【月曜日】人生において失敗はなく、そこにあるのはニュートラルな経験だけだとしたら
同じ毎日を繰り返す日々から解放されたい。もっと細かく言えば、毎朝早起きしてお化粧して着替えて。身支度をする毎日から解放されたい。
そんなくだらない事が、社会に出て働いていた頃の私の望みだった。
自分が子どもの頃、自分で自分のお世話をする事がこんなに大変だなんて夢にも思わなかった。父は毎朝当たり前のようにスーツを着て魔法のようにネクタイをくるっとしめて難なく会社に出勤していたし、母は私が目覚める頃にはすでにお化粧と着替えを終えて朝食を作っていたものね。
社会人になってファッションとメイクが義務になって、私は女性でいる事がほとほと嫌になってしまった。男性はいいな、顔を洗うだけでいいし、なんなら洗わなくたっていいでしょう。毎日似たような格好してさ。
学生の頃は好きだったおしゃれも、義務になると全く楽しめない。それでもいつ落ちるかもしれない恋に備えて、一応手を抜くわけにもいかない。
身支度をする事へのモチベーションは地底にめり込むくらいに盛り下がっているのだけれど、恋愛のためならなんとか地上に這い出るくらいにはなるのが二十代というもの。
28歳の時、いろんな感情が臨界に達した。あと何年この苦行が続くのか、どうして幸せを掴もうとすればするほど手からすり抜けていくのか、先が見えない。
仕事も大して興味も持てないし覚えられないし、周りに目指したくなるような先輩もいないけれど、過度な装飾を施したあの自称サバサバ系お局様が、私の目指すべきゴールなのだろうか。
長年安泰だったはずの恋愛も、結婚がちらついてきたところで急速にこじれだした。
なにもかも中途半端なそんな秋の頃、古くからの友人と何度目かのタイ旅行に行った。
ここ数年、社会に疲れ果てた時期になると彼女とタイに来る事が定番になってたから、お互いの旅のニーズや行程はだいたい共有できている。
「これ、いいよね。」
いつも行くマッサージ店で貰ったチラシを見て、今年もつぶやく。
「いいよねー、やっちゃう?」
「怖いなー。怖い。」
毎年毎年気になっているのに、ビビってしまって覚悟ができない。仕事もつまらないし恋愛は行き詰まるし、いつまで経っても変われない自分にうんざりしているのに、変われない。それは彼女も同じだったのかもそれない。
「よし、やってみる!」
「よし、やろう!」
そうして、異国の地で覚悟を決めて入れたのが、アートメイクだった。
毎朝のメイクもアイラインがあるだけで随分楽になる。当時流行っていた目の周りを黒く囲むメイクは、メイクの中で最重要課題だったのだ。
面倒で嫌な事の愚痴ばかり言っていないで、自ら積極的に手放していけばいいのだ。文句ばかり言ってる自分にもウンザリしていた私は、自分を変える第一歩としてアイラインのアートメイクを選んだ。
これが私の思う、自分で決断して自分で行動した結果がもたらした初めての失敗だった。失敗とは取り返しのつかない時にだけ使えばいいのだと、この時深く理解した。