幸せを手に入れる最後の方法 ~2年間のカウンセリング実録~ 1.出会い②
30分ほども話を聴いただろうか。気が付けば彼女は涙を流していた。そしていつしか、彼女の話の内容は彼のことから自分の父親のことに移っていた。
「私ね、お父さんが大好きだったの。でもね、お父さんからは愛されてなかったんだ…。」
「お父さんから愛情を注いで貰ったって、自分では感じられずに育ってきたのか。
お父さんが大好きだったからこそ、余計につらかったんだね。」
きちんと彼女の思いを汲んで、繰り返したつもりだった。ところが彼女の反応は、意外にも明確な否定だった。
「違うの。
私、お父さんからは愛されずに育ってきたの。」
「え?愛情を感じられなかったんじゃなくて、お父さんは咲笑ちゃんに対しての愛情が無かったって思ってるの?」
確信を持ったような強い言葉に少し戸惑いながら、それでも僕は彼女の思いを汲み取れるように言葉を続けた。
「うん、愛情なんて無かったの。」
またも断言した咲笑ちゃんは、続けて話し始めた。
「私ね、小さい頃からずっとお父さんのことが大好きだったの。
でも、抱きしめてもらったことも無かったし、誕生日も心からお祝いしてもらった記憶なんて無かった。
それでもやっぱりお父さんのことが好きで、小学生の頃、お父さんが留守の時にひとりでお父さんの部屋に入って大好きなお父さんの持ち物を触ってたの。
そしたらね、見つけちゃったんだ…。」
いったい何を見つけたのか。頷き、相槌を続けるにつれて、咲笑ちゃんは嫌なものから逃げるように早口になり、更に言葉を続けていくことで、苦しかった過去の思い出に辿り着いてしまった。
一呼吸おいた彼女はまた、一歩一歩踏みしめるように話し出した。
「その頃、テレビでかわいいって評判になった子役の女の子がいてね。きっと、まーくんも知ってる子。その子からのお手紙だった。
どうやらお父さんが、その子に誕生日プレゼントを贈ったらしくて、そのお礼のお手紙だった…。
お父さん、私にはプレゼントをくれなかったのに、その子には贈ってたの。だからお手紙が来たの。その子、私を同い年なんだよ。
お父さんは私じゃない、よその子が好きだったの。私は愛されてなんかいなかったの…。」
咲笑ちゃんの涙は止まることを知らず、そこまで聴いた僕はやっと彼女の言葉の意味を理解することができた。
「それでね、中学生になって私驚いちゃった。同じクラスに、その子がいたの。悔しいことに、すごくいい子だった。
嫌な子だったら『あんな子』って思えたのに。いい子だったから、その子を嫌いな自分がすごく悪い子に思えて。中学時代は地獄のようだった。
私の最大の努力は、その子の近くに行く時に間違っても傷つけるようなものを持たないこと。仲良く見せるのは大変だった。だから今でも、テレビに出てるのを偶然見ちゃった時なんかは『頑張れ。』って言ってテレビを消すの。」
沈黙。
それがこの時の僕の選択だった。僕はただ黙って、涙を流す彼女の目を見つめていた。
少し間を置いて、彼女はまた話し出した。
「でもね、そんなことがあっても、私はやっぱりお父さんが大好きだったの。
だから、お父さんに可愛がってもらえるように、一生懸命だった。良い子でいようと思ったし、良い子だったと思う。
でもね、やっぱりお父さんは私のことを可愛がってはくれなかった。
私はいつも否定されて育ってきたの。そして、何故か可愛がられてる妹を、私はいつも遠くから羨ましく思ってたの。」
「そうか。そんな状況でも、お父さんの愛情を求め続けていたんだね。」
「うん。私が一番求めてたのは、お父さんの愛情だったの。でもね、お父さんは私を愛してくれなかった。
お父さんて、自分を最初に愛してくれる異性でしょ?私は、お父さんにすら愛されなかったから、誰かに好きだって言われても『こんな自分を本当に好きになってくれる男の人なんかいる筈がない。』って思っちゃって、その人のこと信じられなくなっちゃうんだよね。
だから、男の人と付き合うのは抵抗があって、ずっと拒絶してきたんだ。」
「お父さんに愛してもらえなかったっていう思いが、他の男の人からの思いを全て否定しちゃってたんだね。じゃあ、今の彼と付き合うのも、勇気が必要なことだったんじゃない?」
「うん。結構勇気がいったな。でも、このままじゃ駄目だと思い直したタイミングだったから、頑張ってOKしたんだ。
そしたらね、私、彼の愛情をどこまでも求めちゃうようになったの。
私、きっと彼に甘えすぎ。このままじゃ彼から嫌われちゃうんじゃないかと思うけど、止められないの。」
伝えてもらった技術を使って心で聴く。
それは僕にとって、その心理学スクールで最初に学んだ聴き方、クライアント中心話法の祖であるカール・ロジャーズの「聴き方」が出来た瞬間だった。
幸せを手に入れる最後の方法
~2年間のカウンセリング実録~
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
僕がカウンセラーを目指した、初めてのクライアントさんとの出会いのシーンでした。
今でもはっきりと思い出せます。
悩みを抱えるクライアントさんと新人カウンセラーとの歩みを綴ったレポートです。
続きはまた明日更新します。
よろしければ是非おつきあいください。
よろしくお願いいたします。