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日本ケミコン(6997):JISを割当先とする優先株式発行

本シリーズでは、上場企業によるエクイティ性資金の調達に関する適時開示を取り上げ、資金調達の背景や商品設計、発行体(企業)・引受先(企業やファンドなど)に対する経済性を理解し、ファイナンスの狙いを紐解く。特に、ファンドを引受先とするファイナンスにおける、ファンド目線でのリスク・リターン設計の狙いや投資戦略の解釈に比重を置く。

本シリーズの分析対象は、主に下記の商品区分・調達方式に該当するエクイティ・ファイナンスの適時開示のうち、実施の経緯や調達規模、商品設計の工夫や話題性など、何らかの観点で特徴的と思われる事例である。

  • 商品区分:普通株式、優先株式、転換社債、新株予約権、劣後債など

  • 調達方式:公募、第三者割当


日本ケミコン(6997):資金調達の背景

2023年10月10日引け後、日本ケミコン(6997)は総額約174億円のエクイティ性資金の調達を公表。具体的には、第三者割当の方法により総額100億円のA種種類株式と50億円のB種種類株式をジャパン・インダストリアル・ソリューションズ(JIS)が運用するファンドに、総額24億円の普通株式を韓国・三瑩電子工業に割り当てる。

当社は2014年以降、約10年に渡りアルミ電解コンデンサ等の取引における独占禁止法違反に関する民事訴訟の提起を受けており、一部の国で当局からの制裁金や多額の和解金の支払いを求められ、関連損失の計上により業績が悪化。上記の資金調達公表と同日、当社は米国子会社が反トラスト法違反に関する損害賠償訴訟で和解に応じたことを受け、約112億円の独占禁止法関連損失を特別損失として計上し、24/3期当期利益見通しを、旧:-130億円の赤字→新:-240億円の赤字に下方修正した。

当社の23/3期末時点の連結株主資本:400億円(株主資本比率:25%)と今24/3期当期利益見通し:-240億円の単純合算の結果、株主資本は160億円(同12%)まで低下するが、今回の174億円のエクイティ性資金調達により株主資本は334億円(同21%)まで増強される。

本ファイナンスによる希薄化影響は、A種/B種種類株式の普通株式への転換有無や転換時の条件により変動するが、種類株式による影響としては希薄化前ベースで最大99.19%、三瑩電子工業に割り当てられた普通株式による影響は同8.05%、従って最大で計107.24%と見られる。当社による本資金調達と会社計画の下方修正の公表後、翌11日の当社株の終値は1,287円と、前日終値(1,519円)対比-15%の大幅下落となった。

以降では、JISに割り当てられた2種類の優先株式の商品設計を概観し、リターンプロファイルからJISの投資戦略を紐解きたい。

投資商品の主要ターム

本スキームにおいて、JISは日本ケミコンから2種類の優先株式を引き受ける。それぞれの主要タームは以下の通り。各種表現は可読性を重視したため厳密ではない(正確な内容は下記ファイルを参照)。

A種種類株式

  • 払込金額:100億円

  • 配当率:2.5年後まで額面の5.5%、それ以降は同7.5%へステップアップ

  • 議決権:なし

  • 譲渡制限:2.5年後以降に譲渡可能

  • 普通株式を対価とする取得請求権(転換権)
    - 転換可能期間:2.5年後以降(コベナンツ抵触時はいつでも転換可能)
    - 転換価額:1,364.3円
    - 転換価額の修正条項:2023年末以降、半年毎に20取引日VWAPの90%相当額に修正、但し955円(当初価額の70%)がA種下限取得価額
    - 普通株式対価取得プレミアム:2023年末からの経過年に応じ、以下の係数を乗じた株数に転換される
     ①半年後まで:1.030
     ②1.5年後まで:1.060
     ③2.5年後まで:1.085
     ④3.5年後まで:1.100
     ⑤それ以降:1.110

