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『はみだしっ子』「雪山事件」におけるヘロイン所持者の動向と摂取したグレアム、マックスへの影響

 スタジオライフの公演『はみだしっ子 ~White Labyrinth~』がとうとう、今週の水曜日、1月8日から始まりますね。

 公演詳細は下のリンクから確認してね!

 White Labyrinthーー白い迷宮の名の通り、通称「雪山事件」パート名は『山の上に吹く風は』の舞台化です。とうとう!!!雪山事件が!!!舞台化!!!私ははみだしっ子の話の中で何か一本舞台にするならこれだとずっと思っていたので感無量です!!あの雪山事件をスタジオライフの皆さんがどんな舞台にしてくれるのか楽しみです。

 その舞台が公開される前に、私なりに雪山事件を改めて振り返ろうと思います。よかったら読んでいってください。

※このさき『はみだしっ子』のストーリーの核心に近いネタバレがあります。マンガ未読で舞台で『はみだしっ子』を追っている方、「はみだしっ子」を最後まで読んでいなくてこれから読もうとしている方は、まっさらな気持ちで『はみだしっ子体験』をするために、この先を読むことをお勧めしません!私の気持ちとしては禁止したいくらいです!ネタバレ警告です!




















※繰り返し、『はみだしっ子』を読んだり観たりする予定があって、原作の展開を最後まで知らない方は、この先を読むことを進めません。ものすごいネタバレです。











私の従来の「雪山事件」の見解

 山の頂上へ向かうバスに乗っていたらバスジャック事件に巻き込まれ、マックスが夢うつつの状態で人を殺してしまい、グレアムは狂い、4人はばらばらになる。そして数年後養子に入り、グレアムはマックスの代わりに事件を「清算」しようとして失敗した。4人以外の事件の唯一の生存者、アルフィーが死んだことでマックスの殺人を隠ぺいして困る人間がいなくなった。そしてグレアムはジャックたちに自分がギィを射殺したと告白する。おいで!クークー!はみだしっ子、完

 高校生のころ、毎晩はみだしっ子を繰り返し読んでは、4人の子供たちの心の動きに共感するのに忙しかった私は、雪山で遭難している最中のマネージャーやシャーリーのセリフ、刑事の取り調べシーンで明るみになった情報など、主要キャラ以外の動きにあまり注意を払っていなかった。私はシャーリーが最初からヘロインを所持していて、雪崩の後カップルの女の死体のバックからヘロインが出たのは、雪山で女かカップルの男がシャーリーを刺殺して奪ったからだと思っていた。後述するが、それはマンガ内で事実として表現されたものとは違っていた。

 その後、受験勉強を経て毎晩読むこともなくなり、夜の時間は大学生活や新しく読み始めた『Sons』にとってかわり、『はみだしっ子』は本棚の奥深くにしまい込まれた。高校生のころの記憶をもとに絵を描いたりツイッターでしゃべったりしていた。

 マックスがヘロインを摂取していたことに気づいたのは、マンガについての授業の課題としてはみだしっ子を題材にレポートを描くために単行本を読みながら扉を閉めるときの擬音語表現にひたすら付箋を貼って数えていたころだった。それで作中に示されたヘロイン、薬の記述をもとに作品内事実を整理する記事を書こうと思って、またひたすら付箋を貼って読んだ。すると今までの自分の見解以上のことが考えられることが分かった。

前置きが長すぎた。ここからが本題だ。

ヘロインは人間にどのように作用するか

 「山の上に吹く風は」に登場する薬物は、ヘロインと作中にはっきりと書かれている。

マネージャー「やめろシャーリー もうヘロインなんかやめるんだ」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 50ページより引用

 覚せい剤でも、コカインでも、大麻でも、モルヒネでも、あいまいにぼかされた「ヤク」という表現でもない。ヘロインである。ということは登場する薬がヘロインであることに確実に意味がある。三原順先生がこの薬の作用を相当調べて物語に登場させただろうことは先生のスタイルから想像に難くない。

 簡単にヘロインの特徴を述べる。ヘロインはアヘンからつくられる物質である。中枢神経系を抑制し、鎮痛、麻酔作用を持つ。精神的には苦痛が薄らぎ、心配や不安が消え、陶酔感をもたらす。強い精神的、身体的依存を生じさせる。

