― 「ところかまわずナスかじり」第百五十五話 クルーガー・ノキサンヌ・ドーニーの一生 ―
クルーガー・ノキサンヌ・ドーニー教授がどうも狂ったらしい、という噂が世間に流れたのは、ちょうど四月になったばかりの春のことだったと記憶している。
世界的にも有名なその文学者とのインタビューを五月に予定していた私にとって、その噂は寝耳に水のことであった。まさか、と思い、急いで彼の事務所に確認のための電話をすると、事務所はその噂を一笑した。
私は大いに自分を責めた。
かりにも記者である私が、‟噂”レベルの話に度を失いかけたのである。
数年前、私は彼にインタビューしたことがあった。
ドーニー博士は文字通りの英国紳士である。パリッとしたスーツを着こなし、品の良いメガネをかけ、髪はきっちりと分けており、寸分の隙もない格好であった。話題も文学のみならず、宇宙の話から昆虫の話まで広がり、その機知に富んだ話しぶりとともに彼の博学ぶりには舌を巻かされ続けたものだった。
そのドーニー先生が狂う・・・
あるわけがなかった。
インタビューの日が来た。
私はドーニー博士から受ける知的な好奇心を楽しみに、その日、指定されたおしゃれなレストランで彼の到着を待っていた。モーツァルトのソナタが静かに流れていた。
「イッ、エェーイ!!」
突然、レストランの入り口にモヒカン族が現れた。
真っ青な、・・・ウ、ウェディングドレス?!を着ており、その股間から白鳥の首が出ている。
「ヘェーイッ!マップス記者!待ったかぁーいぃ!」
その、真っ白に塗りたくった顔で、真っ黒の唇で、その色色が汗でドロドロになりながら流れ落ちながら・・・
モヒカン族の、男の、花嫁が私に近づいてくる・・・
ああ、近づいてくる・・・・
ドーニー先生が・・・
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