  • 金銭を対価とする取得請求権(償還権)
    - 償還可能期間:2.5年後以降(コベナンツ抵触時はいつでも取得可能)
    - 償還プレミアム:2023年末からの経過年に応じ、払込金額に以下の係数を乗じた額で償還
     ①半年後まで:1.030
     ②1.5年後まで:1.060
     ③2.5年後まで:1.085
     ④3.5年後まで:1.100
     ⑤それ以降:1.110

  • 金銭を対価とする取得条項(発行体のコールオプション)
    - 行使可能期間:発行日以降いつでも取得可能
    - 償還プレミアム:2023年末からの経過年に応じ、払込金額に以下の係数を乗じた額で償還
     ①半年後まで:1.030
     ②1.5年後まで:1.060
     ③2.5年後まで:1.085
     ④3.5年後まで:1.100
     ⑤それ以降:1.110

B種種類株式

  • 払込金額:50億円

  • 配当金:普通株式のDPS×転換株式数

  • 議決権:なし

  • 譲渡制限:2.5年後以降に譲渡可能

  • 普通株式を対価とする取得請求権(転換権)
    - 転換可能期間:2.5年後以降(コベナンツ抵触時はいつでも転換可能)
    ※但し発行体が金銭を対価とする取得条項を発動しようとする場合、1.5年後以降に取得希望金額のうち30億円分までが優先的に転換可能となる
    - 転換価額:1,364.3円
    - 転換価額の修正条項:2023年末以降、半年毎に20取引日VWAPの90%相当額に修正、但し955円(当初価額の70%)がB種下限取得価額、1773.6円(同130%)がB種上限取得価額
    - 普通株式対価取得プレミアム:2023年末からの経過年に応じ、以下の係数を乗じた株数に転換される
     ①半年後まで:1.1
     ②1.5年後まで:1.255
     ③2.5年後まで:1.415
     ④それ以降:1.605

  • 金銭を対価とする取得請求権(償還権):なし

  • 金銭を対価とする取得条項(発行体のコールオプション)
    - 行使可能期間:発行日以降いつでも取得可能
    - 償還プレミアム:2023年末からの経過年に応じ、払込金額に以下の係数を乗じた額で償還
     ①半年後まで:1.1
     ②1.5年後まで:1.255
     ③2.5年後まで:1.415
     ④3.5年後まで:1.605
     ⑤それ以降:1.805

その他の事項

  • 重要事項の事前承諾権

  • 社外取締役1名、オブザーバー1名の参画

  • 1年以内にアクション・プラン策定、モニタリング会議の設置

各種商品の権利発生タイミングや配当率・プレミアムのステップアップタイミングを整理すると、以下の通りである。

商品設計に関する考察

償還型のA種とアップサイド追求型のB種

まず大きな商品性の特徴として、JIS目線でA種は比較的低リスクで安定的なリターンを見込む償還型、一方B種は転換・償還によるアップサイド追求型という異なるリスク・リターン特性を持つ点が特徴的と言える。結論を急げば、A種/B種の設計の特徴を、以下のように解釈できよう。

  • A種優先株式は、日本ケミコンによる可及的速やかな償還が促進される設計になっている。JIS側は配当と償還プレミアムで安定的なリターンを獲得しつつ、償還蓋然性を高める負債的な投資と見られる

  • B種優先株式は日本ケミコンのほぼ確実な資本増強に繋がるが、大きな希薄化リスクを伴う。JIS側は普通株式への転換によるリターンが狙えるが、株価下落時の回収困難性や取得条項の行使可能性のリスクを抱える

日本ケミコンから見たA種優先株式

A種優先株は、発行体の視点からは「可及的速やかに取得条項(コールオプション)を行使し、全額をJISから買い戻すこと」が促される仕組みになっている。発行後2.5年が経過すると配当率が5.5%→7.5%に上昇し支払負担が増える。また、日本ケミコン側には「いつでもJISからA種優先株式を買い戻す権利」である取得条項(コールオプション)が付与されており、JIS側には発行後2.5年後以降、普通株式対価/金銭対価の2種類の取得請求権が付与される。