 特に「山の上に吹く風は」の読解に重要なヘロインの特徴は、以下の二つである。

ヘロインを大量に摂取すると強い眠気に襲われることが多く、昏(こん)睡状態に陥り、呼吸中枢の麻痺(ひ)をきたす。(引用元:平成3年 警察白書(2020年1月7日閲覧)https://www.npa.go.jp/hakusyo/h03/h030102.html
ヘロインの乱用を中断すると、激しい禁断症状が現れる。(中略)乱用者は、その禁断症状を「全身の骨が砕けるように痛くなる」、「寒気がして鳥肌が立ち、身体の骨そのものが痛く感じる」、「背中や腰の骨が砕けるように痛み、座ることもできなくなる」などと表現している。(引用元:平成3年 警察白書(2020年1月7日閲覧)https://www.npa.go.jp/hakusyo/h03/h030102.html

 前者はマックスが薬を使った際に眠くなり、夢の中で首を絞められた(=呼吸が苦しくなった)原因の一つだろう(もちろんマックスが疲れて不安だったことも原因の一つになる)。後者の禁断症状(今は離脱症状ということが多い)の内容は、雪山から助け出されたあと薬を手放した後のグレアムがなぜ自分は死んでいるに違いないと思うほどの寒気を感じたかを説明できる。

 この知識を頭に入れて、次の文章を読んでほしい。

 参考文献:

ヘロイン|e-ヘルスネット(厚生労働省)(2020年1月7日閲覧)https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-057.html

不正薬物の種類(2020年1月7日閲覧)https://www.customs.go.jp/mizugiwa/mitsuyu/report2001/shiryou/syurui/025yakubutsu_jr.htm

平成3年 警察白書(2020年1月7日閲覧)https://www.npa.go.jp/hakusyo/h03/h030102.html



『山の上に吹く風は』でのヘロインに関する時系列

シャーリー「あなたなんかよりアレのほうが…」マネージャー「シャーリー」「待て、アレはやめると言ったじゃないか」「それにここで入手できるはずがないのに」シャーリー「持ってるわ!バッグに…」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社48ページより引用

 シャーリーは何らかの薬物に依存しており、マネージャーはシャーリーに薬物を持たせないようにしていた。しかし、シャーリーはバスが雪の中で遭難し、林の中へ避難して一時避難所を作っている段階で薬物を持っていた。

シャーリー「うふふっ」(中略)マネージャー「やめろシャーリー もうヘロインなんかやめるんだ」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 50ページより引用

 シャーリーの「うふふっ」は活字ではなく弛緩したような描き文字であり、後に続く笑いながらロンドン橋を歌う様子から、薬物を摂取してハイになっていることがわかる。読者にシャーリーが所持している薬物はヘロインであることが提示される。

アンジー「グレアム 体の具合は?」グレアム「あ…今は楽だよ 彼女が薬をくれたんだ」「彼女は今とっても楽しくて…薬なんかいらない気分だからって」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社69ページより引用

 グレアムはバスが木に衝突する際に胸を強く打ち、直前の『そして門の鍵』で父親から受けた傷をさらに痛めてしまい、苦しそうにしていた(助け出されて搬送された先の病院で肋骨にひびが入ったことがわかる)。セリフ中の「彼女」がシャーリーであることはセリフの左側にかかれたコマに、グレアムに気づいて微笑みかけるシャーリーが描かれていることからわかる。シャーリーが「薬なんかいらない気分」であるということは、彼女にはまだヘロインの作用が残っているということだ。
シャーリーはヘロインの作用で正常な判断力がないまま子供のグレアムに薬を渡してしまった。

グレアム『彼女がボクにくれた薬…今必要なんじゃないだろうか?』『でも疲れた 動けない 彼女が戻ってから』三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 74ページより引用

 ここに引用した69ページと74ページのグレアムのセリフから、シャーリーは自分が持っているヘロインをすべてグレアムに渡してしまったと考えられる。シャーリーは皆に歌を披露するが、カップルの男に歌が下手だ、もう聞きたくないと否定され、傷つき興が醒め、一人で避難所を離れて散歩に行ってしまった。

マックス「グレアム…大丈夫?…薬は?」グレアム『薬…シャーリーの…とても…よくきく薬』『ボクは疲れてて…とても動けないと思ったんだ―』『でも…でも…ホントウに?考えてももう…おそい!おそい…』三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社76ページより引用

