推しが引退しかけた/あんスタ!!『月光ミラーボール』感想
私は頭がおかしいので、日本のどこか(たぶん東京)にアンサンブルスクエアという巨大芸能複合施設があり、その中にはCOSMIC PRODUCTIONという芸能事務所も存在していると信じている。
それはともかく、推しが引退しかけた。
精神が半壊したオタク
どうにもEdenから巴日和さまが引退するらしい。Edenとしての仕事は今年の年末(しかし、Edenが生きる世界は1年を何年も繰り返しているため、西暦何年の年末なのかはわからない)が最後となり、年明けのシャッフル企画をもって芸能活動に区切りをつけるという。
………そんなの、聞いてないんですけど。
あんさんぶる世界線の『私』はこのことを知っているのか、そもそもファンに告知しているのか、自分が所属するユニットですら成り上がるための手駒にするあの七種茨はどのタイミングで納得したのか、引退するにしてもなぜシャッフルが最後なのか。
とにかくわからないことや納得できないことが多すぎるのでコズプロに長文問い合わせメールを送ってやろうかと思ったけど、厄介なオタクにはなりたくなかったのでここは耐えた。
というのも、日和さまが引退することは絶対ないと思っている反面、日和さまが引退する理由そのものは、たかがファンごときにはどうすることもできないものだったから。
いくらアイドルとして天賦の才能を与えられた日和さまといえど、巴財団の御曹司として生まれた人間がアイドルをしているだけでも奇跡みたいなもので、ある日突然「家業を継ぐから引退するね!」などと言い出し電撃引退する可能性は今までも十分あった。
それなのに
「おうちの事情でアイドルできなくなる可能性…はないな!だって日和さまはアイドルの天才だし!」
などといった具合に漫然と下賜される輝きを享受していたのは、彼の中に数ミリあるかもしれない『どうにもらない可能性』から目を背け続けていたことにほかならない。
メタ的に考えれば日和さまがアイドルを引退することはまずありえないとわかっているとはいえ、今の私は脳の70%くらいがEdenに支配されているので、日和さまが引退するらしいと聞いてからというもの胸にぽっかり穴が空いたような心持ちになり、朝目覚めたときも、駅のホームで電車を待っているときも、デスクでPCの電源を入れたときも、街中を歩いているときも
「はぁ、日和さまが引退……」
と、ただでさえどうしようもない人間性を世に晒しながら生きているにもかかわらず、さらにどうしようもなさが上乗せされた生活を送っていた。
『向こう』の世界は引退前にイベントとかやるのだろうか、やってたら絶対行っちゃうな。
日和さまのことだから笑顔で送り出した方が喜んでくれると思うけど、自分の番が来たら泣く自信がある。
1日の間で何回も聴いた曲、見るものすべてを圧倒するようなパフォーマンス、華やかな笑顔とステージ上でだけ見せるどこか淫靡な表情……。
私が好きになってからはほんの少しの時間だったけど、つらいときや苦しいときにたくさんたくさん笑顔にしてくれた想い出が蘇ってしまったら、泣かず笑顔でなんて到底無理。
「引退しないでほしい、ずっとアイドルでいてほしい」
というのが正直な気持ちだけど、日和さまのこれからを応援したいから最後まで笑顔で送り出したいという気持ちもあり、せいぜい色んな感情でぐちゃぐちゃになりながら泣き笑った顔を晒して
「今までありがとう」と「大好きです」
を伝えることぐらいしかできないんだろう。
だから―――――と言っては何だが、引退そのものが『巴日和のついた嘘』だとわかったときは
嘘をつかれた怒りや悲しみよりも「ほっとした」気持ちが何10倍も勝った。
コンクエスト・ボギータイムと日和の『嘘』
実のところ、日和が今回のような『嘘』をついたことに対しては
「まあ、ありえなくはない」
と思っている。
