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第9話 女の勘

9. 復習(3) Are you ~? と Do you ~? の違い

(5月20日 教室⑤)

5月半ばを過ぎて、ここ東北地方でもようやく暖かさを肌で感じられるようになってきた。
教室の庭のシンボルツリーとなっているジューンベリーにも、1つ、2つと小さな白い花が咲き始めてきている。
ジューンベリーはその名の通り、6月になると赤紫色の実――食べるとこれがまた美味い――をつけるのだが、熟す頃合いを見計らっていたのではなかなか口にすることができない。
というのも、その大半が空からやってくる超高速飛行の不法侵入者によって先取りされてしまうからだ。
今年は何か手を打たねば。――
と、考えているときだった。
「犯人は私じゃないわよ」と、どこからともなく例の声。
「はっ、今の声は? ははぁ、失礼いたしました、……豊穣の女神デメテル様。もちろん、デメテル様ではございませんよ」
ふと、先日のことを思い出して、俺は足元を見た。
が、今日はミミズの姿は見当たらない。
「どこ見てんのよ。こっち、こっち」
「え?」
声がする方を耳で探すと、目の前のジューンベリーの木だった。
よく見ると、その枝先に微かに動く物体が。――
「ひっ。今日は毛虫ですか」
「何よ。悪い?」
「いやいやいやいや、……私、あんまり得意じゃないもので」
「まったく、ちっさい男ね」
「はぁ、……」
「ところで犯人は誰なのよ」
「ヒーヨですよ」
ヒーヨとは、3年ほど前から教室の庭にやってくるようになったヒヨドリだ。
最初は「教室の庭に野鳥が遊びに来るなんて、何て素敵なことなんだ」と柄にもなく、しおらしい思いで可愛い名前まで付けてやったのだが、これが間違いの始まりだった。
放っておけば、食うわ、食うわ、……実どころか花まで食ってしまうという卑しさには、敵ながらあっぱれである。
「あぁ、ヒヨドリね。お前も厄介な奴に目を付けられたものね」
「何か、いい対策はありませんかね」
「ネットでも掛けたら? 意外と効果があるわよ」
「おぉ、それだ! さすが、豊穣の女神。た、ありがとうございます」
「『た』って何よ、『た』って」
「いや、別に」
「『たまには役に立つ』とかって言いたかったんじゃないでしょうね」
「いやいやいやいや、神に誓ってそれはございませぬ」
「あっそ。んでまず、頑張ってねー」

