ORIAI

小説を書いています。書くことは、奥に押し込めてしまった私を救い出すこと。私の問いを解く…

ORIAI

小説を書いています。書くことは、奥に押し込めてしまった私を救い出すこと。私の問いを解くこと。受け止めきれなかった感情がたくさんあります。その問いや感情、かつての自分や歴史と向き合い物語にして手放すことで、更新されてもいます。在日コリアン三世。

マガジン

  • 読書レビュー

    心にとどめたい本の感想をつづります。

  • 告白【短編小説】連載中

    【あらすじ】 舞台は、ドラマ『冬のソナタ』を機に韓流ブームに沸く2004年の東京。 大学3年の星山美蘭(ほしやまみか)と速水優一郎(はやみゆういちろう)は、つき合い始めて2年が経つ。同じゼミに所属し、周囲公認のカップルである。美蘭は、韓国からの留学生ヤン・ソユンとの会話をきっかけに、在日コリアンである自分の出自について思い巡らせるようになる。 ただ、優一郎にも友人にも、外国人である自分について話せないでいた。一方の優一郎は、就職後のことを見据えた同棲を提案するが、美蘭の態度ははっきりとせず、もどかしさを抱く。美蘭は優一郎に自分について話し始めようとするも受け流されてしまい……。 親、知人、世間の差別感情を内面化した美蘭が、優一郎たちとの関わりで前に踏み出すまでの物語。

  • 読み切り

    読み切りの掌編、短編をまとめています。

  • 環 -めぐり- 【短編小説】連載中

  • リファ【長編小説】連載中

    愛があったはずの場所に、空白地帯が増えていく。 在日韓国人三世の私は、そのままの自分を受け入れてくれたと初めて思えた扇谷太一と出会い、結婚する。二児をもうけ、穏やかで満たされた日々を送っていた。自らのルーツを嫌悪し隠していた私は、夫の姓を名乗り、アイデンティティについて考えなくていい、逃げきれた……つもりだった。 結婚から十年。かつては何でも話せたはずの太一に、言葉を内側に押し留めていることに気づく。二人の間に空白地帯が増えていく。寂しさとやるせなさを抱えていた。 そんななか、かつて一緒に仕事をした女優が大麻所持で逮捕される。彼女は、在日朝鮮人三世だった。SNS上は集団リンチのようなヘイトが起き、私は「血」について向き合うことになる。 本当は何を太一に、「わかってほしい」のか。 日本社会と接続できない主人公が、自分の居心地のいい場所にするために、太一とわかり合いたいと、葛藤する。

最近の記事

  • 固定された記事

美和先生の家 #01

 自分の身に起きたことがありふれていても、その傷みは、自分だけのものだ。  「わかる、わかる。私もおんなじやから」  クラスメイトからかけられた言葉のかたまりが、さくらの体内をめぐり続けていた。そのかたまりは、受け止めることも、かといって受け流すこともできずに浮いたままで、収まるところがない。さくらの体は、異物として認識したみたいだ。  休み時間の記憶を再生する。  同じだよ。そうやって励まそうとしてくれたことは伝わってはいた。あの場では、うまく笑顔を作れたと思う。笑ってしま

    • 彼はどうすれば、踏みとどまれたのだろうか? ミン・ジン・リー『PACHINKO』 【読書レビュー】

      取り返しをつけたい、つけなければならないことがある。 私の父の母、つまり私の祖母は、日本語の読み書きができなかった。 識字できない人がこの国で直面する生きづらさとは、どんなものなのか。想像し難いかもしれない。 たとえば、かかりつけの病院に行き、名前を呼ばれて返事をする。そのコミュニケーションは自分でできても、問診表は書けない。病院へは、娘である叔母が付き添うか、受付の人に向かって話し、それを書き取ってもらっていたらしい。 鉄道の切符を買う方法が自動券売機に切り替わった

      • 告白 #05

         優一郎は、芝生の上に横たわる黒い岩に座り、文庫本を読みながら待っていた。  芝生は美蘭の記憶にあるよりもみずみずしく、腰かけている岩肌はすべらかで、空はこの世で一番美しいと思うような青だった。彼が景色の中にいるだけで、いつもより彩りにあふれ、鮮明だった。  黄金色に染まるイチョウの樹を背に、優一郎のほっそりした指がページをゆったりと操っている。美蘭が来たことに気づくとすぐに本を閉じて、着ていたカーキ色のコートのポケットにしまった。  美蘭は優一郎の目を見て、小さく手を振る。

