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ショートショート『クラウド家事代行サービス』

 家事代行頼むの、苦手なんだよね。

「どういった理由がおありで?」
 部屋に知らないヒトが入ってくるのって、やっぱ少し抵抗があるし。作業してもらってる間も、なんか気まずくない? 俺、人と話すの苦手だし。
「ご留守でも問題なく作業はできますが」
 さすがにそこまで信用できないって。大した貴重品があるわけでもないけどさ。
「ふむ。人の心は繊細なものですね」
 だからせっかくの提案だけど、ウチはいらないかな。
「でしたら、お客様にぴったりのサービスがございます」
 何それ。
「その名も、『クラウド家事代行サービス』です」

* * *

『ただいまより、リビングの掃除を開始いたします』
 はいはい、よろしく。
『掃除音が邪魔にならないよう、ノイズキャンセルと専用BGMも同時に起動します』
 おっ、確かに掃除機特有のやかましい音が、ほとんど気にならなくなった。
『BGMを変更したい場合は、いつでもどうぞ』
 ありがと。さて、しばらくソファでお気に入りの動画でも楽しむとしますかね。
 視界の隅で、ロボットが掃き掃き吹き吹きと忙しく動いている。一見、どこにでもある普通のロボット掃除機に見えるが、実はこれ、リモートで人間が操作しているらしい。
『リビングの掃除を完了しました。続いて、廊下の掃除に移ります』
 この音声も生身の人間のものなのだろうけど、無機質な電子音声に変換されているせいか、それほど気にならない。
 ロボットは器用な動きでドアを開け、段差を乗り越え、廊下に移動した後、律儀にドアを閉める。あんな芸当、人力操作でないと到底できやしない。聞けば、階段の昇り降りなども可能らしい。
 ん? 動作音が止まったな。ウチの猫と出くわしでもしたか。
 通常、室内でペットを飼っている家では、ロボット掃除機の導入が難しいと言われているが、そこは人力ロボット掃除機。猫が怖がらないようそっと控えたり、誤ってボタンを押さないよう上手く避けたりといったこともお手のものだった。

『あと30分で、回収の者が到着いたします』
 おっと、今日が指定日だったか。エアコンのフィルターと換気扇を外しておかないと。
「ちわーっす。クラウド家事代行でーす」
 インターホン越しで人好きのする笑顔を浮かべる回収員に、スマホから対応する。
 ども。いつものように、そこに置いてあるんで。
「はーい。掃除機の使用済みダストパックはこちらっすか?」
 ああ。よろしく。
「かしこまりー。今度ともよろしくっす」
 数分してから、玄関前に置かれた新品のように綺麗なフィルターと換気扇を回収する。ロボット掃除機でカバーできない箇所は、こうやって定期的にクリーニング済みのものと交換してくれるって寸法だ。
『寝室の掃除を完了しました。ステーションに戻ります』
 遠くでロボット掃除機の音声が聞こえる。俺と猫だけの神聖な空間は、これでさらに清浄になったのだった。

『色移りする可能性のある衣類を一着、手洗い推奨の衣類を二着発見しました。該当衣類を取り除き、通常モードで再開します』
 洗濯機からそんな音声が聞こえる。より分けられた衣類は、あとで専用モードで洗濯してくれるのだろう。いやはや、人力ならではの丁寧さがたまらない。まるで見えない小人が洗濯をしてくれているようだ。
『クリーニング済みの一式が、ご指定の場所に配達されました』
 おっと、玄関に取りにいかなきゃ。アイロンが必要なスーツなんかは、こうやって宅配クリーニングしてくれるからありがたい。インターホン越しのやりとりも面倒だと愚痴ったら、完全な置き配型に変更してくれたのも感謝である。