――女の勘は、鋭い。

「どぉれ、やっぞぉ。今日のテーマは『Are you ~? と Do you ~? の違い』ね。これね、チョ~~~~~~~~~~」
「長いっす」と、ヘラクレスが突っ込んだ。
「んだか。すまん、すまん。超重要だからね、……気合い入れてやって、全員が理解して、できるようにして帰ってくれよ」
「できなかったら帰れない、ってこと?」と、メドりんが言う。
「あだりめだ。ここでつまづいてたら、この先何をやっても無駄だからね。逆に今日やることをきちんと理解して問題ができるようになれば、英語なんてもう、簡単、簡単、……鼻ほじりながらでもできるから」
「いやいやいやいや、ほじんないから」と、本日のツッコミ隊長。
「んだか。まぁ、それだけ今日やることは大事だ、ってことよ。全員、気合い入れて、……って、あれ? 全員、いるよね?」
「そう言えば、オルっぺは?」と、ヘラクレスが言う。
「そういや、見てないな」と、ソン太。
「うそぉ、さっきいたよ」と、パンドラ。
「マジでぇ?」と、メドりん。
「あいつ、存在感ないからな」
――コラコラ、それ言うな。
「どっかで竪琴でも弾いてるんじゃないのか?」と、ソン太が続ける。
オルっぺ(=オルペウス)はギリシア神話一の竪琴の名手である。その音色は決して眠ることのない冥界の番犬ケルベロス――3つの首と竜の尾、蛇のたてがみを持つ巨大な犬の怪物で、冥界から逃げ出そうとする亡者を捕まえては貪り食う――をも眠らせることができるほど心地よいとされる。
「でも、あれ聞くと、なんか眠くなるよね」「たしかに、たしかにー」「あいつ、自分は眠くならないのかなぁ?」「耳栓してるんだよ、きっと」「鼻栓もしてたりして、クヒヒヒヒ」「あいつ、あんまりしゃべんないから、鼻栓してたらゼッテー苦しいぜ」「キャハハハハ、たしかに、たしかにー」
――オイオイ、あんまり言うな、って。
「てか、あいつ、普段から息をしてないような気もするんだよな、俺」と、ヘラクレスがさらに続ける。「息、してなかったら、死んでんじゃん」「ヤダー、怖~い。え? もしかして、幽霊?」
――コラコラ。
「だってさぁ、あいつ、冥界に行くとかなんとか、言ってたぜ」と、会話はさらに続く。
「冥界って、死者の国でしょ、……怖っ」「うん、俺のおじさんが管理してるんだけど、父ちゃんも『あそこにだけは行きたくない』って言ってたからなぁ」と、ヘラクレス。
すると、
(行ったら2度と帰れない、って言うからね)
「だろ、……って、今、誰かしゃべったか?」
ヘラクレスが神妙な顔つきになった。
「いいや」「アタシもしゃべってないよ」「なんか変な声が聞こえたような、……」「パンドラも、……なんか、うしろの方から聞こえたけど」「マジでぇ?」「「キャ~~~~~、お化けー!」」
すると、
(あのぉ、……僕だけど)
と、オルっぺが囁いた。
「ぅわ~~~~~、オルっぺ。お前、ずっとそこにいたの?」と、ソン太が聞く。
(う、うん)
「てか、今までの話、全部聞いてた?」
(う、うん、まぁ)
「何か、気に障った?」
(べ、別に、……)
「てか、お前、……なんで鼻栓してんの?」
(……、風邪、ひいた)
オルっぺの鼻の穴には2本のコルク栓がこれでもかと言わんばかりに刺し込まれていた。
「「「「……」」」」
(……、鼻水が、止まらない)
「「「「……」」」」
もちろん全員、笑えなかった。
「あのぉ、……くだらん茶番はそれくらいにして、そろそろ授業を始めてもいいですかぁ」
そして、おしゃべりの時間は終わった。――

「改めて、……どぉれ、やっぞぉ。今日のテーマは『Are you ~? と Do you ~? の違い』ね。と、そ・の・ま・え・に。まずは、これまでの復習。はい、ヘラクレス、『あなたはケンですか』を英語で言うと?」
「Are you Ken?」
「そのとーし! んで、『あなたはテニスをしますか』を英語で言うと? メドりん」
「Do you play tennis?」
「そのとーし! じゃあ、今の2つの英文、Are you Ken? と Do you play tennis? の違い、って何だろうね」
「うーん、意味!」と、メドりんが言う。
「うん、確かに『意味』は違うよね。じゃあ、『形』、つまり、見た目の違い、って何だろう。どっちも<?>で終わる疑問文なんだけど」
「Are you と Do you」と、ヘラクレスが答える。
「まぁね、それが今日のテーマだからね。じゃあ、どういうときに Are you を使って、どういうときに Do you を使うんだろうね。主語はどっちも you なんだけど」
全員が2つの英文とにらめっこを始めた。
「じゃあ、もう1つ例文を。『あなたは仙台出身ですか』は、Are you from Sendai? だよね。これは、Are you を使うよ。でも、『あなたは仙台に住んでいますか』は、 Do you live in Sendai? だ。こっちは、Do you を使ってる。さて、どういうときに Are you を使って、どういうときに Do you を使うのか。これも、主語はどっちも you だけど」
眉間にしわを寄せる者、口を尖らす者、鼻をひくひくさせる者、チックタックチックタックと首を左右に動かす者、そして瞑想する者、……考え中の仕草は十人十色である。
「んで、ヒント。Are you と Do you のうしろに注目」
すると、ソン太が口を開いた。
「んー、Do you のうしろには play とか live がある」
「おっ、ソン太、……すんばらしいところに目を付けたね」
「マジで?」
「マジっす。いがぁ、Do you のうしろには play とか live といった動詞の原形があるんすよ。それに対して、Are you のうしろには動詞の原形がない。ま、見たまんまなんだけど、実はこれ非常に大事なことなのね。はい、<アテナの黙示録9>を見てみましょ。

