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日記20221228_肉と塩と羞恥心
コロナ禍に入ってから続いている趣味の一つであるジム通い。むらはあるけれども、週に一度か二度か三度は通うようにしている。手帳に、ジムに行った日には印をつけ、鍛えた部位と、どこまで追い込んだか(軽度・重度)を記録している。
もともと私は食道楽である。なので、運動をすることにより「筋肉の成長のためだ。」と、調子よい言い訳をしてよく食べる。特に、ジム通いが他の仕事や遊びで疎かになっている時こそ調子に乗るので、結局身体は太ったり痩せたりを繰り返している。
今日は、日中からホルモンを食べたい口であった。昼間にホルモンを食べようと決め、行く店も決めていた。せっかくがっつりと肉食をするならジムにも行きたい。そういわけで、肉食を餌にしてジムに向かい鍛え、走り込みもした。走り込みの最中に、あれ?今日定休日だったんじゃ?と嫌な予感が走った。(※走っている最中、散歩中と言うものは、人間の頭が最も冴えるタイミングの一つでもあります。)もし走りながらその真実を知ってしまうと今日の筋トレのやる気は失せ、心が折れてしまう。だから、全てが終わった後に、真実を確認した。
定休日である。
愕然として、最早、決して、耐えきれるものでもなく、悩み向いた結果、安価なステーキ屋さんに急遽駆け込むことになった。脂身も赤身も食べたい。肉食とは、動物本能を刺激する、動物回帰のための儀式でもある。
そういうわけで、肉欲(肉食への欲求)を何とか埋めることにした。
このステーキ屋には以前から何度か訪れたことがある。座席にある張り紙も見慣れたものだ。
『紙エプロン、ワサビ、クレイジーソルトのご用意もありますのでお声がけください。』
皆さんは、こういった張り紙にどう接するだろうか。こういった張り紙とは、必要不可欠ではないがあったら嬉しいなと思うサブアイテムを店員に頼むシステムの張り紙のことであり、ちょっとした裏メニューのようなものでもある。本当の裏メニューを頼む場合はさらにハードルが高くなるが。
それで、毎回このクレイジーソルトが気になるのだが、卓上に普通の塩は置いてあるのだ。だからこそ言えない。だから、わざわざ”クレイジーソルト”をくれと言ってわずらわせるのもどうか、とか、くれと言っておいて使わないのは無いだろう、とか、こいつ塩にこだわってんのかよ、とか、他の客がアイツ塩頼んだよ、とか、思うんじゃないかと、実際全く思わないとわかっているのに、躊躇するのである。大体クレイジーソルトとかいう名前が悪くないか。”ヒマラヤ塩”とか”岩塩”とかにしてくれよ。そういう葛藤が合って、ま、次でいいかと後回しにするのである。
しかし、私は自分にこうしたしょうもない恥が多いことに年々自覚的になってきており、こういったものは訓練しなければ、どうにもならないことも、わかってきた。どうにも図々しくならなければいけない。
だいたい、今日だって、本来は目をつけていた肉屋は定休日で、諦めて家に帰ってご飯を食べるはずが、図々しくも己の肉欲に敗北して、ここにこうして、来ているじゃないか。なのに、さらなるちょっとした欲望を我慢して、しょうもない恥で、誰も気にしない恥で我慢して、一体どうなるというのか?
店員がやってきた。よく見るおそらく誰かのお母さんであろう、優しい感じの中年女性である。このような人に言えなくて、今後一体誰に裏メニューを注文できるというのか。私は葛藤した。
「200gでレアで、コーヒーと、ライスは大盛りで。」
店員の女性は快く受け入れ、メニューを持って帰ろうとする。私は張り紙を指さした。羞恥が極まった。
「あとこの”クレイジーソルト”ください。」
言ってすっきりしたのと後悔で死にたくなったのが同時にきて、涙が出そうになった。クレイジーソルトとは言いたくなかったが、「塩」と言った場合、卓上に塩があるのである。卓上に塩が無ければよかったのだ。それなのに塩を置いているから。やめてほしい。そこまでして塩が欲しいのか。いや、欲しいんだ。私は欲望に忠実、欲望をよりよく満たすためにちょっとした恥がなんだというんだ。
店員は快く、わかりましたと言って去っていった。まったくもって、なんともないことである。そういえば今日の昼間、スーパーでポイントを全部使ってしまおうと思っていたのに、もたもたとして、カードを出すタイミングが遅く、使えなかった。その鬱憤もはれた。これも今回の葛藤と同じような理由で躊躇する。だからもうポイントカードなぞ、作りたくない。作りたくないんだ本当は。
ほっとして、そして運ばれてきたクレイジーソルトはなんと大瓶で六種類も籠にぎちぎちに入って運ばれてきた。一つではない、各国のクレイジーソルトだった。ヒマラヤ、イタリア、アメリカ、フランス……など。言ってみて持ってきてもらわなければ、わからなかったことだ。ヒマラヤ岩塩は文句なく旨く、アメリカのものも旨かった。
一度やってしまえばもうこっちのもので、次も同じようにソルトを頼めるであろうしワサビもなんの躊躇もなく、いけるようになるだろう。
余談だが、別の某ステーキ屋で誕生日当日だけすべての肉が半額になるという張り紙があり、既にこちらは挑戦済である。これは張り紙を見た日から、当日いける時間があるなら行こうと覚悟を決めていたことと、年に一回しかチャンスがないため、次に来たときでいいや、ができず、四面楚歌に追い込まれた結果逆にスムーズにできたというのがある。
しかしこれも、やはり恥ずかしく、生年月日のわかる免許をどのタイミングで出すかとかコイツ誕生日にひとりでクソデカい肉食べに来てどういうつもりと思われないだろうかとかいろいろ考えに考えて疲労した。逆に一人だけ半額では気を遣うし、人を誘ってはこられない。だから、大丈夫。一週間前からそう言い聞かせた。
が、これももう一回やったので、もう、大丈夫である。
こうやって私はしょうもない恥を少しずつ削り取っていく。誰にも迷惑をかけない小さな葛藤に勝利して、共に己の欲望をよりよく満たしていってあげたい。飲食店やポイントカードの使用などは日常的に恥を恥と思わなくなる、良い訓練となると思う。