Vol.24「遺体と公衆衛生」
はじめに、葬祭ディレクター技能試験の1級学科試験より問題です。
⭕️か❌でお答えください。
遺体の約6割は何らかの感染症を有し、また約15%は危険な感染症を有しているというデータがあるので、遺体の取り扱いにあたっては、感染症予防に細心の注意を払う必要がある。
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正解は、
⭕️です。
碑文谷創『葬儀概論』には次のような記述があります。
『遺体を取り扱う人が注意すべきことは、遺体からの病気の感染です。しかし、医師の守秘義務を理由として、残念ながら事実の告知が行われないケースが多いのが現実です。法律が変わらない限りこの状況は改善されないので、感染症に関する正確な情報は得られないと思ってください。
また、たとえ、病院で感染症ではなく安全と知らされたご遺体でも、各種解剖の結果、初めて感染症の保有がわかるケースも稀にあり、この場合、判明した頃には葬儀が済んでいたということもあるのです。
したがって遺体を取り扱う業者は、全ての遺体には、危険な感染症があるものという前提で対処する必要があります。』
病院では、遺体を扱う上で「スタンダードプリコーション」と呼ばれる標準予防策が存在します。感染症の有り・無しには関係なく、すべての血液や排泄物、体液や粘膜、傷のある皮膚は感染性のあるものとして扱います。
2014年から2016年にかけて西アフリカで大流行したエボラ出血熱。現地ではこの病気を「呪い」ととらえ、埋葬のために遺体を洗って清める風習が感染の拡大につながり、1万1300人を超える死者が出ました。
猛威をふるう新型コロナウイルス(COVID-19)は「指定感染症(第二種感染症)」に指定されました。根拠のない情報が拡散する「インフォデミック」にも注意が必要です。
病気を正しく理解し、正しく処置をする。
正しい知識で、正しく怖がる。
患者が死亡して遺体になった瞬間に、感染源になるわけはありません。死亡前の患者を素手で触っていたのなら、遺体に対して素手で触れても感染するわけがなく、「生前と同じ対応をする」というのが正しい考え方です。
なんの根拠もなく、無責任に家族を惑わせるようなことはしてはいけません。
感染症は告知されない?
清拭(せいしき)
病院で、看護師が入浴できないでいる患者の身体を拭き、必要に応じて下着やおしめの交換をすることを清拭と言い、死後の身体への処置もその延長で「清拭」と呼んでいます。最近では「エンゼルケア」とも呼ばれます。
一般的に、死亡退院のための準備として、
・医療器具の抜去、抜去後の処置
・褥瘡(じょくそう=床ずれ)など創傷の手当
・胃内容物や排泄物の処置
・腔部(鼻、口、耳、肛門、膣)の詰めもの
・全身のアルコール消毒(全身清拭)
・衣服の着せ替え
・死に化粧(エンゼルメイク)
どこまで処置をするかは病院によって異なり、なかには有料オプションで湯灌をしたり、提携の葬儀社が処置をするところもあります。
あくまでも死後の処置(遺体ケア)が目的のため、その後の変化(死体現象)や感染症予防には対応していません。看護学校においてもご遺体に関する教育はごくわずかで、死亡後、看護士もどのような状態になるかを知らずに処置を行っている場合がほとんどです。
死体現象
死後の遺体の変化のことを、「死体現象」と言い、死後1日以内に現れる変化を早期死体現象と言います。
早期死体現象は、法医学では次の四つが挙げられます。
① 体温変化
一般的に死亡後、遺体は外気温の影響を受けてゆっくりと低下します。発熱性疾患、頭部外傷、脳出血、中毒死の際には体温が高温になります。
② 角膜の混濁
ご遺体の水分の蒸発、変性によって角膜には混濁が起こります。目の開き方や、温度などよって左右されます。
③ 死後硬直
死亡後、遺体は、弛緩→硬直→弛緩という経過をたどります。硬直は通常1時間程度で発現し、2日前後で解けると考えられていますが、実際には気温や筋肉量・部位などの条件によって変化します。
④ 死斑(しはん)
死斑は血液の流れが止まった時に、赤血球が重力により体の低い方に流れ、皮膚を通して観察される現象です。死斑の出現場所や色などで、様々な死亡原因が推定できます。
クーリング
早期死亡現象の中で、私たちが注目するべきは体温です。
遺体の状態悪化を左右する最も大きな因子は、コア温度と呼ばれる体腔温度です。コア温度が低ければ遺体の変化や悪化進行速度は大幅に減少します。遺体を腐敗させる細菌の発育下限温度である5℃以下に遺体の温度を下げることをクーリングと言います。
クーリングにはドライアイスを使用します。
基本的なクーリングポイントは、胸部と腹部の2点です。腐敗防止のための微生物抑制には、肺と腸が最も重要な臓器です。
具体的に言えば、ドライアイスで胸と腹を冷却します。合掌した手が邪魔で当てられないなら、合掌を解いても問題ありません。あとで仏衣に袖を通すことを思えば、合掌よりも冷却を優先しましょう。
理想は左右の肺(胸部)、ヘソの上と下です。
遺体を冷やすクーリングは、医療現場においても最も有効な遺体管理法です。遺体のコア温度を下げることにより、ヒト由来の多くの細菌は活動(増殖)を停止します。
