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ショートショート『感情電池』

『喜び』の電池がほしいんですけど。

「すみません。ただいま品薄となっておりまして。おひとり様一本のみの販売となっております」
 えー、まあ仕方ないか。
「お急ぎのご入用で?」
 今日、誕生日でさ。知り合いがパーティを開いてくれるって言うんだよ。
「素晴らしいではないですか」
 この年になって誕生日を祝われてもあまり嬉しくないんだよね。騒げれば理由なんてどうでもいいって連中だから、あまり共感もできないし。
「正直めんどうくさいと」
 とはいえ、形だけでも主役として招かれている以上は、それなりの反応を示す必要があるでしょ。
「なるほど、それで感情電池を活用しようと」
 今日だけ乗り切ればいいから、一本でもなんとかなると思うけど。
「かしこまりました。こちらになります」
 うわぁ、また値段が上がってるね。
「やはり、一番人気の商品ですので」
 背に腹は代えられないか。
「こちらで取り付けなさいますか?」
 うん。自分じゃあ背中の中央なんて手が届かないからね。
「向こうの装着室で、専用のスタッフが対応いたしますので」
 よろしくお願いするよ。

「いらっしゃいませ」
『悲しみ』の電池をひとつもらえるかな。
「めずらしいオーダーですね」
 これから葬式でね。
「それでしたら、わざわざ感情を用意する必要もないのでは?」
 亡くなったのは取引先のお偉いさんなんだけど、僕は会ったこともない人なんだよ。
「ふむ。よく知らない相手だから感情が湧きづらいと」
 まあね。悲しんでるフリをするってのも得意じゃないからさ。
「大根役者の演技ほど滑稽なものはありませんからな」
 向こうさんの神経を逆撫でしかねないからね。念には念を入れてってことで。
「かしこまりました。こちらになります」
 ずいぶん安いね。在庫もたっぷりだ。
「ほぼ処分品に近い有様です。まあ、たまに大量購入なさる方もいらっしゃいますが」
 へえ、どんな人なの?
「芸術家や物書きをなさる方が多いですな。もちろん役者さんなども」
 ああ、逆にそういう使い方もあるのか。
「あまり使いすぎると日常生活に支障をきたしてしまうので、販売個数に制限をかけておりまして。なかなか在庫が減らないのですよ」
 いい活用法が見つかるといいね。
「まったくです」

「本日は何をお求めで?」
 ちょっと相談があるんだけど。
「なんでしょうか」
 会社でなかなか言うことを聞かない部下の指導を任されちゃってね。どうしたものかと。
「問答無用で厳しくなさればよろしいのでは?」
 あまりキツく言いすぎると余計にへそを曲げちゃうみたいでさ。かといって、それなりに圧をかけないとどこ吹く風って感じらしいし。
「それはなかなか厄介ですな」
 もともと人の上に立つってガラでもないし、正直困ってるんだよね。
「でしたら、こちらの電池はいかがでしょうか」
 これは?
「『怒り』と『愛情』の感情電池です。これらを組み合わせれば、有無を言わさぬ迫力がありつつも確かな思いやりを感じさせる叱り方ができるかと」
 そんなうまいこといくものかなぁ。
「『怒り』のみですとストレスを相手にぶつけるだけで指導になりませんし、『愛情』のみというのも効果がいまいちなケースが多いですから」
 親の心子知らず、みたいなことか。
「何事もバランスです。いかがでしょうか?」
 じゃあ、試してみるよ。
「ありがとうございます」

* * *

「店長、そろそろ在庫が切れそうな電池がいくつかあるんですけど」
「ふむ。充電アルバイトの数を、もっと増やす必要がありそうですね」
「最近は感情豊かな人が少なくて、充電効率が悪化する一方ですからねぇ」
「そのおかげで私たちのような商売が成り立っているのですから、難しいところですが」
「そういえば、新作電池の開発のほうはどうなりました?」
「ええ。ここ最近になって急に増えてきた新しい感情を、ようやく電池化することに成功しました」
「おおっ、やりましたね」
「この電池なら、喜びや悲しみ、驚きや恐怖など、あらゆる感情をこれ一本でまかなうことができそうです」
「すごいじゃないですか」
「充電効率も非常に良いようで。ゆくゆくは店にある電池がすべてこれに置き換わってしまうかもしれません」
「どんな感情の電池なんですか?」

 ――『ヤバい』です。

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