ショートショート|虹の橋を渡るまで

なんか、ここいっつもごはんがある。昨日もあった気がする。
においを嗅いでみよう。うん、においは変じゃない。海っぽいにおいがする。ちょっと、舐めてみよう。うん、美味しいかも。ラッキー。すべて、食べてしまおう。

このあたりに来たのは、つい最近だ。たしか、陽が3回昇ったくらい。
ここに来るまで、えらく腹が空いていた。前のナワバリは、ヒトによって追い出された。俺は逃げてきたが、他のネコは逃げられただろうか。茶色い小さいやつは、すばしっこいし賢いから大丈夫か。新入りの三毛のやつ、あいつ心配だな。黒い太ったやつは……あいつは歩くの遅いけど、図太いしなんとかやってるか。

あ、ヒトだ。ごはんが入っていた皿を見に来た。キョロキョロしている。何かを探しているようだ。でも、獲物を捜しているような悪い顔つきではない。どうしたんだろう。

……あっ。
目が合った。やばい。逃げる準備しなきゃ。その前に睨んでやろう。きっ。
……ん? なんだろう、あのヒト、しゃがんで俺を見て、なんだろう、とても優しい顔をしている。玄関から手招きをしている。
そうか、この家に住んでいるのか。どうやら、悪いヒトではなさそうだ。ヒトは大抵信用ならないが、このヒトはその気が感じられない。
最近は陽が落ちると寒くなってきた。あのヒトのところに行ってみよう。

……家、あったかい。我ながら、単純だ。ついさっきまで睨んでたやつのナワバリに入ってしまった。でもあったかいからいいや。
しかし、ここ、何か感じる。ヒトだけじゃない。他のネコの気。でも、姿は見えない。動かない写真はあるけど、でもネコの気が在る。白くてふわふわした、俺とは違う、穏やかなネコの気。

ーーーー俺には、お前さんが見えない。お前さんには、俺が見えるのか。
そうか、お前さんはここに居たのか。
そうか、お前さんはここで寝てたのか。
そうか、お前さんはこのヒトにごはんをもらっていたのか。
そうか、お前さんは他のネコとは群れず、このヒトとずっと居たのか。
そうか、お前さんは、ここから虹の橋へ行ったのか。

お前さんが虹の橋へ行ってから、このヒトは独りなのか。独りなのは、俺と一緒だな。
そうか、お前さんが虹の橋へ行ってから、このヒトは、元気がないのか。
そうか、このヒトは、俺のためにごはんを置いてくれていたのか。
そうか、このヒトは、腹が空いた俺を見て、放っておけなかったのか。

ーー悪いが俺はヒトとは群れない主義でな。
でも、なんだか不思議なんだ。このヒトは、俺を見てもイジワルをしてこない。それどころか、このヒトといると、なんだか、暖かくて、眠たくなる。

お前さんが、このヒトを想っていることは分かった。大丈夫、お前さんがこのヒトを想っているように、このヒトもまたきっと、お前さんを想っている。きっと、いや絶対に、ひと時もお前さんを忘れることなんてない。だから、虹の橋のふもとできっと会える。

でも、そうだな。お前さんとここで会えたのも何かの縁だ。お前さんが言うなら、このヒトが寂しくないように、俺がここにいる。なんか、悪いヒトではないようだし。

俺は、お前さんが羨ましい。
どうしてか、俺の仲間のネコは、気づかないうちにいなくなってしまうんだ。そうして、いつしか独りになってしまった。
俺はきっと、そう長くない。俺は、迎える家族がいないから、虹の橋へ行くことはない。

独りは慣れている。でも、お前さんの想うこのヒトは、独りに慣れていないようだな。
もし、こんな俺でもお前さんとこのヒトの役に立てるなら、寂しさを埋められるなら、少しだけでもここに居てやろう。

だからどうか、俺にごはんをくれたこのヒトとお前さんが虹の橋を渡るまで、お前さんはずっとこのヒトをずっと見守ってあげてくれ。
お前さんが見守ってくれていると想えれば、きっとこのヒトは寂しくなんかないはずだから。

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