話半分に聞く、デザイナーのキャリアの話
2024年。私は今年で44歳になるデザインマネージャー・サービスデザイナーです。業界的にはシニアといえる年齢です。
シニアになると、してしまうがキャリアのアドバイス。
年長者のキャリアのアドバイスは話半分に聞いておく。これは、私自身が20代の頃に思っていたことですが、今となれば「話半分」とは言い得て妙。年長者が話すキャリア論は、話の50%は時代を超えて普遍性を持ち、大変参考になったもの。その一方で、残りの50%は個人や時代に依存する情報。活かしづらいものでした。
ここでは、40代から見た私なりのデザイナーのキャリアについて書いておこうと思います。美しいキャリアとは人それぞれで考えるもの。それを考えるための素材として、話半分に読んでいただければ幸いです。
20-24歳|信頼の貯金と機会の獲得
20から24歳のキャリアのスタート。とにかく「良い仕事」「良いプロジェクト」に巡り合うことです。自分のスキルアップ、評判の形成、今後の持続的なモチベーションにつながるような仕事です。
このころは、まだまだ自分自身でイチからプロジェクトを作り出すことは難しいもの。他者からそのような仕事に指名され、アサインされる必要があります。
昨今のデザイン領域は広がりを見せているため、「良いプロジェクト」が何であるかは一元的には特定できません。人それぞれです。まずは、自分のキャリア観や展望を周囲の年長者と対話し、自分を知ってもらうこと。第一歩はここです。
「良いプロジェクト」に就くには、周囲から信頼されている必要があります。良い機会は希少です。環境によっては、機会を獲得するのにも競争の構造が働きます。その際の競争優位になるのが、周囲からの信頼の量です。
信頼とフォロワーシップ
信頼は日々、貯めていくもの。一つひとつの仕事の貢献によって貯まっていくものです。
私が20代のころは、いわゆる雑用の中で信頼を貯めていきました。電話の取次ぎ、画像の切り抜き、入稿作業などなど。デザインの現場で「雑用」は死語となったのかもしれませんが、他者の仕事を尊重し、自分ができることでフォローし、貢献し、信頼を貯めていく。それは今も変わりません。
フォロワーシップの効能は信頼の蓄積に加え、返報性が生まれることも大きいです。年長者をフォローすることで「ギブ」をする。すると、その年長者は本能的になんらかの形でお返しをしないと居心地が悪いので、自分の知識や経験を教えてくれるようになります。デザインの仕事は年齢関係なく競合関係になることもあるので、全ての年長者が自然にアドバイスしてくれると思ってはいけません。
プロフェッショナルの態度
そして、この時期にもっとも学ぶべきは、プロフェッショナルの態度。仕事の段取りやデザインスキルは嫌が上にも身につくものですが、プロフェッショナルの態度は、相応の年長者のふるまいを観察し、協働をすることではじめて身体化していくものだと考えています。
プロフェッショナルなふるまいは書籍でも部分的に学ぶことはできます。私が参考にした書籍を下記にリンクを貼っておきます。
この時期には、特定のデザインスキルに絞って専念するか、広く浅く身につけるかといった悩みを持つ人も多いですが、長い目で見た場合はどちらでも良いと私は思っています。
どちらも一長一短ありますし、そもそも機会の全てをコントロールできない。この時期に目標を固定しすぎて融通が利かない存在になるよりかは、信頼の蓄積に着目し柔軟に立ち回る方が、結果的に成長しているケースが多いように見えます。
25-29歳|なるべく早く責任者に
25から29歳。この時期に重要なのは、なるべく早く何かの責任者になることです。アートディレクターといったクリエイティブに関する責任者ポジションから、プロジェクト全体を統括するようなプロジェクトリーダーのポジションまで。もしくは企業組織の中の少数を束ねるチームリーダーなどもあります。大小や種別を問わず、なれるものはなっておきます。
責任者ポジションに立つと見える風景が変わり、取り扱う情報量も圧倒的に増えます。その上で、リスクコントロールも意識するようになります。文字通り、何かの責任を背負うことになるので、成長しなければならない半ば強制的な環境に身を置くことになります。
