまで被っているのに、長いまつ毛に雪が乗っていた。
こんな雪だというのに、全席個室の店は混雑しているようだ。北国の人に雪は関係なく、ちゃんと華金然とした街の様相を呈している。
初めて夜に相見えるふたりなのに、仰々しい会食のような個室に通された。
なんかお見合いみたいだね、と言う彼女の心持ちはどんなだったのだろう。今となっては知る術はない。
彼女はお酒が強くない人だと思ってた。
思ってた、と過去形にしたのは勿論、そうではなかったから。
彼女はビールをよく飲む人だった。その細い身体のどこに入るのだろう、と不思議だった。
私はそれに負けないように、と格好つけたかったが、顔真っ赤だからもうウーロン茶にしておきな、と制された。あぁ、情けない。
彼女の悩み、生い立ち、大人になってから今日までのこと、いろいろと質問した。純粋にその人に興味があった。
なんかさ、話したいことあるんでしょ。
急に言われた。何かを見透かされた気がした。
堰を切ったように、悩みというか不安というか、自分でも言語化が上手くできていない毛玉のようなものを吐き出した。彼女は否定も肯定もせず、かといって変に落ち着いた様子でもなく、終始明るく受け止めてくれた。
22時。もう帰ろう、というか、この人を家に帰さなきゃ、と思った。
会計を済ませ、店を出た。相変わらず雪が降り続いている。
この人、最寄駅からチャリで帰るんだよな。絶対無理だ。タクシーに乗せよう。もう少し駅の方に歩いた方がいいか。
などと考えていたら、彼女はいなくなっていた。いや、いなくなっていないんだけど。なぜか駅と逆方向に走っていた。雪ですっかりやる気のないカラオケのキャッチに、自ら話しかけていた。
えー、カラオケあるんですか?最近できたの?いいねー、行きたい行きたい!
ダメだこの人、底抜けに明るい。意味が分からない。触れ合ったことのない人種だ。
でも不思議と嫌ではなかった。
雪が降る度に、厚手のコートでモコモコになった彼女の、あのハイテンションを思い出す。
東京は今日、大雪警報が出ている。
雪を想定していない街は、雪と戦う装備が弱い。
彼女みたいなモコモコの雪だるまは、街を走っていない。
私も、雪かき用のスコップと長靴をあの街に捨ててきた。
気温はあの街ほど低くないはずなのに、部屋が冷える。
東京の冬は、寒い。