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ショートショート『ローコストすぎる飛行機』

飛行機代をケチるため、怪しすぎる格安航空券を買った話。

 飛行機代が、高すぎる。

 ただでさえ昨今の円安で、向こうでの滞在費用がかさむっていうのに、移動するだけにバカみたいな料金がかかるのは看過できない。原油高騰だかなんだか知らないが、今どきは格安航空会社ですら名前に偽りありのふざけた価格設定をしているときた。

 できるだけ安い航空券はないものか。俺は探した。探しまくった。そして、見つけた。

【 ◯◯航空 リミテッドプラン 】

 マニアックな予約サイトの片隅で発見した、聞いたことがない航空会社の最安プラン。怪しいすぎることこのうえないが、とにかく安い。安さはすべてを凌駕する。俺はさっそく予約した。

 そして当日。俺は、早くも途方に暮れていた。

「……空港、どこ?」

 ローカル線に揺られ、乗り継ぎを重ねること数時間。指定された空港は、そこからさらに徒歩でしか辿り着けない山間の奥深くにあった。
「地図アプリも、まともに機能してないし」
 丑三つ時の真っ暗な山道を、頼りないGPSに従って歩く。
「あ」
 しばらくすると、はるか先に建物の灯りが。あれが空港でなければ詰む。
「……よかった」
 古びた看板に『空港』の二文字を発見し、安堵と同時に深いため息が出る。すっかり長い旅を終えた気分だった。

「チケット、見せてくださいっす」

 簡素なチェックインカウンターで、見るからにやる気のなさそうな女性スタッフが待っていた。

「次は、こっちの契約書にサインっすね」
「契約書?」
 スタッフが提示した一枚の紙を見やる。

「フライト中に何が起こっても、基本自己責任なんで」
「なにそれこわい」
 まあ、何か変なことしなきゃ問題ないだろ。

「質問とかあるっすか?」
「預け荷物は、どうすれば?」
 格安チケットは、荷物を預けるのも有料だって聞くからな。
「無理っすね」
「え?」
「荷物自体が預けられないっす」
 スタッフの話によると、重量ギリギリまでの貨物をすでに積んでいるため、客の荷物を預かる余裕などないらしい。

「置いていくしかないか」
 俺はあきらめて、リュックの中に着替えなど最低限必要なものだけ移す。
「じゃあ、手荷物を持ったままこの上に乗ってくださいっす」
 そう言って、体重計を指差すスタッフ。
「あー、重量オーバーっすね」
 目盛りを見て苦笑したスタッフは、「お兄さん、もっとダイエットしたほうがいいすよ」と告げる。
「規定の重量になるまで、手荷物を減らしてくださいっす」
 それだと、ほとんど持ち込めないんだけど。
「自業自得っす。足りなければ、着てる服も脱ぐっす」
 マジかよ。

「これが乗ってもらう飛行機っすよ」
 おぉ、立派な機体じゃないか。

「意外」
「最近のLCCはレベルが高いんだな」
「企業努力ってやつか」

 俺と同じプランを申し込んだらしい乗客たちも、感心した様子で眼前の飛行機を見上げている。
「どっかの払い下げらしいっすけど、運よく程度のいいのがゲットできたみたいっすね」
 これは快適な旅が期待できるかもな。

「お客サンたちの入り口は、こっちっすよ」
「え?」
 タラップを登ろうとする俺たちを制し、スタッフは別のほうを指差す。
「ここから入ってくださいっす」
 やけに狭い入り口を抜けると、異常に天井が低い空間に案内された。

「なにここ」
「暗っ」
「俺はこっちのほうが落ち着くかも」

 周囲を見回す俺たちのもとに、キャビンアテンダント(CA)らしき制服をきた女性がやってくるが、
「乗客荷物用の貨物室をリフォームしたみたいですぅ」

「さっき案内してくれたスタッフさんじゃん」
「いつの間に着替えたんだ?」
「口調まで変わってるし」

 戸惑う俺たちをよそに、CAは淡々と案内を続ける。
「座席はこれですぅ。指定とかないんでぇ、早い者勝ちでどうぞぉ」
 彼女が指差した先にあるのは、機内の床に固定された木製の簡素な椅子だった。

「なにこれ」
「座り心地悪そう」
「小学校を思い出すなぁ」

 愚痴を言いながらも、しぶしぶ席につく俺たち。
「シートベルトを締めますぅ」
 CAはそう言うと、どこからか一本のロープを取り出し、俺たちを一人ひとり椅子に縛っていく。

「ロープて」
「監禁されてるみたいだな」
「なんかドキドキしてきたかも」

 一部、妙な癖に目覚め始めたやつをよそに、作業を終えたCAは満足げにうなずいた。
「離陸までは、大人しくしててくださいねぇ」

「「「「おーーーっ」」」」

 妙にグラつく機内で、身動きせずに待つこと数十分。ようやく飛行機が動き出す。意外なほどスムーズに離陸ができたときなどは、乗客一同拍手喝采だった。
「シートベルトサインが消えたら、好きに動いていいですよぉ」

「あのー」
「サインが消えても、自分で解けないんですけど」
「俺、このままでもいいかも」

「仕方ない人たちですねぇ」
 ノロノロとロープを解いていくCA。

「トイレ行きたくなってきた」
「俺も俺も」
「妙に緊張してたせいかなぁ」

 ほとんどの乗客が、そう言いながら席を立つが、
「トイレは有料ですぅ」
 非情にもCAは告げる。

「さすが格安航空券」
「コストカットの波はここまでもか」
「ファストパスとかないの?」

 背に腹は変えられないと、料金を支払う乗客たち。どうしても我慢できない客からは、CAがちゃっかりと料金を多めに取り、優先して順番を回していた。

「こりゃあ、なるべくトイレは我慢しないと」
「でも、この寒さじゃなぁ」
「もしかして、エアコン効いてないんじゃね?」

 特に、重量制限とやらで上着を没収されていた客たちから不満が出てくる。
「エアコンも有料ですぅ」
 現実は厳しい。しかも、料金は乗客全員で平等負担する必要があり、一度上げるごとに追加料金がかかるんだとか。