『夕食が完成しました』
 さてさて、いったいどんなものが出てくるのか。
『本日のメニューは、霜降り和牛のステーキ、温野菜、コーンポタージュスープ、デザートは苺のブランマンジェです』
 ・・・すげぇ。こんなものまで作れるのか。
 以前は定期宅配のフードデリバリーを利用していたが、家事代行サービスのヘビーユーザー限定でおすすめされた、この3Dフードプリンタを導入してみた。
 ペースト状の食材をもとに料理を造形するこのプリンタ。見た目や食感、味が自由自在なのがウリだ。中身はどれも完全栄養食がベースになっているので、健康面での心配もないとのこと。
『朝食のリクエストがございましたら、翌朝5時までにお知らせください』
 こちらのオーダーにも応えてくれる、まさに至れり尽くせりだ。

「何か、ご不便などはございますでしょうか?」
 不便ってほどでもないけど、人力操作ってのだけは、なんとかならないものかなぁ。
「人の手ならではのきめ細やかな仕事が、当サービスの売りなのですが」
 それはわかってるんだけどね。やっぱり機械音声といえども、向こうに生身の人間がいると思うと、多少は身構えちゃうんだよね。
「見た目のわりに大層繊細ですな」
 一言余計だよ。それにいくらサービスに必要とはいえ、部屋中を監視されているのもちょっと。
「プライバシーなどには充分に配慮しておるつもりですが」
 まあ、セーフティゾーンとかもあるけどね。そもそも自分の部屋にわざわざそんなスペースを用意しなきゃいけないこと自体が、窮屈じゃない?
「おっしゃりたいことは理解できますが」
 全部AIとかでなんとかならないの?
「当方も検討はしておるのですが、現状の技術力ではどうしても人の手によるものと比べて数段劣る有様でして」
 まあ、一度この便利さに慣れちゃうと、サービスの質の低下は致命的か。
「そこで、別のアプローチから新たなサービスを開発いたしました」
 新たなサービス?
「名付けて、『完全クラウド家事代行サービス』です」

* * *

 うーん、そろそろ家に帰るか。
【本日のお住まいは、――です】
 アプリの案内に従って目的地を目指す。さてさて、今日の部屋はどんな感じかな。
【キーナンバーは、――です】
 数桁の暗証番号を入力すると、玄関ドアが開く。ふむふむ。今回はヨーロッパ風の内装か。
【夕食は、――です】
 どうやら食事のメニューも欧風で揃えてくれているようだ。冷めないうちに早くいただくとしよう。
【部屋の間取りは、――です】
 表示される図を確認し、脱衣所へ。汚れた衣服をカゴに放り込むと、置いてある部屋着に手早く着替え、リビングに戻る。そこはまるでモデルルームのようだった。

 ――この新しいサービスは、家事代行サービスに来てもらうのではなく、こちらが毎日新しい家に移り住んでいくというものだ。

 塵ひとつなく丹念に掃除された室内、美しくコーディネートされた調度品、清潔にクリーニングされた衣服、指定した時間に合わせて用意されたフードメニューの数々。毎日新鮮な空間と雰囲気で、変化のある暮らしを楽しめる。
 ホテル生活の人ってこんな感じなのかな、と思ったりもしたが、さまざまなスポンサー企業とうまく提携しているらしく、月々の費用はほどほどに抑えてくれている。
 にゃー。
 おっ、こんなところにいたか。愛猫もすっかりこの生活に慣れたようだ。明らかにレベルが上がったメシに釣られただけかもしれないが。
 自分たちだけの神聖な空間とはまた違うが、煩わしい他人とのやり取りが一切不要なのは何にも代え難い。身軽に移動できるように、自然と持ち物が必要最小限に減っていったのも、思わぬ副産物だった。
『完全クラウド家事代行サービス』かぁ。

 クラウドというのは、ネットを通してサービスを提供する仕組み全般のことを指すそうだが、本来の意味は「雲(Cloud)」。コンピュータ技術者たちがネットワーク図を雲の形で表現していたことから名付けられたんだとか。これ、豆知識な。

 ・・・雲、ねぇ。
 何にもとらわれず、一つの場所にとどまらず、自由気ままに漂い続ける。

 ――あれ? 俺自身が「クラウド」になってね?

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