◆読書日記.《ムライ『砂海の娘 CAT IN THE CAR』》
※本稿は某SNSに2021年4月18日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。
竹熊健太郎責任編集の電子コミック誌『電脳マヴォ』にて連載された漫画をまとめたムライさんの連作マンガ『砂海の娘 CAT IN THE CAR』読みましたよ~♪
砂漠ばかりの世界で、助手席に猫を乗せたオープンカーでマイペースに荷物を運ぶ、子供みたいな見た目の女の子が配達過程で様々な人と出会うお話です♪
一読、たぶんこのマンガは、連作当初は長編連作的な構想を持っていなかったんじゃないかと思う感じがしました。
最初のほうはほぼ一話完結の「ちょっと不思議な砂漠の世界を、助手席にネコを乗せて走る女の一人旅」という「絵」から発想した物語なんだと感じました。
なるほど、これはロード・ムービイなのか。
まず「砂漠を行くオープンカー」というイメージが様になっている。これがこの人のこの作品がスタート当初に持っていた「絵画的発想」のひとつ。
砂漠の途中でヒッチハイクしてくる人との不思議な話。配達先の人との暖かな交流。車の中で寝て、仲間と呼べるのは助手席に乗った猫のみの気ままな砂漠行。
砂塵を上げながら、そんなきままな旅が延々と続くかのようで……話が少しずつ「長編」的になっていくのは、途中からこの主人公の女の子の「過去」のエピソードがちらほらと出てくるようになってきてからだった。
この女の子は、本書の前半は名前も出てこず、セリフは一言も出てこず「傍観者」に徹しているようだ。
友達もいなければ家族も見当たらない。雇い先の運送会社や配達先の常連さんに多少の顔見知りがいるくらいで、彼女が何者か知っている者は誰もいない。
「個」としての特徴から全て解放されたかのような女の子は、今日も広大な砂漠を猫と一緒に走る。それだけの話。
そういった「気ままな孤独」を体現したかのような彼女にも、徐々に顔見知りが増えていく。是非ともまた配達の依頼を受けてほしいと願う客は増え、女の子に一目惚れした砂漠のバーテンは何とか女の子の名前を聞き出そうとし、同じ運送会社の同僚はそっけない主人公にライバル心を燃やし、執着する。
そのうち、女の子の「過去」を知るキャラクターが登場する。彼との過去の因縁の話が徐々に表に現れ始め、彼女が何故いつも一人でいて、何故人々との交流を避けていたのか、どういう環境で育ってきたのかが判明する。
そして最終話、彼女の名前が何というのか、皆が知った時に物語は終了する。
「海の砂漠を放浪する何ものでもない、個から解放された気ままなナニモノか/この砂漠の民を作者的な観点から傍観する存在」であった女の子は、ラストで完全に「個」となり、存在が確定してしまった。
ライバル視していた同僚は彼女をほとんど「友」として扱い、女の子に一目惚れしたバーテンとも上手くいき始めた。
彼女はもう砂漠を放浪する「傍観者」でも「第三者」でもいられない。
アイデンティティの固定された確固とした「個人」となったのだ。
彼女のトラウマの一つだった問題も解決し、彼女の放浪の旅は終わった。
これからこの女の子も、この砂漠の民たちと共にある「砂漠の民」となるのだろう。これは、そういうお話だったのだ。