『イワノキツネ』№15
おえらいさんとおやっさんは、ドヤドヤと軽トラから倉庫にあった備蓄食料を自治会館の"オチャシツ"へと運び込む。猫さんはせっかく自分なりに棚に納めた食料が、すべて無秩序になってしまったことにショックを受ける。チョビヒゲ猫は、諦めていた今日の夕飯になんとかありつけそうだとホッとする。
「形が変わってやがるな」
食料を運びながら、おやっさんがおキツネ様を眺めて笑っている。最後の食料を軽トラから降ろすと、おやっさんは荷台を確認して駐車場からおえらいさんに手をあげて合図すると「じゃあな」と引き上げていった。
おえらいさんは、自治会館に運び込んだ食料を見て一息つくと「あとはよろしく」と、2匹の頭を手早くなでて、食料がゴチャゴチャなまま自治会館を施錠すると、さっさと帰ってしまった。
お腹がすいたチョビヒゲ猫は、積まれた食料の山から、今日リクエストしていた食べ物を引っ張り出すと、ムシャムシャと食べ始めた。なんだかナーバスになった猫さんは、とても食欲がわかず、混乱して目が回るので、"オチャシツ"の隅で丸くなり、とりあえず眠ることにした。白い石を包むように丸まると、少しだけ落ち着いた。
そして猫さんは夢を見る。
…静かに打ち寄せる波の音…広がる白い砂浜…そこにとても唐突に海を突き刺す巨大な岩が立っている…それは明らかに猫さんが訪れた事がない場所で…しっかりと見ているのになぜかとても曖昧な風景だった…
人間の気配が無くなり、爆睡していたおキツネ様の術が無意識に解け、生のキツネがバランスを崩して、お盆が派手にひっくり返った音で起こされた猫さんは、ハッと我に返る。
しかも、まだ倉庫にいると思っていた猫さんは、少し混乱する。見渡すと"オチャシツ"の反対側で、2本になった尻尾をしっかり丸めたチョビヒゲ猫がイビキをかいている。そうだった。自分は今自治会館にいるのだった。猫さんは場所が変わるとどうにも眠れない…ソワソワとオチャシツをウロウロすると、生のキツネがうっすらと目を覚ました。
「…眠れないのですか…」
突然の声にビックリした猫さんが、思わずピョンと飛び跳ねると、握っていた白い石がコロリと落ちた。キツネは薄い瞳を更に薄くして、石を眺める。
「…ウィルドですね…」
「だってとてもキレイな石だから…!」
いけにえが怖い猫さんは、慌てて石を拾いキツネに弁明する。おキツネ様は三日月の様にうっすらと笑う。
「…石は必ずしも返さなくても良いのですよ…持っていたければ持っているもよし…」
猫さんはなんとなくバツが悪かった。
「…運命の転換期ですね…」
「テンカンキ」
「…何もない…まっさら…新しい世界…可能性…」
「アタラシイセカイ」
「…あまり過去に執着しないことです…」
おキツネ様はそう言うと、しずしずと体勢を整えて上手にお盆の中におさまり、再び深い眠りに入っていった。
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