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『あらわれない世界』№5

猫さんは、小野さんに教わった"カー"に遭遇するのではないかと、日々注意して過ごしていた。しかし、残念ながら猫さんのもとに"カー"がやってくることはなかった。小野さんはおかしいなぁと首を傾げながら、自治会館でお偉いさんから借りたエジプトの本を読みあさっている。

小野さんが読書中で暇になった猫さんに、チョビヒゲ猫が、猫さんの尻尾は取れたりもげたりしたわけではなく、中に埋め込まれたのだと告げると、猫さんは衝撃を受けた。チョビヒゲ猫は猫さんの狼狽に構わず続ける。

チョビヒゲ猫は最初、猫さんが立ち寄った陸は、生き物の命を吸い取る恐ろしい場所だと思っていたが、猫さんのお尻を見ると、消えた尻尾の痕跡が外傷ではないことが気になった。

その頃の猫さんは、2本になった尻尾をとても恥ずかしく思っていて、誰が見ても年寄りとわかる証拠のようだと、疎ましく思っていた。つまり、猫さんは尻尾を1本に戻したいと願っていた。チョビヒゲ猫は、そのことを随分前に推測していたが、言う必要もないので、猫さんには話さなかった。

「願いが叶ったということ?」

エジプト本に飽きた小野さんが乱入すると、チョビヒゲ猫は明らかに気分を害した。猫さんはどうにも意味がわからず、混乱している。小野さんは機嫌を損ねたチョビヒゲ猫を撫でると、パントリーのおやつを与え、便乗して猫さんもカリカリを食べた。

「願いが叶う場所か…」

小野さんは猫さんの立ち寄った場所を想像する。

当の猫さんはいまいち記憶が曖昧で、その場所では知らない誰かの足の裾に掴まり、その陸の土を踏まないようにしていたことだけは覚えていた。ボートのような木の船で乗りつけ、船頭さんもいたようだったが、おぼろげだった。

チョビヒゲ猫は小野さんにおやつをもらっても、全く面白くなかった。自分は今猫さんにだけ話をしていたのに、なぜ小野さんが入ってくるのかとイライラした。

猫さんは明かされた内容に半信半疑で、自分のお尻を何度も確認してみる。…ただ、当時その場所から戻った猫さんは、たしかにチョビヒゲ猫の言う通り、すこぶる調子が良く、尻尾が1本減った事で体も軽くなり、まるで若返ったようだと感じていた。






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