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ショートショート『食いしん坊大学』

「この度は、こんなふざけた名前をした大学のオープンキャンパスにお越しいただき、誠にありがとうございます」

 自覚してるなら、名前変えようよ。
「名は体を表す。我が校を表するのにこれほどふさわしいものもありません」
 まあ、僕もまんまと興味をそそられたクチだけど。
「当校については、いかほどご存じですか?」
 フードファイターを育てる大学なんでしょ? あの◯◯選手も、この大学の出身だって聞いたよ。
「確かにそういった側面はございますが、ここは単に大食いや早食いを鍛える場所ではございません」
 そうなの? ちょっと期待外れかも。
「その様子ですと、食べることに相当な自信がおありのようで」
 ふふふ、この見た目からもわかるでしょ。
「講義だけでなく実習の様子も見学できますので、どうぞお楽しみに。それでは一つひとつ順を追ってご案内いたしますね」
 よろしくお願いします。

「こちらが講義室です」
 ずいぶんと広い教室だね。
「やはり当校に通う学生の傾向としまして、どうしても立派な体格の方が多くなってしまいますので。自然とサイズや間隔が広くなっております」
 僕みたいなタイプにはありがたい話だけど。
「現在は、コンペティティブ・イーティングの歴史についての講義が行われています」
 歴史?
「アメリカが主と言われているこの分野ですが、日本でも古くは江戸時代から大食い大会が行われていた記録がございまして」
 へえ、知らなかった。
「これまでの歴史やルールの変遷などを振り返ることで、未来のあるべきフードイーターの理想像を明らかにしようというわけです」
 さすが、大学だけあって高尚な理念だねえ。
「恐縮です」
 ところで、ほとんどの学生が講義を聞きながら何か食べてるけど、アレ、いいの?
「食いしん坊大学ですから」
 居眠りしている学生もかなりの数いるけど。
「食べると眠くなるのは、当然の生理現象ですから」
 ……絵面がちっとも高尚じゃないなぁ。

「こちらでは現在、マナーの実習を行っています」
 こういった指導もちゃんとやるんだね。
「昨今では、食べ方が少しでも汚いとすぐに非難の的になってしまいますから」
 そういえば、昔みたいにボロボロこぼしたりクチャクチャ食べる人って、あまり見かけなくなったよね。
「世界各国の料理には、それぞれに正式な作法というものがございます。場合によっては恥をかくだけでなく、要らぬトラブルまで生みかねません」
 無知は罪ってことか。身につまされるね。
「ふさわしいマナーというのも、時代に合わせて変わってきておりますので、常にアップデートしていく心がけが大切です」
 ところで、いま教えてるのはどこのマナーなの?
「あちらは学生が自分たちで考えたオリジナルマナーになります」
 ふぅん、そういうこともやらせるんだ。
「創作料理のバリエーションは非常に千差万別ですし、近ごろはネットの普及でどんな国や人種、指向の方々から見られているかわかりません。万人に向けたマナーが求められているのです」
 麺料理を素手で食べてるけど?
「あちらは手食文化の国の料理がモチーフになっておるようで」
 めちゃ啜って、ズルズル大きな音が鳴ってるけど。
「麺やスープ材料は、日本の蕎麦がベースになっているようですね」
 ……逆に、万人に合わない食べ方になってるなぁ。