茨の指示で動き結果的にTrickstarを傀儡のようにした昨年のサマーライブはともかく、コンクエストやボギータイムで結果のために味方に嘘をついた構図と、たぶん似ているのかもしれない。
コンクエストでは凪砂からの叱責(という名の楽園追放宣言)を受け、仕事をボイコットしたことへの反省と【コンクエスト企画】完遂のためあえてAdam(とりわけ凪砂)を挑発する行動に出たが、このことに関して日和も凪砂もそれぞれジュンと茨に「なぜこのような行動に出たのか」を説明することは終盤になるまで無かった。
ボギータイムでは他者の感情に向き合おうとしない茨のため凪砂(とジュンも?)と結託して台本を書き換えるという行動に出たが、やはりこれも茨に説明されることはなく、どうやらジュンにも「何をどうするか」の細部までは伝えていなかったらしい。
そう考えると『瓦解しかけているシャッフルユニットの立て直しと自身の役作り』の名目で
「家業を継ぐためにアイドルを引退する」
という嘘をついたのは、シャッフル企画完遂という結果を求めてコンクエスト・ボギータイムと同じような真似をしたのかもしれないと思えば、まあ納得できないわけではない。
これは私の推論にすぎないが、もしかしたら
身内と自身への配慮<仕事完遂
が『アイドル・巴日和』の価値観なのかもしれない。
だけれども
直接手を下したわけではないにしろ、かつて旧fineとして攻撃した奏汰が日和に対してかなり好意的に接しているのは本来ありえないことかもしれなくて、いくらシャッフル企画完遂のためといえど、その奏汰の気持ちを踏みにじるような真似をした…ように感じるのだ。
わだかまりのように
「今回奏汰くんは日和さまの言動や行動を許してくれたけど、日和さま。奏汰くんに関してはほんとのほんとに次はないと思います」
という気持ちが胸の奥の方にある。
凪砂とのきずなを面白半分に踏みにじるような企画【コンクエスト】をあんなに嫌がっていた日和が
自分に向けられた好意を利用するような真似をしたのはどうしてだろうか。
それが本当に『シャッフル企画完遂のため』なのだとしたら、私が感じるのは怒りではなくきっと哀しさ。
目を開けていられないほどの眩しさで周りを焼き尽くして巻き込んで、巻き込まれた側が「今自分はどの立ち位置にいるのか」自覚できない間に
『みんな最後は笑顔で良い日和!』
にしてしまうのが巴日和が持つあまりにデカすぎるエネルギー。
しかしサマーライブ・コンクエスト・ボギータイム・シャッフルでその片鱗が見えたように、自分ごと身内を騙して嘘を真実にしてしまうことでしか、彼は彼と恐らく我々ファンがステージ上の彼に求める『良い日和』を導けないことが、私はたまらなく哀しい。
なにより『向こう側の世界』でファンをしている私は、私が愛するアイドルの輝きがこうした精神的犠牲の上に成り立っていることを、到底知る由もないのだ。
何も知らされず、最後まで何も知らないまま、私は私が大好きなアイドルのパフォーマンスを『これこそが巴日和である』と信じて
「ずっとこの時間が続きますように」と祈り続ける。
*
日和に限らない話だが、「Edenとはどんなユニットなのか?」と聞かれたら
「才能と実力に裏打ちされた圧倒的なパフォーマンス集団である反面、メンバー全員が性格面で決定的な『何か』が欠落しているアイドルユニット」
と説明するのが今のところのアンサーだと思っている。
他者の感情に目を向けず人を駒と捉えるのが茨だとしたら
『人の感情に目を向けているようでいて、最終的に笑顔になれるのであれば、見えているはずの感情も「知らないふり」をして、嘘と道化と欺瞞を駆使してでも無理くりハッピーエンドを掴み取る』
のが巴日和なのかもしれない。
『巴日和をかたちづくるもの』が私はたまらなく怖い。
それは愛なのか、それとも一抹の狂気なのか。
巴日和が何者なのか、私はずっとわからないでいる。
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