日本ケミコン側の権利である取得条項により、当社はいつでもJISからA種優先株式を買い戻せるが、買戻し金額は「償還プレミアム」という、時間の経過と共に大きくなる係数を額面金額に乗じた額になるため、日本ケミコンは時間が経つほどに、調達した額以上の金額を返済しなければならなくなる。

一方、金銭対価の取得請求権は逆にJIS側がA種優先株を日本ケミコンに買い取らせる権利(プットオプション)だが、買取金額には同じ償還プレミアムが適用されるため、コール・プットの両オプションに償還金額の差はない。

またJIS側の2つ目の権利である普通株式対価の取得請求権(転換権)にも同じプレミアムが付与されているため、時間が経つほどに転換される普通株式数が増え、希薄化影響が大きくなる。

従って、日本ケミコンは今後独禁法関連の制裁金/和解金を支払いつつ、本業で速やかにキャッシュを創出しA種優先株の返済原資に回すことができれば、配当負担、プット行使による追加的な支払負担や希薄化を回避できる。

JISから見たA種優先株式

一方、投資家であるJISから見たA種優先株式は「配当で固定的にリターンを上げつつ、元本回収の蓋然性を高める負債的なリスク・リターン特性」を持った投資と位置付けられよう。

投資実行後2.5年間はJIS側に5.5%の固定配当が入るが、基本的には取得請求権が付与されない期間である(表明保証等への違反や業績の大幅悪化などの基準に抵触した場合は、2.5年間の間にも権利が付与される)。

2.5年後以降、JISには普通株式対価・金銭対価の2つの取得請求権が付与される。前者の普通株式対価の取得請求権(転換権)を行使した場合、JISのA種優先株式は普通株式に転換され、市場売却が可能となる。転換価額は2023年末以降、半年に1回、直近時価(1ヵ月終値平均)の90%に修正されるため、株価変動によらず常に約10%程度の売却益が期待できる。更に普通株式対価取得プレミアムにより転換株数が増え、リターンが増幅される。

但し、下限価額が995円(当初価額の70%)に設定されており、株価が995円を下回った場合は転換が難しくなる。また、値上がり局面では転換価額も上昇するためキャピタルゲインの上振れも狙いにくく、その意味でもアップサイド追求というよりも安定的なキャピタルゲインを狙った設計と言える。

後者の金銭対価の取得請求権にも償還プレミアムが付与されている。例えば3年後にJIS側がこの権利を行使しA種優先株式100億円分を全額償還した場合、償還プレミアム1.100倍を乗じた110億円が日本ケミコンから支払われる。これは年率換算で約3.2%の投資収益率となり、配当率:5.5%も踏まえると年率で約8.7%の投資収益率が期待できる。

日本ケミコンから見たB種優先株式

B種優先株は、発行体の視点からは「ほぼ確実に資本増強につながるが、相対的に大きな希薄化リスクを伴う資金調達」であると言えよう。

B種優先株式には、A種ではJIS側に付与されていた金銭対価の取得請求権(償還権)が設定されていないため、日本ケミコン側から取得条項によりB種優先株式を買い戻さない限り、資本増強効果が持続する。また、B種の取得条項にも償還プレミアムが設定されているが、その値はA種よりも大きく、日本ケミコンにとって買戻しのハードルが大きいものになっている。例えば3年後には、調達した50億円分のB種優先株式を約80億円で買い戻す必要がある。従って、日本ケミコン側のコントローラビリティと買戻しのハードルの高さから、資本増強効果が持続する蓋然性は高いものと考えられる。

