『イワノキツネ』№1
…吾は長年全く身動きが取れない身であった…果てしなく長い年月を縛られた硬い岩の中で過ごし…雨風にさらされ…風雪に耐え…
ある時大地が大きく揺れたその日にそれはバリバリと凄まじい音をたててバックリと割れた…
…吾は自由になった…どこへでも行けるし何にでもなれる……はずだった……
…あまりにも悠久の時を岩の中で過ごした吾は…飛べるはずだった羽はすっかり退化し…あげく今更どこへ向かえば良いのかもわからなかった…
…吾は結局割れた岩の周りを日々うろつくだけの無意味な存在となった…来る日も来る日もぐるぐるウロウロと無駄に徘徊するうちに…ある日突然に飛びたくなった…岩の割れたあの日のようにその日は突然に訪れた…
…吾は思い切り地面を蹴った…
…それが世界の始まりだった…世界は色彩に溢れ…すべての物が動いていた…あらゆる存在が干渉しあい…すべてに影響している…すべてはつながっており…すべてに共鳴しているようだった…
…吾は改めて孤独になった…白い縄で岩ごとぐるぐる巻にされ…あまりにも長い時を幽閉されていたせいか…自由になっても皆のように誰かとつながることはなかった…この世界のすべての存在に…吾の姿は見えないようで…何を言っても聞こえないようだった…
…ある時…何やらムニャムニャと特別なまじないを唱えながら吾に近寄ってきた者がいた…が…偶然岩の近くの地面から白い霧が噴き出してそれはあえなく退散した…
吾は慣れたもので…時折あまりにも窮屈な岩からなんとか沢山の尻尾を伸ばす術を覚え…その霧で慢性的な体のコリをほぐして養生する…
「あ!この石シッポが生えている!」
稀にやってくる家族連れの子供が吾の術を見破り大声で叫ぶのだが…親達には見えないのか「何を言っているの」と笑う…吾はサービス精神からパタパタと自慢のシッポを更に見せびらかす「だってホラ…あんなに沢山のシッポが…」
「変なことを言わないで」
可哀想に大抵の親は子供の言うことを信じずに…自分達の見えるものだけを信じて足早に通り過ぎる…
「…だってあるのに」
…吾の術を見抜けている子供が優秀なのだが…人は成長すると…自分の見たいもの…見えているものを手がかりに生きがちで…本当は自分にも見えていないものが沢山あるのかもしれないと…足りない部分を想像して補完する柔らかい感性を知らずと捨て去ってしまうようだった…
吾は寂しそうな子供達の後ろ姿にパタパタとシッポを多めに降ってやるのだが…彼らは一度も振り返ることなく親に手を引かれてさっさと見えなくなってしまった…
…こうして吾の孤独は深まるばかりだった…