<アテナの黙示録9> 復習(3) Are you ~? と Do you ~? の違い
【1】形の違い
|① Are you のうしろには(一般)動詞の原形がない。
||例1)Are you Ken?
||例2)Are you from Osaka?
||例3)Are you busy now?
|||※busy(忙しい)は動詞の原形ではない(=形容詞)。
|② Do you のうしろには必ず(一般)動詞の原形がある。
||例1)Do you know Ken?
||例2)Do you live in Osaka?
||例3)Do you study English every day?

いがぁ。まずは【1】から。はい、よ~く見てぇ。①の Are you のうしろには、動詞の原形がないんすよ。でも②の Do you のうしろには、know(知っている)とか、live(住んでいる)とか、study(勉強する)といった動詞の原形が」
「ある」と、ソン太が言った。
「でしょ」
「うん」
「逆に言えば、動詞の原形がないときは Are you を使うし、動詞の原形があるときは Do you を使う、ってことさ。これさえ覚えておけば、……例えば。『(Are, Do) you a student? の(  )内から適語を選びなさい』な~んて問題が出されても、はい、答えは?」
「Are」と、ソン太が答える。
「そのとーし! なんで?」
「動詞の原形がないから」
「てことさ。じゃあ、『(Are, Do) you play baseball? の(  )内から適語を選びなさい』だったら? ヘラクレス」
「Do」
「そのとーし! なんで?」
「動詞の原形があるから」
「うん。どれ?」
「play」
「そ。この文には play っていう動詞の原形があるから Do you を使う、ってことね」
「なんだ、意外と簡単だな」
「だろ。大体、お前らはね、『あなたは学生ですか=Are you a student?』『あなたは野球をしますか=Do you play baseball?』みたいに、た~だ例文を丸暗記してるから、いつまでたっても応用は効かないし成績も上がらない、……当然、英語の勉強もつまらないだろうし、ヤル気も出ないわけよ。こんなのルールさえ覚えちゃえば、どってことないんだよ」
「たしかに」と言うヘラクレスを始め、全員が頷いた。
「だからね、『意味』なんて後回しでいいんすよ。まずは『どういうときにどうなるのか、っていう英語のルール』を覚えちゃいましょ。そうすれば、英語なんてもうチョチョイのチョイだよ」
――全員の顔に安堵の表情が窺える。少しは英語に対する恐怖心を取り除けたか。苦手科目を克服するためには本人の努力はもちろん必要なのだが、それ以前に指導者が当人の苦手意識を変えてやることが必要なのだ。よってテキストの解説よりも、「英語なんて実は簡単なんだ」「ちょっと見方を変えればすぐにわかるんだ」ということを教えてやる方が大事と俺は考える。その証拠に見ろ、あのパンドラの「何となくわかってきた」と言わんばかりの笑顔を。嬉しいか? わかると楽しいだろ。いいぞ、その調子で頑張れ!
「『チョチョイのチョイ』って、……フフ」
――そこかいっ!
「で、意味については、【2】を見てもわかる通り、

【2】意味の違い
|① Are you ~? で「あなたは~ですか」の意味になる。
||例1)Are you Ken?(あなたはケンですか
||例2)Are you from Osaka?(あなたは大阪出身ですか
||例3)Are you busy now?(あなたは今忙しいですか
|② Do you ~? で「あなたは~しますか」の意味になる。
||例1)Do you know Ken?(あなたはケンを知っていますか
||例2)Do you live in Osaka?(あなたは大阪に住んでいますか
||例3)Do you study English every day?(あなたは毎日英語を勉強しますか