責任者は、プロジェクトを設計したり、外部者との調整や交渉を担うことになるので、自分の裁量で時間をコントロールしやすい立場になります。自分のキャリア形成に重要な学習時間を自分で設計できるようになる。自分の時間を何かへの依存状態にしない、年齢的に成長しやすい貴重なこの時期の時間を自分のものにするのです。
この件に関しては、詳細を下記の記事にまとめています。
「言語」と「地図」を得る
責任者ポジションになると、デザインを相対化した上で言語化し、他者とコラボレーションするための基礎的なビジネススキルが不可欠になります。
一つは、ロジカルシンキング、クリティカルシンキング、戦略的思考といった基本的な考え方を身につけること。もう一つは、「経営」を構成する主要論点への理解です。事業開発、マーケティング、ブランディング、人材開発など、大枠の構成要素をざっくりとでも頭の中に地図化し、おぼろげながらでも会話できるようになることが重要です。
それにより、ビジネスパーソンの意思決定層と生産的な会話をする「言語」と、デザインを広く社会で活かすための「地図」を手に入れることができるのです。
すばやく学ぶスキルで変化耐性をつける
この時期には「すばやく学ぶスキル」を身につけることも重要です。私はデザインエージェンシーのデザイナーなので、様々な業界の多様な問題にふれますが、その際も「その筋の本を5冊読めば、だいたいのことはキャッチアップできる」という感覚をもって、プロジェクト開始前にすばやく学ぶようにしています。
これは事業会社内のデザイナーも同様に重要です。扱う問題領域をすばやく理解し、デザインを開始できるスキルは、若いうちに所作を身に着けておくと良いでしょう。自分なりのすばやい学習方法を考案し、勘所を押さえられるようになると、その後のキャリアの大きな武器になっていきます。
「すばやく学ぶスキル」の重要な点はそれだけではありません。それを身に着けることで、自分自身が変化することへの抵抗感や恐怖感をなくせることも大きいです。高速に学習し柔軟に立ち回れるようになるのは、変化の激しい現代においてはもはや必須要件と言えます。
変化を先取りし価値提案するデザインの世界において、「自分は変化できるのだ」という自信をこの時期に身につけることは、30代以降のキャリア形成を優位に進めるにもたいへん重要なことです。
30-34歳|スキル柔軟性とポジショニング
30代前半には、デザイナーとして主力の位置になっていることでしょう。成功体験もあり、自信をもって主体的にプロジェクトに取り組めている状態です。
しかし、ここで見逃しがちな落とし穴があります。それは、「できること」ばかりやってしまうことです。「できる」感覚に身をゆだね、過去の成功の再生産をし続けてしまうのです。周囲も「できる」部分に期待して仕事を依頼するわけですから、この構造に拍車がかかってしまいます。
世の中は変化し続けています。その際に、過去にできたことをやり続けるということは、スキルの更新がされず、市場適合からはどんどん遠ざかっていくということです。自身の人材市場価値も徐々に下がっていきます。
マーケットフィットのためのストレッチ
自分のスキルは「時の流れに応じて陳腐化していく」という前提をもって、自分にストレッチをかけるプロジェクト要件を、自ら設定し続ける必要があります。要件として「絶対にできない」ことを設定してはいけませんが、自分の学習スピードやネットワークを活用して、市場にフィットした「がんばればできること」「市場視点で今やるべきこと」を常に意識し、セルフストレッチをかけ続けていくのです。
その中で変化・強化していく自分のスキルと、社会の情報技術や業界の動向などを踏まえながら、自分のポジショニングを把握しチューニングし続ける。「デザイン」に関わらず、社外とのリレーションを継続的に持ち、自分を常に相対化する。自分のマーケットバリューは何かを意識し、それを軸にスキルをさらに変化・強化し続ける。