 マックスの問いかけに、グレアムは言葉でも、表情でも、仕草でも、応答しなかった。この考え事の間、紙面ではグレアムの表情とアングルがかわるだけで、背景は縄アミやベタ、点描の点の代わりに十字がびっしり書かれて煙のような流線が描かれた抽象的なもの、重ねてモアレになっているトーン(三原順作品ではこの手法が多用される)といった、現実の背景でない、物思いに沈んでいるときの背景が描かれている。

 グレアムがマックスのケアをしない、マックスの問いかけを全く無視することは、普段の彼のふるまいではない。グレアムはこの時点ですでにヘロインとストレスの影響で狂い始めていたのではないか。

マネージャー「今度こそ私のもとへ来るさ…シャーリーの歌は…下手だよ いつもそれを薬にすがって… さあ 今度こそ私の番だ!私にすがってくるさ!」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 88ページより引用

 マネージャーのセリフの次の小さなコマに、グレアムの不快そうなオドロキ顔のアップが入る。このコマの背景は切り傷のようなつけペンによる短い線でグレアムを半円状に囲んでいる。この事件より前の『レッツ・ダンス・オン』でグレアムは、自分で自分がどうでもいいような時でも他の3人、特にマックスの世話を焼くことで辛うじて自分を支えていることに気がつき、半ば自虐的に心の中で独白していた。マネージャーとシャーリーの共依存の関係にグレアムは気づき、不快になったか、同族嫌悪を覚えた。
マックスはマネージャーに同情するが、マネージャーはまとわりつくマックスを突き飛ばし、マックスは焚火に右手をついて倒れてやけどを負ってしまった。

マックス「ボク…眠い…」グレアム「痛み止めに使った薬のせいだよ」「それと…疲れてるんだ」マックス「ボク…また言われちゃった…邪魔だって…うん…!パパがいつもボクに言ってた言葉だよ…ボクなんて ホントに…」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 89ページより引用

 グレアムはマックスに痛み止めとしてヘロインを使った。このあとマックスは眠るが、父親に邪魔者と言われ責めさいなまれる悪夢を見続け、その悪夢と交互に現実のアンジーとグレアムがマネージャーと言い争う描写が描かれる。
人が悪夢を見てうなされているとき、眠りは浅く、周りの状況を切れ切れに感じている。交互に描かれるこの場面は、言い争いと悪夢が同時進行で起きていることを表現している。悪夢を見ているマックスはこの言い争いと夢の中の父親を同時に感じて苦しんでいた。

 そして、マネージャーはついに、

マネージャー「いなくなれ!この邪魔者」夢の中のマックスの父親『おまえさえいなければ!!』三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 91ページより引用

 と怒鳴ってグレアムの首に手をかけた。同時に、マックスの悪夢の中の父親もマックスの首を絞め始めた。90ページから92ページまでは、臨場感、緊張感のあるコマ運びであるが、特に91ページの左の柱のコマーー黒の背景にベタフラッシュがいくつも描かれ、『手をかけられているグレアムの後ろ姿』『マックスの悲痛な表情のアップ』『父親に首を絞められるマックス』が上から順に並んでいる縦長の一コマーーは悪夢が現実とシンクロしていっていることを補強する表現になっている。このコマは、当時連載されていた雑誌を確認していないので推測だが、雑誌のハシラ(広告や作者直筆の近況が載せられたスペース)の部分で、コミックス化の際に加筆されたものと思われる。マックスはグレアムが襲われている危機とかつて自分が首を絞められた時のフラッシュバックを同程度のものとして感じたことが表現されている。

 幼いマックスが首を絞められた時と違って、今のマックスの手には拳銃がある。今なら過去の父親、グレアムの首を絞めているマネージャーを実力行使で拒絶できる。

マックス「やめて いやあ!!」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 92ページより引用
マックス「でもボク言ってやったの 「ヤメロ!」って…」「もうパパいないね…」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 93ページより引用

 マックスは拳銃をマネージャーに向けて発砲した。前述したとおり、この時のマックスは、夢と現実を同時に認識して、夢の中の父親、現実のマネージャーは同等の存在であった。だから、夢の中の父親に向かってヤメロと言うことは現実のグレアムを襲うマネージャーを止めることとイコールである。現実に引き金を引いたらたまたまマネージャーにあたったのではなく、標的はマネージャーであったのだ。

