ショートショート『意識高い家族会議』
只今より、定例家族会議を開始する。
「「「はい」」」
本日最初の議題は『夕食メニューのイノベーション創出による家族満足度向上施策』について。まず、現状分析を母さんからプレゼンしてくれ。
「ええ。先月の夕食提供実績をグラフ化したわ」
うむ。実に見やすく美しいグラフだな。
「カレー、ハンバーグ、肉じゃがのローテーションが全体の62%を占めているわ。明確なマンネリ化の傾向が見られるわね。満足度調査でも、『もっとバリエーションが欲しい』という声が多数寄せられているわ」
さすがに一週間連続でカレーは、な。
「私からも、KPIの報告をさせていただきたいのですが」
長女よ、敬語が使えたのだな。
「インスタ映え指数が、前年比マイナス30%。このままではSNSでのプレゼンス低下は避けられないと思われます」
母さんの料理を、勝手に自分のアカウントにアップするのをやめたほうがいいのではないか?
「すみません、よろしいですか?」
長男か。発言を許可しよう。
「僕からは、AIを活用した献立最適化エンジンの導入を提案したいのですが」
具体的なソリューションについて、詳しく説明してくれ。
「はい。ChatGPTに一週間分の献立を立ててもらうのです。家族の好みデータとクロスさせることで、満足度の向上がさらに期待できます」
「兄さん、祖父母が来た時のダイバーシティ対応は?」
「すでにペルソナを作成済みです。祖父は和食志向、祖母は塩分制限というパラメータを加味した献立マトリクスを――」
大掛かりな施策もいいが、現状すぐに打てる手を模索するべきではないだろうか。
「では、本日の夕食は外で食べるのはいかがでしょうか」
素晴らしい。賛成の者は挙手を。
「「「「はい」」」」
全会一致で可決された。先ほどの提案については、来週の戦略会議で詳しく検討しよう。
*
次は、長女からの緊急動議だ。プロポーザルの説明を。
「私から『犬の導入による家族の幸福度指数向上』についてプレゼンさせていただきます。こちらのパワポをご覧ください」
「近年のペット市場マーケティングリサーチによると、コロナ禍以降、家族の絆を強化する触媒としての犬の価値が再評価されており――」
「すみません、インタラプトしてもよろしいでしょうか」
長女よ。あからさまに嫌そうな顔をするのは控えようか。
「コストシミュレーションは、されていますか?」
その質問、もう少し後でも良かったのでは?
「イニシャルコストとランニングコストを試算したエクセルをシェアさせていただきます。5年間の投資対効果を――」
「ちょっと待って」
長女よ。母親にその目つきはいかんぞ。
「このシミュレーションには『散歩タスク』の人的リソース配分が含まれていないわ。タスクマネジメントの観点から、具体的なアサインメントを」
うむ。早朝の散歩は正直つらいぞ。
「その点については、家族全員での分散型マネジメントを想定しています。私がプライマリーオーナーとなり、散歩についてはシフト制での――」
「それって、持続可能性に疑問符がつきませんか?」
長男よ。一度最後まで妹の話を聞いてもらってはくれまいか。
「ここ最近の妹のモーニングルーティンの達成率を見ると――」
う、うむ。そろそろ長女の表情がお見せできないものになってきているので、ここで一度ブレストタイムとしよう。テーマはそうだな、犬種選定についてはどうか。
「柴犬を推奨します! 日本古来の犬種としてのブランド価値に加え、SNSでの発信力も期待できます!」
お前は意地でも自分のフォロワーを増やしたいのだな。
「異議あり。小型犬のほうがリスクヘッジになるわ」
「――すみません。重要な論点を忘れていたのですが」
なんだ長男よ。言ってみろ。
「そもそも、このマンションってペット可なのですか?」
……この件は、確認が取れるまでペンディングとする。
*
最後は、長男の数学テストの赤点という重大インシデントを受けたものだ。当事者から状況報告を。
「……はい」
「まずは、この度の業績不振について深くお詫び申し上げます」
「定期テストにおいて、数学の得点が目標値を大きく下回る結果となりました」
「具体的な数値と、その要因分析をお願い」
「得点は42点で、目標値の80点から大幅な乖離が発生しました」
原因分析はできているのか?
「次の3点が挙げられます」
「その1、新規参入した部活動によるリソース配分の最適化失敗」
「その2、スマートフォン使用時間の管理体制の脆弱性」
「その3、二次関数に対する理解度の著しい低下」
「以上となります」
「私からもいいでしょうか」
長女よ、何かあるのか。
「兄の過去3年間の数学の成績推移をグラフ化してみました。こちらを見ると、明らかな右肩下がりのトレンドが」
危機的状況だな。
「私としては、3つのソリューションを提示させていただきます」
「その1、学習塾とのアライアンス強化」
「その2、スマートフォン利用に関する新規レギュレーションの制定」
「その3、家庭教師の導入によるパーソナライズド学習の実施」
ううむ。塾と家庭教師の併用は、さすがに無理があると思うのだが。
「コストパフォーマンスの観点から、3については私がメンターとして関わらせていただければと。2のスマホ利用に関しても知見がございます」
「妹にメンタリングされるのは、モチベーション管理の観点からもちょっと……」
選り好みできる立場ではないのでは?
「あたしからは、近隣競合との比較データを共有するわ。お隣のタナカ君は95点を獲得しているようね。このままでは市場における我が家の競争力低下が懸念されるわ」
「タナカ君との比較は、彼の教育費が我が家の倍以上という点を考慮すべきかと……」
言い訳は見苦しいぞ。
「そろそろ具体的なアクションプランを」
では長女の提案をふまえ、以下の施策で決議する。
『その1、スマートフォンの平日使用禁止』
『その2、妹による週5回の指導セッション』
『その3、毎朝30分の数学モーニングルーティン』
以上だ。
「代替案を提示させていただきたく……」
「議長、こちらを。兄の机から発見しました」
ふむ。ゲームアプリの利用時間データか。ひどいものだな。
「そ、それは、あくまでもストレスマネジメントの一環として……」
では採決を取る。提案された施策に賛成の者は挙手を。
「「「はい」」」
賛成多数で可決とする。施策は本日より実施されるので、各自準備を。
* * *
「……ちょっといいかな?」
おぉ、次男がこういった場で発言するのはめずらしいな。
「いやぁ、家族で会社ごっこもいいけどさ」
む。ごっことは失礼な。
「そろそろ親父、新しい仕事探さないとヤバいんじゃないの?」
――その議題は、次回のミーティングにリスケしようじゃないか。
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