「こちらは調理実習室です」
 フードファイターなのに、料理も習うの?
「すべての卒業生がその道で生きていけるわけではありません。むしろ、食べることでお金を稼げるのはごく一部の選ばれた者のみというのが現実です」
 食べていくために食べる。夢の無限サイクルは狭き門というわけか。
「夢破れた卒業生の方々が、日々自分のお腹を満足させるためには、食事を自分で作るのが最も安上がりですから」
 ふむふむ。理にかなっているね。
「こちらでは、栄養バランスを考えつつ、できる限り低コストな料理の開発や調理指導を行っています。満腹感を与える見た目や食感なども重要ですね」
 大食いの人以外にも役立ちそうだね。
「当校が出版しているレシピ本は、大変ご好評いただいております」
 え? あれ、おたくの本だったんだ。ウチの母親もお世話になってるよ。
「食品関係の企業とも積極的に提携を進めております。学費だけでは学園維持もままなりませんので、こういった収入源は大切にしていきたいですね」
 ところで、いつまで経っても完成した料理が見当たらないんだけど。
「学生たちが、作りながらつまみ食いしておりますので」
 わかってるなら、止めなよ。
「目の前で美味しそうな匂いや音がしていれば、ついつい手が伸びてしまうのが人情というもの。なにかとストレスが溜まっている学生に、我慢は毒ですから」
 なんか、他の人の料理にまで手が伸びてるけど。
「食べきられる前にいかに早く完成されられるか。スピード調理と早食いの腕が鍛えられますね」
 ……楽しそうだから、まあいいや。

「ひと通りの施設はご案内いたしましたが、何か質問などはございますか?」

 卒業後の進路って、どんなところが多いの?
「先ほど申しましたとおり、本職のフードファイターになるのは年間数名いればいいレベルかと。グルメリポーターや好物ジャンルの評論家になる方などもいらっしゃいます」
 ふむふむ。
「他にも、料理人やフードコーディネーター、食品製造や外食関連企業へ就職する方も多いですね。もちろん、まったく無関係の一般企業を選ぶ方もおりますが」
 意外と幅広いんだね。
「有名どころだと、◯◯さんや◯◯さんなども当校の卒業生ですね」
 テレビでよく見るね。でもあの人たちってこの大学出身ってわりには、あまり多く食べるイメージがないけど。見た目もすごくスリムだし。
「当然です。そうなるように鍛えましたから」
 え?

「当校は『食いしん坊を育てる学校』ではなく、『食いしん坊が集まる学校』ですから」

 ……何が違うの?
「当校は入学する際、全学生に綿密な身体検査を行っております。体質的に大食いなのか、それとも単なる食いしん坊なのかを厳正に審査するためです」
 体質的に大食いな人だけが、フードファイターとしての素質があると?
「そういった一部の方は、本人が希望すればプロとしての道を提示し、無理をして命の危険が及ばないようにしっかりと教育を施します」
 それ以外の大多数は?
「度を越した食いしん坊をじっくり矯正し、一般人レベルに生まれ変わらせます」
 そういえば、上級生のクラスになればなるほど、普通の大学と変わらない授業風景だったような。
「初めにご覧いただいたのは、今年入学したばかりの学生たちへの指導の様子ですね。あんな状態は、あと一年もてばいいほうでしょう」
 一体、どんなやり方をすれば、アレが変わるのやら。
「当校の学生は、専用の寮へ入ることが義務となっておりまして。毎日の食事や運動等、徹底管理されております。寮はわざと山の麓に建てられておりますので、山頂にある校舎まで毎日徒歩で通わなければいけません」
 ……そりゃあ、色々と鍛えられそうだ。
「卒業生の中には、プロアスリートの道へ進む方も毎年いらっしゃいます。思わぬ副産物ですね」
 も、もう聞きたいことはないから、そろそろお暇しようかなぁ。

「おやおや妙なことを。あなたはこのまま、体験入学コースへ移っていただく手筈となっておりますが」

 え?
「ほら、申込欄にしっかりそう書いてあります」
 こんなの書いた覚えがないんだけど。
「ご両親の署名がありますね」
 ……半ば強制的にオープンキャンパスへ行くよう勧めていたのは、こういうことか。
「あなたにどんな才能がおありかはまだ分かりませんが、必ず卒業までにはご満足いただける成果が出せるかと」
 いやいや、入学するつもりなんてさらさらないぞ。
「校長先生から直接のご推薦をいただいておりますので、体験が終わり次第、試験をパスして正式にご入学いただく流れになっております。並行して高校卒業までの単位も取得いただけますので、どうぞご安心ください」
 まったく安心できないんだけど。
「さあさあ。早速身体検査へとまいりましょう。これはこれは調べがいがありそうな身体ですねぇ」
 ちょ、待っ――

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