        • 告白 #04

          「秋は、食べたくなるのよね」  有名な果物専門店のモンブランを買ってきたタカちゃんが、箱のふたを開け、中に並んだケーキを美蘭たちに見せてくれる。  松ぼっくりのような、コロンとした巻貝のようなものが五個収まっていた。栗と洋酒の甘さがふんわりと香り、マロンペーストが螺旋状にすき間なく搾られたそれは芸術作品のようでもある。タカちゃんは食器棚からお皿を選び、人数分取り分ける。 「タカちゃん、いらっしゃい」  ソファで本を読んでいた父が声をかける。声色が柔らかい。 「イモブ、こんな時

        • 固定された記事

        美和先生の家 #01

        マガジン

        • 読書レビュー
          3本
        • 告白【短編小説】連載中
          5本
        • 読み切り
          3本
        • 環 -めぐり- 【短編小説】連載中
          3本
        • リファ【長編小説】連載中
          35本

        記事

          告白 #03

           自分の家が特殊であることを知ったのは、いつだったのだろう。  美蘭は、在日朝鮮人三世だった。在日朝鮮人といっても、日本の統治時代の朝鮮半島に、一世がどの地域に暮らしていたかによって韓国系と北朝鮮系に大きく分かれる。さらに両者は友好的ではない、と母から聞いたことがある。  美蘭は韓国系で、さらにその中でも、民族性を強く主張することはないグループだった。  「民団」と呼ばれる日本に定住する在日韓国人のための団体があるが、あるということを知っているだけで、そこが主催するイベントに

          告白 #03

          告白 #02

           エビ、なす、さつまいも、かぼちゃ、しいたけ、れんこん、ちくわ……きつね色の衣をまとった揚げたての天ぷらが、ステンレスのバッドに並んでいく。薄く覆われた衣が食材の存在を引き立て、なすとさつまいもは紫色に、エビは橙色に、しいたけは焦茶色に、その明るさが増している。  「お母さん、天ぷら揚げるのうまいよね」  美蘭はさつまいもを一切れつまみ、口に入れる。  「こらミカ、座って食べなさいよ」  「揚げたてが、おいしいんだもん」  「天ぷらはね、衣を作るときの温度がポイント。薄力粉と

          告白 #02

          告白 #01

          【あらすじ】 舞台は、ドラマ『冬のソナタ』を機に韓流ブームに沸く2004年の東京。 大学3年の星山美蘭(ほしやまみか)と速水優一郎(はやみゆういちろう)は、つき合い始めて2年が経つ。同じゼミに所属し、周囲公認のカップルである。美蘭は、韓国からの留学生ヤン・ソユンとの会話をきっかけに、在日コリアンである自分の出自について思い巡らせるようになる。ただ、優一郎にも友人にも、外国人である自分について話せないでいた。一方の優一郎は、就職後のことを見据えた同棲を提案するが、美蘭の態度はは

          告白 #01

          わたしの恥 _短編小説

          拝啓 お母さん。  40年かかってしまった。ほんとうの恥を知るのに。ほんとうの恥を、やっと知りました。  全身が赤くなって消えたくなる。なんて形容はなまぬるい。周囲の目が気になって、うつむいて、小さくなっていたものは恥でもなんでもなかった。身をひそめて怯える必要なんて、なかった。  日本には、「恥を知れ!」だとか、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」だとかの言葉があるよね。  「それは、恥ずかしい言動です」と、恥ずかしがることをいろんな方向から強いてくる。第三者からの目線で恥

          わたしの恥 _短編小説

          晴れない春を抱えたまま <読み切り小説>

           まぶたと眼球の間を、羽虫がせわしなく動き回る。鼻腔にも数匹が迷い込んで、飛び回る。定位置にあるはずの目と鼻が、定まらない。  頭全体がぼーっとする。不快で、わずらわしい。  きた、マスクをつけていてもなのか。  空気の冷たさはまだ冬のそれなのに、からだの異変で、春の訪れを感知する。  ん? 違うな。そもそも季節はずっとずっと前からそのままあって、冬とか春とか、あとからやってきた人類が、言葉を授けた。名前があるから、季節にも、明確な境界があるような気がしているだけ。  ゆった