遺体は腐敗しますが、腐敗の原因は、腐敗変敗を引き起こす腐敗細菌により引き起こされる現象であり、自然界で言う「自然の摂理」です。
なかには腐敗が感染症を引き起こすという誤解がありますが、遺体からの感染リスクは、死後経過時間が経つほどに低下します。死亡直後の感染リスクは患者と同じですが、クーリングやエンゼルケアをされた遺体の感染リスクは、かなり安全と言えます。
よく、湯灌で遺体が温まることを心配される方がいますが、体の表面を濡らすことによって体温が下がりやすくなるため、クーリングとしては理にかなっています。
生前と同じ対応をする
死によって感染の危険性が増えることはほとんどなく、死亡前と同じ対応をしていれば問題ありません。死亡前の患者を素手で触っていたのであれば、遺体に対しても素手で触れて感染するわけがなく、生前と同じ対応をすることが正しいと言えます。
感染症について
火葬許可証に、「一類感染症等」「その他」という欄があります。都道府県知事は、一類感染症、二類感染症、三類感染症又は新型インフルエンザ等感染症の病原菌に汚染され、または汚染された疑いがある遺体の移動を制限・禁止、24時間以内の火葬ができます。
一類感染症には、エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールブルク病、ラッサ熱が指定されています。
2015年9月、厚生労働省は「一類感染症により死亡した遺体は24時間以内に火葬しなければならない」と定めました。
2003年にパンデミックを起こしたSARS(重症急性呼吸器症候群)は新種のコロナウイルスが原因で、二類感染症に指定されています。人に感染症を引き起こすコロナウイルスはこれまで6種類が知られていますが、深刻な呼吸器疾患を引き起こすSARSとMARS(中東呼吸器症候群)以外は、感染しても通常の風邪などの重度でない症状にとどまります。風邪は医学的には風邪症候群と呼ばれており、その原因の1〜3割はコロナウイルスが原因と言われています。
一類感染症、二類感染症、三類感染症は感染力が強く、感染した場合の重篤性を考慮すると、絶対に遺体や、遺体からの血液、排泄物、浸出液には直接触れないようにし、環境の汚染防止にも気をつかう必要があります。
結核
結核は、今でも年間15,000人以上の人が感染し、約2,000人が命を落としている日本の主要な感染です。
結核が進行すると、咳やくしゃみなどによって空気中に結核菌が飛び散り、それを吸い込むことにより感染が拡がります(空気感染)。結核菌は顔や毛髪、手や寝具、着衣に付着します。遺体内の結核菌は長時間生き続け、遺体の向きを変えた時や、納棺時に胸部を圧迫するなどで体内から放出されるおそれがあります。
結核は、吸い込んだ結核菌が肺に入って、病気の巣を作ることで発病します。多くは発病しないで済みますが、発病してもきちんと毎日薬を飲めば治る病気です。喀痰中の結核菌の濃度は2日で1/10となり、2、3週間で1/100になります。結核と診断されて治療されている結核患者の感染力は、かなり失われていると考えていいでしょう。
結核菌は紫外線に弱いので、使用した棺覆いなどは晴天時に30分以上太陽の光にあてると良いでしょう。
B型肝炎、C型肝炎
B型、C型ともに血液が最も危険であり、分泌物も感染の危険性があります。直接触れないように、手袋着用を励行します。空気感染はありません。
MRSA
MRSAとはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌のことで、「院内感染」と言われる病院内の感染症です。黄色ブドウ球菌は非常にありふれた菌で、健常者の保菌率は約1%、医療従事者の保菌率は5〜数十%との報告もありますが、抵抗力がしっかりあれば重症化することはありません。大手術のあとや重症の火傷を負った場合に重症化しやすく、発症すれば髄膜炎、肺炎、腹膜炎、腸炎、敗血症を引き起こすことがあります。
エイズ
エイズ患者の遺体を取り扱う際には、血液、体液の濃厚接触に注意します。通常の接触ならば問題ないとされ、手指に傷がないときは素手で遺体に触れる程度では感染しません。但し、取り扱い時には使い捨てのゴム手袋を着用し、終わったら必ず捨てます。
エイズは死亡診断書の死因欄にはっきりと書かれることがありません。自殺死体にもその動機となったエイズが記載されることはないので注意が必要です。
遺体の取り扱いの一般原則
すべての遺体に危険な感染症があるとして取り扱うことを原則とします。血液、体液に触れる可能性があれば常に手袋を着用します。手袋を外した後に手洗いをします。使用した手袋、マスク等は医療廃棄ゴミとして適切に処分します。どのような遺体でも、尊厳を守らなければなりません。
医療廃棄ゴミについて
「医療関係機関等で医療行為等に伴って排出される廃棄物」を医療廃棄物と呼びますが、法令用語ではありません。医療機関等では血液(凝固した物に限る)、ディスポーザブル(使い捨て)の手袋などは産業廃棄物として扱います。また、指定感染症の場合は感染症廃棄物として厳重に処分されます。
遺体に対しての処置は医療行為(治療)には当てはまりません。しかし、血液や体液が付着した物を処分する際には、専用のポリ袋等でしっかり密封した後にゴミ袋に入れるなど、衛生的に処理するようにしましょう。
イラスト きむら