一方、JIS側に付与された普通株式対価の取得請求権(転換権)に関しても、B種はA種と異なる特徴を2点有する。第一に、B種の償還プレミアムと同様にB種の普通株式対価取得プレミアムに高い値が設定されており、希薄化の影響が大きい。第二に、転換価額に上限が設定されている。転換価額は2023年末以降、半年に1回、直近時価(1ヵ月終値平均)の90%に修正される点、下限が995円(当初価額の70%)に設定されている点はA種と同様だが、B種では更に上限として1,773.6円(同130%)が設定されている。株価が995円を下回った場合は転換されにくくなるが、逆に1,774円×1.1=約1,950円を上回った場合は10%のマージン以上の利ザヤが見込めるためJIS側の転換インセンティブが高まる。

また、JIS側には金銭対価の取得請求権が無く、能動的にとれるExitアクションが転換のみであるため、希薄化の蓋然性が相応に高い設計と言えよう。

JISから見たB種優先株式

一方、投資家であるJISから見たB種優先株式は「普通株式への転換によるアップサイドが見込める一方、元本回収の蓋然性にリスクを抱えるエクイティ的なリスク・リターン特性」を持った投資と位置付けられよう。

上記の通りJIS側から見たB種優先株式のExit手段は①転換権を行使し普通株に転換し売却、②日本ケミコン側の取得条項による買戻し、の2通りである。

①については、B種ではA種よりも大きな普通株式対価取得プレミアムが付与されている点、転換価額の修正幅の範囲内で株価が推移すれば常に約10%の値幅でリターンが生まれる点(ローリスク・ローリターンの設計)、上限価額を超えて株価が上昇した場合は一層大きなリターンが見込める点、金銭対価取得請求権が存在しない点に鑑み、JIS側としては普通株式への転換によるリターン獲得を目指す設計に映る。大きな取得プレミアムの存在、安定的なリターンと株価上昇時のアップサイドの両立がB種の魅力と言えるだろう。

一方、B種は2つの局面でリスクを抱えると見られる。一つは業績・株価の低迷時で、B種は回収不能の塩漬け状態に陥るリスクがある。株価が下限価額を下回ることで転換が難しくなり、日本ケミコン側も買戻しの余力に乏しい場合が想定される。この局面ではB種の譲渡先を探すか、状況が好転するまで保有し続けるか、転換価額を下回る株価で普通株式に転換しマーケットリスクを取りに行く選択肢が考えられる。いずれもリターンの蓋然性が大きく低下するため、厳しい状況と言えよう。

二つ目のリスクは逆に業績・株価の好調時で、仮に大きなキャピタルゲインが期待できる株価水準であっても、日本ケミコン側の償還条項により買い戻され、リターン獲得の機会を逸失してしまうリスクである。日本ケミコン側の償還プレミアムも大きいためハードルは高いが、償還余力が十分あり希薄化抑制のプライオリティが高まる局面では想定可能な選択肢である。もっとも、例えば3年後の償還プレミアムは約1.6だが、この局面から株価がそれ以上に上昇するケースのリアリティをどう見積もるかがポイントだろう。

想定投資収益率は、年率10%台前半程度か?

上記より、3年後の想定ベースケースにおけるA種優先株式100億円のリターンは年率8-9%程度、B種優先株式50億円の転換によるリターンを同20%前後(簡易的に時価の90%で転換、取得プレミアムを1.6として試算)とし、3年間の150億円の投資に対するリターンを年率13%程度と試算した。

ベースの投資間尺や株価目線によって上記想定とシナリオが大きく乖離する可能性もあるため、あくまで一つの状況に対する簡易試算としてご参照頂きたい。直観的には比較的再生色の強い局面におけるエクイティ出資に映るが、A種の償還蓋然性の高さを備えつつ10%台前半の期待リターンを設計する方法として、非常に学びが多いものと考えている。

今後も本シリーズにおいて、JISの他案件や他ファンドによるエクイティファイナンス事例を取り上げ、スキームや狙いに関する理解を深めたい。

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