My Profile#4 音楽に触れ続けた中学生時代

4歳から始めたピアノレッスンに、ここに来て「部活動」が加わった。

なんとなく運動部に入ることが大多数であることと、父の影響でプロ野球を毎晩観る生活だったことから、野球好きとなり女子ソフトボール部を選ぶか、女子の花形であるテニス部を選ぶか、、と直前まで迷っていたところに、友人の影響もあり「ブラスバンド部」という選択肢がキラめいて入ってきた。

当時、チェッカーズをこよなく愛していた私にとって「サックス」という楽器は目新しく、そしてカッコよく映り、「それやりたい!」と思うようになり、部活見学時には運動部から一転、ブラスバンド部へ一直線だった。

チェッカーズの尚之さんと同じテナーサックスを目指すも、希望者が他にもいて、なんと「バリトンサックス」をやることに。そもそも手が小さいために、大きな楽器では指が届かず、また超重量級の楽器を首で支えることから中学生で万年肩凝りになるなど、かなり苦労はしたが、低いベース音がなかなか気に入り、3年間がんばった。

バリトンサックスはそもそも自分で手に入れられるものではなかったために、学校の楽器を交代で使う、という状況だったので、自分の楽器が欲しいーと思い始めると、将来使うという条件でアルトサックスを買ってもらっていた。しかも、尚之さんと同じ当時は珍しいシルバーのサックス。ゴールドより断然シルバーが好きだった。


サックスという楽器との出会い、ブラスバンド部でも活動やアンサンブルの魅力などに取り憑かれ、本当に楽しく部活動に勤しんだ時間だった。しかし中学生時代にありがちな順番に「イジメ」が起こる、ということも体験し、まぁそんな中でも音楽に身を委ねてがんばっていた時期だと思う。

ピアノも続け、ブラスバンドでもいくつかの発表会やコンクールで舞台経験も踏み、ステージ(演者同士)とお客さんとの関係性や一体感を得られる格別な思いは、この頃から身についてきたと感じる。(→後にライブ会場やスポーツ応援での一体感に変換される)


一方で近視問題は、さすがに受験シーズンとなる中2の後半くらいから、あきらめてメガネを改めて作ってかけるようになり、その頃からメガネをかけることもちょっと流行ってきたこともあり、その波に乗るように自分にも溶け込ませていた。

高校受験は、自分の成績レベルに加え、やはり部活動基準で選ぶ。ブラスバンドをやるならこの学校!ということを目標に掲げ、県内トップの高校を目指し、受験番号555番という縁起のいい数字をいただけたことで無事に合格を果たせた。

ちなみに、周りが塾に通い出したりする中、まったく塾に通わずにいたため、私的にはお金もかからず親孝行と思っていたが、当時母親は「塾に通わずあまり家でも勉強しない私を見たくないために、自ら習い事に通っていた」ようだ。つい最近になって聞かされた^^;;


ここで改めて、鮮明に思い出せるのは本当に断片的な記憶ばかりで、私は記憶力には長けていないと感じている。友人や家族から聞かされる話は、まるで他人事のようで、本当にここに書き記していることくらいが精一杯である。これはいいことかどうなのか。。

高校時代へ続く。。


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