『イワノキツネ』第2部 №19
商店街のおやじが自治会館の鍵を開けると、祠から帰ってきたチョビヒゲ猫と、猫さんと小野さんは久しぶりに会館へ帰った。商店街のおやじは、白ヘビ様の餌となる生き物を探しに行くと、勇んで軽トラで走り去った。
小野さんは、おやじが去るのをしっかり見届けると、急いで自治会館の裏にある井戸へと向かう。そして久しぶりに歓喜の声をあげる。鶴の島で、チョビヒゲ猫がうっかり押してしまったスイッチは、冥界ドローンの帰還モードで、設定が当初のままであれば、帰還先は自治会館に設定していたのだった。
自治会館の裏から、小野さんの歓喜の声があがる一方で、チョビヒゲ猫は、祠にいた白ヘビ様にも石はなかったことを猫さんに伝える。さぞやガッカリすると思いきや、猫さんはケロッとしている。
あんなに苦労して探したのに、なぜショックを受けないのかとたずねると、もう自分にはこんなに素敵な結晶があるもの!と猫さんは自分の額に手をやる。…が、ずっと額に置いておいた素敵な結晶は無くなっていた。猫さんはみるみる青くなり、自分の額に何度も手を当てては、無い!無い!と嘆いた。完全にパニックになった猫さんは、珍しくニャーニャーと動揺して鳴き出した。
帰還したドローンを持った小野さんが会館の裏口から座敷に戻ると、珍しくパニックになっている猫さんが目に入った。小野さんはひと目でその理由がわかったのか、片手でおもむろに自分のリュックを逆さまにすると、猫さんが失くした素敵な結晶がリュックからポロリとこぼれ落ちた。だって君はずっとリュックに入ってたじゃないか、と小野さんは朗らかに笑った。
こうしてまた自治会館に戻った猫さん達は、しばらくはいつも通り平穏な日々を過ごした。旅の疲れも取れて、1週間ほど経ったある日、小野さんが冥界ドローンに写っていた映像を確認したら、興味深い映像が沢山撮れていると、映像の検証に夜の会館へとやって来た。
お偉いさんの許可を得て、試写会と称して会館の壁にドローンの映像を投影すると、淡路島の旅の記録が短編映画の様に映し出された。猫さんは思わずニャーと叫ぶ。猫さんとチョビヒゲ猫は最初は楽しく映像を見ていたが、鶴の祠が映った瞬間に、思わず2匹は壁に走り出した。小野さんはニヤリとする。
「大丈夫。拡大してあるから」
そこには、チョビヒゲ猫が鶴の祠で、直感的に猫さんに伝えたいと思った絵画が、しっかりと映っていた。鶴の祠の奥に飾ってある、額に入った古い絵画が1枚ずつズームになると、壁にへばりついていた猫さんは、たまらずぶるりと身震いする。この絵画こそ、猫さんがいつか夢で見た風景だったからだ。チョビヒゲ猫は震えている猫さんを見て、自分の直感に間違いはなかったと確信する。
「この風景は、島にかつてあった風景なんだよ」
小野さんは暗闇で映像を投影しながら静かに説明する。次に海にお辞儀をするように折れて沈んでいる大きな岩が映し出されると、猫さんはなんだかわからないのに、壁に映ったそれにガリガリと爪を立てた。
「その岩が倒れる前の姿があの絵なんだよ」
猫さんは海に寝そべるように置いてある岩を見て、なんともいえない気持ちになった。
小野さんは念のため、ジャパンスネークセンターに問い合わせをして、先日保護された白ヘビに、薄くてすべすべした白い石がくっついてなかったかを確認をしたところ、貴重な白ヘビ様の贈り物として、大事にスネークセンターに保管しているそうだった。それを聞いた猫さんは、しばらく考え込み、海に横たわり波しぶきを受ける岩の映像をじっと眺めていた。
「必要ならお送りしますよって」
小野さんが猫さんに優しく打診するも、猫さんは首を横に振り、スネークセンターで石を大切に扱ってくれるならそれで良いと、自分の小さな額に置いてある素敵な結晶に手をあてる。横で見ていたチョビヒゲ猫は、それで良いのかなと内心思ったが、猫さんは、目の前に流れている映像を見ながら、自分の見た夢の風景が現実に存在したことに、ただただ感動していた。
商店街では白ヘビ様のイベントが開催され、前回のお祭りでは本物の狐を見られなかった子供たちが、祠に鎮座する箱に入った白ヘビ様を覗き込んではキャアキャアと楽しんでいた。
猫さんも恐る恐る白ヘビ様を覗き込んだ。猫さんの記憶では、自治会館を通り過ぎた白ヘビは、もっと太くて大きなヘビだった気がしていたが、チョビヒゲ猫は、あの白ヘビはスネークセンターの職員に捕まるまで、ろくなご飯にありつけず、すっかり痩せこけてしまったのだろうと推測した。