Are you ~? は『あなたは~ですか』、Do you ~? は『あなたは~しますか』ね。Are you Ken? だったら? はい、メドりん」
「あなたはケンですか」
「そ。Do you know Ken? だったら? はい、パンドラ」
「あなたはケンを知っていますか」
「てことよん。OK?」
「うん」
「おしっ。んで、<スピンクスの謎9>をやってみましょ。

<スピンクスの謎9> 復習(3) Are you ~? と Do you ~? の違い
次の英文の(  )内から適語を選びなさい。
(1) (Are, Do) you study math every day?
(2) (Are, Do) you use this computer?
(3) (Are, Do) you a high school student?
(4) (Are, Do) you have a pen?
(5) (Are, Do) you busy now?

はい、ヘラクレス。(1)から、答え入れて読みぃ」

次の英文の(  )内から適語を選びなさい。
(1) (Are, Do) you study math every day?

「Do you study math every day?」
「そのとーし! なんで?」
「動詞の原形があるから」
「うん。どれ?」
「study」
「そ。study は『勉強する』っていう意味の動詞の原形だ。よって do を使う、ってことね。いいよー、よく理解しちょる。ちなみに意味は?」
「あなたは毎日数学を勉強しますか」
「おしっ。はい、次、(2)、メドりん」

次の英文の(  )内から適語を選びなさい。
(2) (Are, Do) you use this computer?

「use って、動詞の原形?」
「そ。use は『使う』っていう意味の動詞の原形」
「てことは、Do you use this computer? かな」
「そのとーし! いいよー、今みたいな質問ができるってことは英文を文法的に見る力がついてる、っていう証拠だからね。よくわかっちょる。ちなみに意味は?」
「あなたはこのコンピューターを使いますか」
「おしっ。はい、次、(3)、パンドラ」

次の英文の(  )内から適語を選びなさい。
(3) (Are, Do) you a high school student?

「Are you a high school student?」
「そのとーし! なんで?」
「えっとねぇ、動詞の原形がないから」
「そだ。その理由が大事なのよ。この文には study や use みたいな動詞の原形がないから are を使う、ってことね。いいよー。ちなみに意味は?」
「あなたは高校生ですか」
「おしっ、はい、次、(4)、ソン太」

次の英文の(  )内から適語を選びなさい。
(4) (Are, Do) you have a pen?

「Do you have a pen?」
「そのとーし! なんで?」
「動詞の原形があるから」
「うん。どれ?」
「have」
「そ。have は『持っている』っていう意味の動詞の原形だ。よって do を使う、ってことね。いいよー、……ちなみに意味は?」
「あなたはペンを持っていますか」
「おしっ。はい、ラスト、(5)、オルっぺ」

次の英文の(  )内から適語を選びなさい。
(5) (Are, Do) you busy now?

(あのう、ビ、……ですか?)
虚ろな目をした鼻栓男が何やら囁いた。
ほとんど聞き取れなかったが、俺にはオルっぺが何を言いたいのかがすぐにわかった。
「busy は『忙しい』っていう意味で、これは動詞の原形じゃないよ。よって?」
(あ、ビ、……?)
「そのとーし! Are you busy now? ね。ちなみに意味は?」
(あ、……ですか?)
「そ。『あなたは今忙しいですか』ね」
「先生、よくオルっぺの声、聞こえるね」と、メドりんが言う。
「あだりめだ」
――長年やっていれば、生徒が何を言いたいのかくらいすぐにわかる。でなければ、プロ教師失格だ。な、オルっぺ。

「あのう、鼻炎の薬、飲んでもいいですか?」
「……ん?」

<オイディプスの答え9> 復習(3) Are you ~? と Do you ~? の違い
(1) Do
(2) Do
(3) Are
(4) Do
(5) Are

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