          晴れない春を抱えたまま <読み切り小説>

          環 -めぐり-  #03

           あの日の中で、もっとも記憶しているのは、カフェでの出会いでも、ほこりっぽい夜のプノンペンのまちでも、陽が昇るまでお互いのことを話し続けたことでもない。  夏の夜に見た、冬を代表する星座。その特別な煌めきは、時間を経た今も、色あせていない。  外に出ると、雨季の気だるさと熱気がからだにまとわりついた。  一人で入ったカフェを二人で出たことに、透子は急に照れくさくなった。清人のうしろを歩き、一列になる。  清人は、何回かこちらを振り返った。前にいながら、透子の歩みを気にしてく

          環 -めぐり-  #03

          環 -めぐり-  #02

           一目惚れした経験は、あとにも先にも、透子はこの一度だけだった。  「春樹じゃなくて、龍のほう?」  ナイトマーケットの喧騒に馴染まない、澄んだ声が飛び込んできた。  久しぶりに耳にする日本語で話しかけられた透子は、椅子の背もたれから上体を起こした。読んでいた文庫本から、視線をあげる。  直球どストライク。  安直すぎる言葉しかどうやっても見つからないほど、透子の好みの顔が現れた。  その距離、テーブルを挟んで一メートル。手脚が長く180センチ近くありそうな背丈に、小さな顔が

          環 -めぐり-  #02

          環 -めぐり-  #01

           すぐに謝る人を、透子は信じない。  それが、どれだけ致命的な失敗や罪であっても。むしろ致命的であればあるほど、相手への謝罪によって全責任から解放されることを、自分に赦してはいけないんじゃないか。  透子は、すべての葉が落ち、針金のような枝がむき出しのまま天に伸びる桜の樹をぼんやりと眺めた。鉛色の厚い雲に、空はその姿を完全に隠している。  公園内ですれ違う人たちは、ウールのコートにマフラーとまだ冬の装いだ。  あのときも、まだ冬の寒さを引きずっていた。  ちょうど二十年が経っ

          環 -めぐり-  #01

          摩擦 _『リファ』#35【小説】

           パンデミックの混乱がまだ続くなかで、東京オリンピックが開幕した。  緊急事態宣言下で、無観客は人類史上経験がない。盛り上がりのない五輪とは異例だし、もはやスタート同時に後始末するような何かに思えた。ここまで来てしまったら、あとは開催が大きな感染拡大につながることなく、無事に終わってほしいと願うしかない。    国立競技場で行われる開会式が、もうすぐ始まる。テレビ画面をNHKに合わせた。夜の都内上空を写すライブ映像が流れる画面の前で、お風呂から上がった葉と銀が裸のまま動き回

          摩擦 _『リファ』#35【小説】

          対峙 _『リファ』#34【小説】

           ヨンエさんはアイスコーヒーを、私はアイスカフェラテを買い、南新宿に向かって歩く。「代々木上原に近づこう」と、ヨンエさんが私の自宅方面に向かう格好になった。  行き交う人にぶつからないように、時々前後に位置を変えながら並んで歩く。陽は高いが、湿度は低くて空気がカラッとしている。  トータルで四時間に及ぶインタビューを隣で聞いていたヨンエさんの感想を、まずは知りたかった。  「どの話が、ヨンエさんの印象に残っていますか?」と私は尋ねた。ヨンエさんはアイスコーヒーの入ったカ

          対峙 _『リファ』#34【小説】

          汝を知れ _『リファ』#33【小説】

           インタビューは佳境に入った。  「二ノ宮さんの家族形態に批判的な人たちの存在を、どのように受け止めていますか?」と私は聞いた。二ノ宮は、落ち着きを纏ったままで答えた  「夫婦別姓の法案ですら、認められない人がいる。直接的には批判しないにしても、こういった新しい家族形態を受け入れ難い方もいらっしゃいます。正義の反対って正義なんですよ。そういう方には、僕たちが楽しく暮らしている日常の風景を見ていただくのが一番だと思うんです」  「日常、ですか」  「『血のつながりなんて

          汝を知れ _『リファ』#33【小説】

          すれ違いの構造 _『リファ』#32【小説】

           私は前回と同じ席で二ノ宮と向き合い、「どのような体制で、三人で子育てをされているんですか?」と尋ねた。  「僕と彼女と子どもたちが同じ家に暮らしていて、週に二回〜三回の決まった曜日と時間にリュウちゃんが来ます。上の子が生まれたばかりの頃は、リュウちゃんのタイミングで好きにうちに来てくれたらいいよ、としていたんです。でもそれだと、僕たちもアテにできない。リュウちゃんも役割が決まってないから、居心地が悪そうでした。だから今は、月曜と木曜の朝はリュウちゃんが上の子を保育園に送っ

          すれ違いの構造 _『リファ』#32【小説】