グレアム「アルフィー シャーリーのくれた薬ちょうだい」アルフィー「劇薬らしいからあまり使うなよ」(中略:グレアム、死んだ人のことを考える)『ボクもあんなふうに死ぬんだろうね』『ボク…もうすっかり死にそうなんだ』三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 107ページより引用

 グレアムたちは雪山から助け出されたが、この後グレアムの精神の状態は一年近くたった「奴らが消えた夜」にいたるまで回復しなかった。

アルフィー「グレアムの持っていた薬が麻薬だったんだ」「警察は行方不明のマネージャーを徹底的に探る気になってる…」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 151ページより引用

 警察はこの事件に麻薬が絡んでいて、それを持っていたシャーリーが刺殺体で発見され、雪崩で死んだカップルの女が大量のヘロインとともにみつかったことで、アルフィーとマックスにかなりきつい事情聴取をした。警察は知らないが、冒頭のバスターミナルではカップルがシャーリーを指して、

女「あの人…歌手かしら?知ってる?」男「知らねェよ あんなおばちゃん」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 11ページより引用

 と会話をしていることから、カップルの女とシャーリーは元々の知り合いではない。カップルの女がヘロインを所持していたことから、シャーリーがバスが出発するまえにヘロインを所持していなかったと仮定すると、バスが遭難した後にカップルの女からシャーリーがヘロインを渡したことになる。シャーリーが誰に刺殺されたかはわからない。マネージャーの死体は警察が見つける前にシドニーが回収し、遭難の当事者と無関係な自分の墓の中に隠蔽したため、警察はマネージャーの行方を見つけられないまま、雪山での捜索を打ち切った。

麻薬所持と殺人、行方不明が重なったこの事故(事件の疑い)について、事情聴取をした警部は

警部「捜査は続行しますよ」 三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 180ページより引用

 と、宣言した。この警部の顔は三原先生自身のペン入れであり、モブの顔ではないことから、警部は重要なキャラクターとして位置づけられている。よってこの宣言は伏線である。

しかし、この警部は、このあとマックスを死んだ女の子のアンジーのもとに連れ出して泣かせたっきり作中には出てこない。

シドニー「まあ…ちょっとばかり君達をこき使いたい策謀はあるんだがね」三原順(1977)『はみだしっ子4山の上に吹く風は』白泉社 ページより引用

 このシドニーの伏線とともに、警部の捜査の伏線は、とうとう回収されなかった。

まとめ

 『山の上に吹く風は』では、極限の状態で見ず知らずの他人たちがなりふり構わず激突したことだけでなく、ヘロインがもちこまれ、シャーリー、グレアム、マックスの精神と行動に作用したことで、この物語の展開をつくった。それは、描かれた絵や記号の表現やセリフから読み取れる。

『はみだしっ子』の続編妄想

  ここからはここまで書いてきた私の妄想です。

 ここまで考えて、私は、はみだしっ子を読了してから初めて、『はみだしっ子』に時系列が未来の続編がありえたと思うようになりました。

 グレアムはマックスの殺人を清算しようとして失敗し、アルフィーの死で雪山事件のことで迷惑をこうむる人間が誰もいなくなったことで、はみだしっ子のラストでグレアムは黙っている必要もなくなったと解釈してました。そして雪山事件があたかも解決したかのように錯覚してしまっていました。

 でも、今回改めて精読して、はっきりと伏線として描かれている捜査を続ける警部を見つけてしまったわけです。グレアムはマネージャーをだれにも顧みられない人間と考えて告白して荷を下ろし、ジャックに判断をゆだねたが、それで事件が追究される手が止まるわけではないという当たり前のことに気づきました。

 グレアムはある意味雪山事件について一つ落としどころを見つけて、『はみだしっ子』もそこでラストを迎えるのですが、アルフィーの死が捜査されれば、いずれシドニーが生きていることに誰かがたどり着いて、ひょっとするとあの警部にたどり着くかもしれません。『Die Energie 5.2☆11.8 』ではルドルフが主人公だったけれど、続編の『X Day』ではダドリーになったように、続編は4人が中心ではなく、シドニーや警部が主人公のミステリーになっていたかもしれませんね。

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