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ヒーローになりたかった

 僕はウルトラマンが好きな子どもだった。そしてその頃、怪獣というものは空想や映像の中の生き物だった。

 僕が大きくなりウルトラマンを卒業した数年後、怪獣と呼ばれるものがこの世界に現れるようになった。それはあくまで生物に分類されるものだが、生物の延長線上にあると言われても、簡単に納得できるような存在ではなかった。しかし、それらは空想の何倍もリアルで生物的なグロテスクさを感じるものだった。
 
 怪獣は生き物であるが、その被害の規模と神出鬼没さはまさに災害であった。幸い僕の周りの人たちは今はまだ無事だが、いつ何が起こってもおかしくはない、そんな嫌な世の中になってしまった。

 そんなある日の朝、僕はウルトラマンになっていた。嘘みたいな話だが目が覚めた時に、自分に力が与えられたという確信めいた何かがあった。僕が好きなウルトラマンは怪獣を目の前にした時やピンチの時に、何らかの力を与えらるものだが、僕は寝ている間だったらしい。しかも、何の前触れも説明もなかった。だが僕はなぜか変身の仕方も、戦い方も全て知っていた。特撮よりご都合主義とは、現実はなんて面白みがないのだろうなんて思った。

 しばらく経ち、遠くの町に怪獣が現れたというニュースを見た。僕は意を決して戦った。とても怖かった。そして、何よりすごく痛かった。怪獣が生き物であるように、ウルトラマンも所詮は一個体の生物でしかないのだと痛感した。

 そしてあっという間に政府の人間に捕まり、身体中をこねくり回され、どうやらすぐに殺されずには済んだ。ただ僕には戦う以外の選択肢がないらしい。

 それから世界を守るために、何度も何度も痛い思いをした。国が本気になってプライバシーを管理しており、僕の生活の平穏は保たれていたが、人から感謝されることも全くなかった。

 数年経ったある日、突然これまでとは比べ物にならないほど強力な怪獣が現れ、僕は本気で死を覚悟した。病院のベッドで傷が癒えるのを待ちながら、もう戦うのはやめようと心に決めた。

 しかし怪獣は災害である。僕の心なんて何も考慮してはくれない。そして人間もまた僕の心を考慮することはない。行けと言われて僕は、もう今ここで殺してくれて構わないと言い放った。僕が好きだったのは最後は必ず勝つヒーローだ。負けるかもしれない、死ぬかもしれない、こんなのがウルトラマンの現実なら、僕はもう戦えない。

 「○○という女性が重い病気におかされているのを知っているか。」

 政府の人間が口にしたのは僕の元彼女の名前だった。何よりも恐ろしいのは怪獣ではなく人間だと、僕はこの時になってようやく気がついた。彼女の病気は治すことができるらしい、ただそれには大変な額のお金がいる。しかし大変な額というのは、国、政府という単位で見ると些細な出費というわけだ。

 元彼女の口座に匿名で多額の振り込みがされたことを確認して、僕は遺書を書いた。このリアルで面白みのない世界では、一番初めに書くべきだったのだろう。しかし、書いていなかったからこそ僕はきっと映像の中の無敵のウルトラマンであれた。今はそんな風に思う。

 ニュースの映像に映る怪獣の禍々しい見た目やその凶暴さは、数年前の怪獣とは程遠く、もはや生き物の延長とは全く思えなかった。正真正銘の化け物だ。しかし僕の傷が治る速度も人智を超えており、きっと僕自身も化け物なのだろうなんて思った。

 そして今、怪獣と相対し、守るべき人間よりも目の前の化け物に親近感を覚える。きっと僕も同じだからだろう。今の僕にとって化け物とは人間のことである。しかし、僕の心の半分は今でも人間だというのも事実だ。僕はきっとどちらの化け物にもなれないし、どちらから見ても化け物なのだと思う。

「僕はヒーローになりたかったのに。」

泣いても喚いても、助けてくれるウルトラマンはこの世界にはいない。さあ、命を賭けたヒーローごっこをしよう。

※僕の見た夢を元に書きました。多少の脚色はありますが、話の大筋は変えていません。

 

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