― 第六話 白雪姫 ―

 その少女の肌は青みがかったような白であった。
 それは生者の白ではなかった。
 魔女にそそのかされ、毒のリンゴを口にしてから二年が経っていた。
 少女の心臓はとっくに止まっており、呼吸も当然していないはずなのに少女の美しさは二年の死でも涸れることはなかった。
 少女はまるで眠っているかのように落ち葉のベッドに横たわっていた。

 そして、月日は流れ、十年が経った。

 少女の体は落ち葉で半分隠されてはいたが、その透き通るような肌と愛くるしい顔は生者のそれであった。いや、死者であるがゆえ、その愛くるしさには凄惨ささえ加わり、一種、ゾッとさせるような美を放っていた。


 ―ある日のことであった

 遠くの森で一群の鳥たちがいっせいに、あわてて飛び立った。
 それから、カッカッ、という軽快な馬の蹄の音が近づいてくるまでいくらの時間もかからなかった。

「おぉっ!これはいったいどうしたことだ!」
 少女を見つけた年若い馬上の若者が叫んだ。
 彼は馬より急ぎ飛び下り、少女に駆け寄った。
「おいっ!しっかりしろ!」
 若者は少女の上半身を抱きかかえ、言った。
 若者は気づいていた。
 少女を抱きかかえた瞬間に。
 その少女が生きてはいないことを。
 ゾッとするほど冷たいその肌に触れたとき、若者は思わず呻いた。
 若者が死体に直に触れたのは、これが初めてのことだった。
 森の静寂が、更に深みを増していた。

 一陣の風が舞った。
 風に巻かれた落ち葉が少女に降りかかった時、若者はその少女の美しさに初めて気がついた。     ギュッと心臓を締め付けられたような気がした。
 少女の美しさは、若者の村の長老たちの伝える、天上の聖なる人々のことをすぐに若者に思い出させた。
 気が付いた時には若者は少女の唇に己の唇を重ねていた。
 それは、風が流れるように、雨が降るように、陽がこぼれるように、自然なことであった。
 若者は短くも、長いその接吻を終え、少女の顔をあらためてうっとりと眺めていた。
 と―
 少女にかけられた魔女の魔法が解け、少女の瞳が開かれた。

 瞳を開いた少女の、その神々しいまでの美しさに若者は息をのみ、我を忘れて少女を見つめた。
 少女の瞼はかすかに震え、若者をしっかりと見やりながら、その真っ赤な唇が開き、ささやいいた。
「ブヒィ」

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