「どうする?」
「俺はなんとか我慢できるぞ」
「オレ、モウムリ」

 侃侃諤諤の協議の末、最低限の空調は確保することに。
「じゃあ次は、機内エンタメの準備をしますねぇ」
 そう告げたCAは、全員の座席の前にモニターを設置していく。

「サービスいいじゃん」
「どうせこれも追加料金がかかるんだろ」
「俺は知ってるぞ」

 しかし、CAは得意げな表情で首を横にふる。
「これは無料ですぅ」

「まじで?」
「嘘だろ」
「俺は信じないぞ」

 すっかり疑り深くなっている乗客たちを無視して、CAはモニターのスイッチを入れる。
「流れる映像は固定ですよぉ。ごめんなさぁい」

「まあ、仕方ないか」
「どんなのが観れるんだろ」
「わくわく」

 映像が流れ始めると、乗客たちは無言になる。

「なにこれ」
「CMばっかじゃん」
「本編はどこに」

 延々と流されるコマーシャル映像に、乗客たちの表情が死んでいく。
「一応、無料映画もありますよぉ」

「最初からそっちにしてくれよ」
「下げてから上げるとは、さすがCAきたない」
「だがそれがいい」

 CAはモニターを操作しながら、乗客たちに紙とペンを配っていく。
「観終わったら感想を書いてくださいねぇ。スポンサー会社に提出するのでぇ」

「なるほど。だから無料なのか」
「稼ぎどころを見逃さないとは、さすがLCCきたない」
「だがそれがいい」

 しばらくすると、映画が始まる。

「よりによって飛行機事故がテーマかよ」
「臨場感ハンパねぇというか、マジでチビりそうなんだけど」
「だがそれがいい」

 若干一名、壊れてBotのようになってしまっているが、俺たちはそれなりに充実した時間を過ごしたのだった。

「まもなく目的地に到着しますぅ」

「ようやくか」
「何本の映画を見させられたんだろう」
「しかも、ぜんぶ飛行機が落ちるとか。救えねぇ」

 疲労困憊の乗客たちが、安堵の表情を浮かべる。
「最後に、機長から挨拶と案内がありますぅ」
 そう言って奥に引っ込むCA。入れ替わるように、パイロットスーツを着た人物がやってくる。
「私が、機長だ」

「いや、さっきのCAさんやん」
「また制服と口調が変わってるし」
「というか、この人ずっと俺たちと一緒にいたよな?」

 わけがわからないといった俺たちに、機長は淡々と語る。
「操縦は基本的に、すべてAIに任せているからな」

「すげぇ」
「っていうか、怖っ」
「フライト前に言われてたら、生きた心地がしなかったぜ」

 定型の挨拶を終えた機長は、にこやかに告げる。
「目的地上空に着いたら、君たちにはパラシュートで直接降下してもらう」

「「「「は?」」」」

 機長によると、空港や滑走路の利用料を節約するための措置らしい。
「搭乗前の契約書に、しっかり書いてあったはずだが」

「あんな細かい字、いちいち全部読んでないよ」
「というか、そんなことが書いてあるとは思わないって」
「自己責任の範囲が広すぎる」

 呆気に取られる俺たちに、機長は「問題ない」と続ける。
「フライト中、パラシュートの使い方はしっかりと覚えたはずだ」

「だからあんな映画ばかりだったのか」
「たしかに目を閉じても頭に浮かんでくるレベルだけど」
「実際にやるとなると、なぁ?」

 そうこうしているうちに、目的地が近づいてきた。
「まずは、私から手本を見せる」
 機長は手際よくパラシュートを身につけると、非常ドアを開け、ためらいなく飛び立ってしまう。

「ど、どうする?」
「行くしかないだろ」
「一番は嫌だなぁ」

 俺たちがパラシュートを手に躊躇していると、

『アト5分以内ニ、降下シテクダサイ』

 機内アナウンスから機械音声が流れる。

『5分後ニ、当機ハ発地空港ニ向ケテ進路ヲ変更シマス』

 帰港までの燃料はギリギリなので、一人でも機内に残られると困るとのこと。

「くそっ」
「ええい」
「ままよ」

 意を決して、次々と機内から飛び出す。俺も覚悟を決めて、パラシュートとともに体を機外へ投げ出した。

「「「「うわーーーーーっっっ」」」」

 周囲で同じように宙を漂う乗客たちや、飛行機から投下されたらしき貨物の姿が見える。景色を楽しむ余裕などない。絶景どころか、絶叫しか聞こえん。

「……手荷物、少なくてよかったなぁ」

 そんな現実逃避のつぶやきが、無意識に口から漏れ出たのだった。

* * *

「――飛行機代は、ケチってはダメだ」

 壮絶な経験を経て、俺はそう悟った。
「今度は、納得のいく料金プランを選ぼう」
 宿泊代と航空チケットがセットになっているパックならコスパもいいだろうと、旅行サイトを探す。
「へぇ、いろんなツアーがあるんだな」
 各社工夫を凝らしたパッケージツアーの数々を、順番に眺めていると、
「ん?」
 人気ランキングのページにある、とあるツアープランが目に入る。

【 極限体験をあなたに! ◯◯航空 サバイバルプラン 】

 ――見覚えのありすぎるそれは、名前だけを変え、堂々と存在をアピールしていた。

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