そのような態度でいると、30代後半ごろから、自然とデザイン領域を越境したり、もはやデザインの枠組みをも超えた、名状しがたい価値ある仕事にたどり着くこともあるでしょう。そして、自分特有の視点や考え方や、不動の軸のようなものも、うっすらと見えるようになっていきます。
35-39歳|人を動かす力を磨く
30代後半では、マネージャーかスペシャリストか、キャリアの岐路のようなものにも意識が及びます。
昨今は集団でのデザインが一般化し、「良いデザインは良い組織から」という文化も当たり前になってきました。高度デザイン人材など、組織を牽引するようなデザイナーのあり方や、デザインシステムのような個人と集団を結びつけるデザイン手法の発展など、マネージャーかスペシャリストかを二分法的に考える事自体の意義も薄れてきたように思います。
いずれにせよこの時期は、人に影響力を与え、人を動かしていく力を磨き上げることです。交渉や調整、合意形成や意思決定といった対人的なものから、集団の仕組みづくり、組織デザインといった対組織的なものまで。
これまでは、5人で5以上の力を出せるよう工夫していたものを、100人で200以上の力を出していくような発想に切り変える必要があります。そのために、人をどう育て、業務としてどう動かし、どのようにデザインプロジェクトを運用していくか、そのような構想力と実行力を上げていく必要があります。
加えて、自分や自社がどのように市場影響力を発揮するのか、マーケットを概観した上で判断し、組織内外の人を動かしていく必要があります。スペシャリストであれば、ただスキルが高ければ良いということでなく、自身のプレゼンスやブランド価値から、人を動かしデザインプロジェクトをつくり続けられるような、認知的付加価値を自力で作り上げることも重要でしょう。
「骨が折れる」仕事
人を動かすには、相談に乗る・調整する・調停する・紹介する・顔をつなげる、といったような、地味で骨が折れる仕事も避けては通れません。若かりし頃は年長者がやってくれたこのような仕事も、この年齢では自分がやる番です。
このあたりは、デザインとは一見遠い仕事のようにも見えますが、こういったディテールの積み重ねが成果につながるため、ここだけを切り離して考えることはできません。この動作の繰り返しが「人を動かす」ことに直結すると認識し、一つひとつ丁寧に対応します。
40歳-|変化を起こせる提言はあるか?
40歳以上。私は今まさにこの年代になっていますが、この年齢ではだいたいの仕事は分かる/できる感覚が生まれます。相応のネットワークを築けているので、自分の能力を超えた仕事も実行可能になります。プロジェクト責任者はもちろんのこと、その責任者を監督し、複数のプロジェクトを視野に入れて動くことも当たり前のことになります。
しかしここでも壁に突き当たります。それは「自分の提言はあるのか」ということです。社会や、市場や、業界を少しでも前進させ、変化を起こせるような、自分なりの意志を持った提言があるのか、ということです。
単発のデザインプロジェクトではなく、これまで経験した数百のプロジェクトを総合して、自分の経験と教養とネットワークを総動員した、自分が社会に提供できる方法論や提言はあるのか。そこに創造性があるのか。それを見定める視線を、周囲から向けられることになります。
美しいキャリアを
これ以降の年代は、私が現在進行系であるため書くことはできません。
ここで書いた20代から40代のキャリアの話は、私自身や、私が所属するデザイン会社コンセントの仲間とその周辺。私の知人友人を観察した上で書いたものです。寡聞のため、これは一般論でも理想論でもなく、おそらくただの一次情報です。多様化が増す現代において、時代の風雪にまったく耐えられないものかもしれません。
デザインで社会に貢献し続ける。社会的にも経済的にも無理なく数十年の単位で活動し続ける。その風景をそれぞれが描くにあたって、参考情報は多いに越したことはない。話半分のキャリアの話として、誰かの何かの役に立てばと思い書かせていただきました。
(なお、私自身のキャリアは下記の記事の後半に紹介しています。)