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『あらわれない世界』№6

その陸に行ってみようと言い出した小野さんに、2匹の猫は断固拒否する。チョビヒゲ猫はともかく、猫さんは賛同すると思っていた小野さんは驚いた。2匹の猫は揃って窓の外を切なそうに眺めている。外は木枯らしで枯れ葉が舞い、雪虫が飛び、このところの朝晩は冷え込みが厳しい。

「本業は良いのですか?」

不機嫌なチョビヒゲ猫がぶしつけに聞くと、小野さんは笑って、博物館が大規模改修で3年ほど閉館になるので、来期の異動先が確定するまで、有休を使ってあちこちの目ぼしい施設に挨拶まわりをしているそうだった。

「なるほどだから暇なんですね」

チョビヒゲ猫はつまらなそうに肉球の間をガジガジと噛んでいる。

「機嫌悪いね」

突っかかるチョビヒゲ猫を小野さんが優しく撫でようとするも、チョビヒゲ猫は心底嫌がり、体を捻じ曲げてヌルリと逃げた。

猫さんは寒さが苦手なので、出来れば冬は一歩も外へ出たくない。この時期は会館の縁側で日向ぼっこが最高だ。それに、自分の尻尾が体内に埋まっているのであれば、まずそれをなんとかしたい。

猫さんがチョビヒゲ猫に詳しく話を聞くと、猫さんは1人で会館にいる時、まるで違う猫の声で遠くに呼びかけ、自分の声で答える事があるそうだった。猫さんに自覚はないようで、その鳴き声にチョビヒゲ猫は、会館にノラネコが入り込んだのかと思ったほどだった。しかし、実際は猫さん1匹しかおらず、他に猫はいなかった。

「それはつまり内在する猫が存在してる訳だ」

会館にコタツの準備をしにきたお偉いさんが猫達の話に割って入った。猫さんは冬に登場する大好きな"オコタ"にテンションがあがる。お偉いさんは小野さんに、貸していたエジプトの本はどうかと聞くと、小野さんは、いやぁなかなか読み応えがありまして…とうまく濁した。

すると、突然隣の床の間からビリビリと凄まじい音がして、焦げ臭い匂いと共に2本のビームが壁に向かって照射された。2本のビームはなにもない空間から放たれていて、何事かと床の間に集まった全員の前で、"それ"はあまりにも唐突に白い壁に姿を現した。



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