「認知の歪み」、直してこ!
最近、忘れ物やら紛失がひどいです。
酔っ払ってしまってとかではなくて、
正気でやってるのが1番怖いです。
みなさん、こんばんは。
堅揚げポテトです。
今日は、最近大学の授業で習ったことで
「え、これ、おもしろい。」
「実は自分もこうして生きてきたのか…?」
「これ知ってるだけで生きやすくなるんじゃないか…?」
って思う内容のものがあったので、僕の考えたことや経験談を交えながら紹介したいと思います!
とても長くなっているので、お時間がある時に読んでくれたら嬉しいです。笑
さっそく、その授業のテーマについてなのですが、社会福祉学の専門の授業で、
認知理論アプローチ
という技法のようなものについて学びました。
簡単な内容としては、
人々が抱えている問題は、その人がそのことをどう考えるか(認知)によるもので、何かしらの出来事によって問題が起きるのではなく、その出来事をどう受け止めるかによる、という考え方に基づき、その認知を「歪んだ状態」から「正常な状態」へと変容させようとするアプローチ
です。
全然簡単じゃないので、例を挙げます。
例えば、テストの点数です。
毎回のテストで100点を取っていた生徒が、85点を取ってしまった場合、どう感じると思いますか??
残念とか、悔しいとか、
場合によっては失望感、絶望感、無能感まで
感じてしまう人もいるかもしれませんね。
では、いつもは60点程度、つまり赤点を連発する生徒が、85点を取ったらどうでしょうか。
自信、達成感、有能感など、ポジティブな気持ちが多くなると思います。
このように、同じ「テストで85点を取った」という出来事に対しても、
人によって捉え方、感じ方が違うというわけです。
ですが、
あまりにも理にかなっていない事を信じすぎていたり、
物事を全て0か100か、正解か不正解かしかないと捉えていたり、
一つの出来事でまるで全てが決まるかのように思っていたりすることがあります。
これを、「認知の歪み」といいます。これが先ほど認知理論アプローチの説明の中で述べた、「歪んだ状態」になります。
テストの点数の例の中でいうと、85点を取ってしまったことで無能感や絶望感を感じてしまうというのは、認知の歪みを抱えている状態にあたります。
このような出来事に対する捉え方、感じ方を、より良いもの、正常な状態へと変えていこうとするのが「認知理論アプローチ」ということです。
あ、早めに言っとくと、
「認知」という言葉の定義は学問によってやや違いがあるので、ここで使う「認知」は、
「できごとに対する解釈」
ということにしておきますね。
おそらく心理学の「認知」の定義なかの一部分になってると思います。
話を戻します。
先ほどのテストの点数の例は、簡単な例です。
我々が生きている中で起こる問題というのは、もっと複雑な部分で認知の歪みが影響して起きます。
ここからは僕の経験なのですが、
僕は中学生の頃、少しの間ですが、学校を休んでいたことがありました。
原因はというと、
「自分が全員に嫌われているんじゃないか。」
と感じてしまっていたからです。
思春期というのは、何かと周りの目や評価が気になる時期です。
特に僕の場合はそれが顕著でした。
誰にも嫌われたくない。
=みんなに好かれたい。
という気持ちがとても強く、みんなの反応をうかがって行動していました。
これがエスカレートすると、自分に対する周りの反応が少しでも悪かったり、誰かが自分の悪口を言っていたという噂を聞いたりすると、
「みんなに嫌われてしまった」
「もう無理だ」
「自分はダメなやつだ」
というふうに考えるようになってしまっていました。まさに「認知の歪み」ですね。
それのせいで、僕はある時から学校を休む日が続いてしまいました。
では、この状況をどうやって抜け出したのか。
家族や友達などの周りの人たちが、僕の「歪んだ認知」を直してくれたんです。
僕が学校にしばらく来ていない事を心配して連絡をくれた友達、休んでいる間に話を聞いてくれた家族の存在があったことで、僕は、
「自分のことを思ってくれている人は確実にいるんだ。」
「その人たちと仲良くしていけばいいんだ。」
「全員に好かれる必要はないんだ。」
と思えるようになりました。
それからは、人の目をあまり気にせず、自分のやりたいことや楽しいと思うことなど、いろいろなことに活発に参加できるようになり、人として大きく成長できたように感じました。
ここまで、自分の経験を例としてあげたように、我々の認知の歪みは、日常生活の至る所で「問題」として現れては、我々の生活に支障をきたします。
1番厄介なのが、
自分ではその「認知の歪み」を自覚できないことです。
みなさんや、僕の中にも、まだまだ「認知の歪み」があると思います。
ですが、この認知の歪みを誰しもが抱えているものだと理解すること、またはその認知の歪みの存在自体を自覚していることによって、幾分か生きやすくなります。
誰かが自分の悪口を言っていても、みんなに嫌われているなんて思う必要はありません。
誰かが自分を遊びに誘ってくれなくても、それに対して考え込んで、あなたが嫌われている、無能であると考える必要はありません。
就活がうまくいかないからといって、これから先のあなたの人生がうまくいかないわけではありません。
スポーツや勉強、歌、プレゼンなどが上手な人を目の当たりにして、自分を卑下する必要はありません。
テストでいい点を取ったり、スポーツで結果を残したり、誰かに褒められたりした時、それは運が良かったとか、偶然だとか、誰にでもできることだとか思う必要はありません。
どうですか。
このように考えると楽になりませんか。
当てはまるものがあった人も多いと思います。
誰しもが認知の歪みを抱えているんです。
自分の今までの経験だったり、周りの友達からの話だったりを聞いて、自分の中にある「認知の歪み」を理解することができたら、心の余裕、安寧を手に入れるチャンスかもしれません。
もし、
「確実に、いつも何かに悩んでいるけど、それが認知の歪みのせいなのかわからない。」
という人がいたら、
こちらのサイトで、自分の抱えている認知の歪みを、簡単にではありますが、把握することができます。
参考程度に使ってみてください。
いつも通り長々と書いてしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。