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ショートショート『ニュータウンが引っ越してきた。』

 耳が遠くなったかなぁ。もう一度言ってくれる?

「このたび引っ越してまいりました。ニュータウンです」
 ニュータウンって、あの?
「そのニュータウンです」
 隣に?
「はい」
 確かにウチの周りは空き地だらけだけどさ。昨日まで何もなかったはずだよ。
「昨晩のうちに引っ越し作業を終えましたので」
 冗談だよね。
「ご自身の目で確かめられては?」
 ……嘘でしょ?
「現実です」
 わけがわからないよ。
「徐々に慣れていただければと」
 慣れるかなぁ。それで、おたくはどなた?
「ニュータウンの代表を務めておりまして。住民を代表してご挨拶に」
 それはどうも。
「こちらつまらないものですが」
 これはこれはご丁寧に。
「他の住民の方のぶんも預かっておりますので、どうぞお受け取りください」
 他の住民?
「ええ」
 あのバカでかい建物の住民?
「はい」
 全員ぶん?
「なるべく足のはやいものから召し上がっていただければと」
 できれば食べ物系で揃えないでほしかったなぁ。
「消え物でないと、とても受け取りきれませんよ?」
 消費し切れるかなぁ。

「隣に引っ越してまいりました。◯◯学園です」
 学校まで来ちゃったの?
「既存の学校だけでは、とても子供たちをまかないきれないようでしたので」
 あのちっちゃな学校じゃあ、ニュータウンの子供を受け止めきれないものな。
「そこで、急遽私どもが馳せ参じたというわけです」
 例によって、昨日まで何もなかったはずの逆どなりの空き地に、ね。
「こちら、つまらないものですが」
 ご丁寧にどうも。今度は控えめで助かるよ。
「小中高一貫になっておりますので、お子さんの進学の際はどうかご検討を」
 通学には便利そうだよね。俺、一人暮らしだけど。

「向かいに引っ越してきました。ショッピングモールです」
 もう驚かないぞ。
「商機を嗅ぎつけまして、大急ぎでやってまいりました」
 急ぎすぎじゃない?
「商品不足が深刻なご様子でしたので」
 あー。確かに近所のボロスーパーじゃあ、新しい住民の生活物資を全部まかなえるわけもないか。
「そちらは大丈夫なのですか?」
 ウチは基本的に、すべてネットと宅配で済ませてるから。
「現代的ですな」
 まあ、せっかく目の前にこんな便利な施設ができたんだし、これからは利用させてもらおうかな。
「ぜひご贔屓のほどを」

「お宅の真裏に引っ越してまいりました。駅ビルです」
 うん、知ってた。
「驚かないのですね」
 この辺り、駅から距離があったし。毎朝毎晩、周辺の道が大名行列みたいになってたからね。
「向こうの駅も、乗客でパンク状態だったようで」
 そりゃあ大変だ。
「あなたはお困りではなかったのですか?」
 僕はリモートで仕事をしているから。
「現代的ですな」
 まあ、まったく外出しないってわけでもないから、正直ありがたいかな。
「ビル内には様々な飲食店や娯楽施設もありますので、ぜひご利用くださいませ」
 お向かいと競合しないといいね。

* * *

「おい。このあたりで、どこか空いている広い土地はあるか?」
「あいにくと、まとまった空き地は今のところありませんな」
「これが地図か。……ん? ここにだだっ広い土地があるじゃないか」
「ああ、こちらはオススメしませんね」
「どうしてだ?」
「ここには以前、デベロッパー主導で大規模なニュータウンの開発が計画されていたのですが、工事関係者が相次いで不幸に見舞われまして。現在は『呪われた土地』と呼ばれています」
「物騒な呼び名だな」
「近くの住民の話では、どうもかなり強引な地上げを行っていたようでして。最後まで抵抗していた一軒の家の住人が、一連の事件を起こしたのではないかといった噂話も」
「穏やかじゃないな」
「その住人も、とっくの昔に亡くなっておりまして。今では空き家だけがぽつんと残されておる状態です」
「悲しい話だ」
「計画自体は、町おこしにもなる非常に有益なものだったのですが、やり方がまずかったですな。丁寧に言葉を尽くして説明しておれば、皆が納得いくかたちで事が進められたはずですのに」
「論より証拠って感じで、建てちまってからその良さを実感してもらおうとしたんじゃないか?」
「ろくな説明もなしでは、工事中も不安が募るだけでしょう。誰にも気づかれないくらいあっという間に建てられれば問題ないかもしれませんが」
「はっはっは。そんなおとぎ話みたいなことできるわけないじゃないか」
「まあ、そういったわけで。ここに何かを建てるのはおすすめしませんな」
「こんな広い土地を遊ばせておくなんて、もったいないなぁ」
「よろしければ、現地をご覧になってみますか?」

 ――幻のニュータウンを空想してみるのも、悪くないか。

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