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ショートショート『欲深い喉(のど)』

「最近、のどの調子がおかしいんです」

 どんなふうに?
「すごくのどが渇くんです」
 それは、常にですか?
「なにかに集中していると、それほど気にならないんですけど」
 渇きを強く感じるときなどはありますか?
「うーん。スマホでSNSを見ているときとか、ウインドウショッピングをしているときとか、ですかね」
 なるほど。その症状は心当たりがございます。
「本当ですか?」
 念のため、のどを調べてみましょう。

 ――『渇き喉』ですね。
「なんですか、それ」
 検査したところ、あなたののどに小さな「できもの」がありました。
「それって……」
 いえいえ。体内に直接害のあるものではないのですが。
「よかった。原因とかあるんですか?」
 欲です。
「欲?」
 強い欲求をお持ちの方が、一定以上のストレス溜めると出てくるものでして。のどが渇くのは、そのできものが水分を欲しているからです。
「どうにかなりませんか?」
 症状が悪化する恐れもあるので、早めに手術で取りのぞくことをおすすめしますが。
「ほかの解決方法はありませんか?」
 気が向きませんか?
「手術とか、やっぱり怖いですし」
 ふむ。ではとりあえず、こちらののど飴をお試しになってみてください。
「のど飴ですか?」
 舐めると欲求を抑え、ストレスを軽減する効果があります。
「これを舐めていれば、のどが渇きにくくなるんですか?」
 あくまで対処療法ですので、あまり頼り過ぎぬようくれぐれもご注意を。
「わかりました」

「このごろ、のどの調子がさらにおかしいんです」

 具体的には?
「鳴るんです」
 というと?
「のどから、ヘンな鳴き声みたいな音が出るんです」
 いまは聞こえませんね。
「お腹が空いていないですから」
 ほうほう。
「のどが鳴くのは、空腹時に美味しそうなものを見たときだけなんです」
 それでは、外食などに困るでしょう。
「いつも家でお腹をある程度満足させてから食べにいかないと」
 外食する意味、ありますか?
「わたし、こう見えて大食いなので」
 いや、そのご立派な体格からすれば一目瞭然ですけど。
「どうしたらいいでしょうか?」
 見当はついていますが、まずはのどを調べてみましょう。

 ――『鳴き喉』ですね。
「鳴き喉?」
『渇き喉』が悪化するとなってしまう症状でして。大きくなってしまったできものが笛のような形になり、音が出るのです。
「悪化してしまったんですか」
 処方したのど飴は、しっかり舐めていましたか?
「ええ。もらったのがすぐになくなってしまうくらいには」
 用法容量を正しく守るよう、念を押していたはずですが。
「どうしても我慢ができなくて」
 不足したのど飴はどうしたんですか?
「似たようなものをネットで買いました」
 それは、粗悪な模倣品ですね。
「症状はおさまってたんですけど」
 表面上は緩和できたのかもしれませんが、水面下で悪化が進んでいたということでしょう。
「なんとかなりませんか?」
 わたくしとしては、やはり手術をおすすめしますが。
「そこをなんとか」
 はぁ、でしたらこちらののど飴を追加で処方しましょう。
「前のとなにか違うんですか?」
 こちらは『鳴き喉』専用ののど飴になっておりまして。のどの表面に吸音効果のある膜をつくることで音を軽減できます。
「すばらしいじゃないですか」
『渇き喉』に対処する効果はありませんので、以前のものと併用してください。
「なるほど。了解です」
 今度は、絶対に正しい方法で服用してくださいね。
「わかってますって」

「近ごろ、のどの、調子が、おかしすぎ、るんです」

 そうなる気はしてました。
「なにかが、欲しくなると、その、ですね」
 のどから手が飛び出すのでしょう?
「よく、わかりま、したね」
 それは、『手のび喉』です。
「原因は、やっぱり」
『鳴き喉』の症状がさらに悪化して、できものが手の形に変化してしまったのです。
「これを治す、のど飴は、ないん、ですか?」
 そこまで悪化してしまうと、もう対処療法では無理ですね。
「手術しか、ないの、かぁ」
 どうぞお覚悟を。

 ――お疲れさまでした。
「ふぅ。ひさしぶりにまともに声が出せましたよ」
 それもこれも、すべてあなたの強すぎる欲が原因であることをお忘れず。
「骨身にしみてわかりました」
 本来でしたら、のど飴で症状を緩和させている間に、あなた自身が欲求をうまくコントロールできるようになればよかったのですが。
「お恥ずかしいかぎりです」
 これからは過度な欲求を抱かないよう、しっかりと日々の生活を見直してくださいね。
「身の丈にあったふるまいを心がけます」
 できますか?
「今回のことで重々懲りましたから」
 本当に?
「いまは清々しさでいっぱいです。まるで悟りを開いた気分だ」
 心配ですねぇ。
「まあ、見ててくださいよ」

* * *

「また、のどの調子がおかしくなりました」

 案の定ですか。
「のど飴を、のど飴をください」
 同じことをくりかえすだけだと思いますが。
「そんなことありません。次はうまくやりますって」
 あなた、そう言ってもう十回以上ループしてますよね。
「今度こそ反省しましたから。ね?」
 はぁ、もうなにを言っても無駄ですか。
「よし、これさえあれば鬼に金棒だ」

 ――喉元過ぎれば、熱さを忘れるんですから。

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