見出し画像

ショートショート『ねんど大家族』

 え? みんな粘土なのかい?

「よくできているでしょう?」
 ホンモノの人間にしか見えないよ。
「ここまで来るのに、結構苦労したんですよ。はじめのうちはそれはもう、ひどいものでしたから」
 何事も、修練次第ってことかねぇ。
「愚直に何度も繰り返す。ただそれだけですよ」
 それができるだけ大したもんだ。僕なんかには、とてもとても。
「あなたも、昔は努力家だったじゃありませんか」
 そうだったかなぁ。覚えていないけど。
「私はちゃんと覚えてますよ。・・・ん?」
 向こうから、誰か来るね。彼女は誰だい?
「僕の姉にあたります。どうしました?」
 ふむふむ。鼻をもっと高くしたいってさ。
「じゅうぶん高いと思いますけどねぇ」
 女性にしかわからない違いがあるのかもしれないよ。僕にもわからないけど。
「そういった機微やセンスは、まだまだということですか。よし、お任せください」
 どうするんだい?
「こうやって、ちょちょいと粘土を付け足せば・・・」
 おおっ、あっという間に奇麗な鼻筋が。
「私の手にかかれば、こんなものですよ。また何かあれば、いつでも言ってくださいね」
 姉孝行な弟だねぇ。おや? あちらの男性も何か頼みごとがあるみたいだよ。
「あれは私のおじですね。どうしました?」
 ふむふむ。自分は男性ではなく、女性に生まれたかったと。
「それならそうと、もっと早く言ってくださればよかったのに。私にお任せください」
 そんなこともできるのかい?
「ええ。こうして、ちょちょいと余計な粘土を取り除いて・・・」
 ほうほう、なるほど。
「余った粘土は、こちらに足して。全体を整えれば・・・」
 おおっ、どこからどう見ても妙齢の女性にしか見えないよ。
「これくらい、お安い御用ですよ」
 おやおや? あちらの若者も、何か話があるみたいだね。
「どうしました? 遠慮は要りませんよ」
 ふむふむ。自分もいい年齢になったから、そろそろ恋人が欲しい、と。
「申し訳ありませんが、私が作れるのは『家族』だけなんですよねぇ」
 恋人といっても、所詮は赤の他人というわけか。
「気軽な気持ちでお付き合いするのではなく、結婚する覚悟がおありなら、あなたの『奥さん』を作ることはできますよ」
 いまどき流行りの、ゼロ日婚というやつか。
「よくご存じですね」
 さっきちょうどテレビでやっていてね。どうでもいいことばかり覚えていて困るよ。
「ままならないものですねぇ。それで、どうします?」
 どうやら覚悟を決めたようだね。
「わかりました。どんな奥さんが欲しいですか?」
 理想通りの伴侶が得られるなんて、ぜいたくな話だ。
「オーダーを聞いて作るというのも、なかなかやりがいがあって楽しいですよ」
 そんなふうに甘やかすから、ほら、ここぞとばかりに細かな要望が出るわ出るわ。
「結婚生活はどんな些細なことで亀裂が入るか、わかったものではありませんからね。はい、完成しましたよ」
 相手選びは慎重に、ということか。妥協しどころを間違えると、確かに大変なことになりそうだ。
「あちらの姪っ子夫婦も、ついこの前、私が世話したんですよ」
 なるほど。見るからに仲睦まじい様子で、羨ましい限りだ。
「おや? うわさをすれば、こちらにやって来るようですね」
 あの夫婦も、何か頼みたいことがあるようだ。
「どうしました?」
 ふむふむ。そろそろ二人の愛の結晶が欲しい、と。
「子供ですか。ご要望にお応えしたいのは山々なのですが・・・」
 何か、問題があるのかい?
「先ほどの彼の奥さんを作るのに、ちょうど粘土を使い切ってしまいまして」
 新しい粘土は、もうないのかい?
「ええ。貴重な特殊粘土ですので」
 これだけのことができる代物だ。おいそれと手に入るはずもないか。

「仕方ありません。あなたの出番が、とうとうやってきたようですね」

 僕の出番? どういうことだい?
「記憶能力も無くなってきて、そろそろ潮時だと思っていたところです」
 一体、なんの話を・・・。
「こうしてあなたとお話しするのは楽しいのですが、同じことを何遍も説明するのに、正直疲れてしまいまして」
 どうして、両手をこちらに伸ばして・・・、
「お忘れでしょうが、彼女はあなたのお孫さんです。祖父として、最後の孫孝行をしていただきましょう」
 もしかして、僕は。このボク・・・も、

「だいじょうぶ。あなたは生まれ変わるだけです。ご自身のひ孫として、ね」

 ちょっと、待t――

いいなと思ったら応援しよう!