国債の運用と創造 経済学論考 5
■一般理解の時点で間違えている
とあるサイトで上記のように書かれていたのですが、これは間違いです。
この間違いは「国債に対する一般的理解」から発生しています。
国債を発行し
労働市場でその国債を購入してもらい
労働市場で手に入れた購入資金を用いて政府は貨幣発行をする
これが恐らく国債の一般的な理解ですが、実はこれは「間違い」なのです。
何が間違えているのでしょうか?
■貨幣を発行する前に、貨幣を集める…?
上記の1.~3.は
・10兆円の貨幣を発行するために
・先ず10兆円分の国債を発行して
・その国債を販売し
・10兆円の資金を労働市場で集め
・それで10兆円の貨幣を発行して配る必要がある
という各要素によって成立しています。
敢えて金利を除外しますが、これらの要素は実は貨幣発行を示してはいません。これは労働市場における資産移転・貨幣の移動のことなのです。
市場に10兆円を発行するために10兆円を市場から回収するなんて意味不明です。
これを踏まえて冒頭で引用した文章をもう一度読んでみましょう。
「現在の日本では1300兆の国債が発行されている。平時であれば、この国債を誰かが購入することでマネーを発行する。」
この文章を書いた作者は、単なる「資産移転」を「マネー発行(貨幣発行)」だと勘違いしているのです。
■国債金利は?
冒頭の文章を書いた作者がその勘違いを前提としたまま、次に国債の金利について考えた場合はどうなるかを想像してみましょう。
もちろん、国債の金利分の貨幣も貨幣発行ではなく資産移転なわけです。
殆どの場合は下記の通りの発想になります。
国債の金利は
・国債を購入できる、投資ができる富裕層の不労所得であり
・その利益は「本来なら労働者が受け取るべき労働価値としての報酬の一部」が「金利分として資産移転することで不当に作られたもの」である
この理論は結果として、
「国債の金利は貧困層に本来還元されるべき労働価値の一部をかすめ取ることで発生する富裕層のお小遣い稼ぎだ!富裕層の余剰価値の貨幣プールをぶっ壊せ!」
というマルクス革命が発生する源泉にもなります。
冒頭の引用文の作者の勘違い「発行された国債を、誰かが購入することで、資金を集め、その資金を元手に貨幣を発行する」という「資産移転」を「貨幣発行であると誤解すること」は、あらゆる経済論に影響を及ぼしかねない、意外と大きなボタンの掛け違えなのです。
■国債は貨幣発行と資産運用の両方の機能がある
では現実の国債は?というと、至って明確です。
貨幣発行
と、
資産移転(資産運用)
を2つに分けて考える、というのが正解です。
第1プロセス:貨幣発行
国債を発行する
1.と同時に日銀当座預金も発行する
日銀当座預金を銀行資金として、民間金融機関は銀行預金を民間で発生させる
第2プロセス:資産移転(資産運用)
第1のプロセスで日銀当座預金を発行することで生じた国債を、金融商品として民間金融機関で販売する
1.で販売された国債を民間人が購入し、民間金融機関に銀行預金が集まる
2.で金融商品としての国債を保有した民間人が、国債を売却すれば、金利分の利益を銀行預金として得ることができる
※金利分は「第1プロセス」で発行した日銀当預を銀行貨幣化(或いは現金貨幣化)することで対応可能なので、労働者から搾取する必要はありません
MMTでは常識ですが、
第1プロセスの貨幣「日銀当座預金」は基本「政府・民間銀行・中央銀行」の三者間でしか利用されない貨幣です。
一方で、
第2プロセスの貨幣「銀行預金」は基本「労働市場」でしか利用されません。
(これはアメリカでもEUでも同様です。アメリカで日銀当座預金に相当する貨幣はフェデラルファンド、ユーロでは預金ファシリティーと言います)
第2プロセスの銀行預金で国債が購入されようと、売却されようと、第1プロセスの貨幣発行には全く関係が無いのです。
■まとめ:国債をいい加減に理解すると国債廃止論になります
「国債は貧困層から搾取し富裕層へのお小遣いにしてしまう制度だ!」
という声はよく聞きます。
これは上記の「第1プロセス:貨幣発行」と「第2プロセス:国債による資産運用」を混同した結果生まれた、完全に間違えた理論ですが、この理論は最終的には「国債廃止論」に進化していきます。
もし、あなたのそばで国債廃止論を唱え、
「だって、国債って俺たちの金を奪って、結果的に富裕層へのお小遣いのになる制度でしょ?」
とその人が言ったとします。
残念ながらその人は国債についての理解はできていないです。
彼は商品貨幣論者であり貨幣プール論者です。
彼の言う経済理論は信用しないように気を付けてください。
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