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第18話 キララという女
18. 復習(7) 時制に関する適語選択問題の解法
(7月5日 教室⑨)
晴れ渡る空の上を真っ白な綿雲一家が手をつないで歩いている。
テレビでは連日のように、南の方から各地の梅雨明け宣言が報じられているが、この調子で行けば、ここ東北地方でも間もなく梅雨明けとなることだろう。
庭の野菜たちも皆喜んでいる。
日当たりがよくなったせいか、ここ数日の成長ぶりがついこの間とは全然違う。
暖かい空気に包まれながら、こうして何時間も教室の縁側に座って庭を眺めているのだが、はてさて一向に飽きがこないのは年をとったせいなのか。
世の人は今頃せっせと働き、学校では多くの学生たちが勉学に励んでいるというのに、この俺は一体何をしているのだ。
確かに仕事柄、エンジンがかかるのは夕方からなのだが、そんな言い訳は世間では何ら通用しない。
一歩外に出ようものなら、「何、あの人。昼間っからブラブラして。仕事してないのかしら。いい年こいて、やーねー」と、ご近所様に言われかねない。
まったく、……やーねー。
ふと見上げると、綿雲一家に新しい家族が増えている。
暖められた地表の空気は嬉しそうに舞い上がり、気圧の低い上空でぐんぐん膨らんでいく。
すると温度が下がり、やがて露点に達すると、それまで透明マントで身を隠していた水蒸気が、たまらず水滴となって姿を現すのだ。
こうして生まれた雲の赤ちゃんに、お母さん雲は優しくその手をさしのべる。
雲になりたい。――
2階のベランダで1人の少女が空を見上げていた。
全身の輪郭を細いペンで描いたようなその少女は、吹けばタンポポの綿毛のように今にもどこかへ飛んでいってしまいそうな感じだった。
もっとも少女と言っても、20歳前後であろうもう立派な大人の女性なのだが、華奢な体つきと透き通った白い肌にまだあどけなさが残っている。
艶のある薄茶色の髪は腰のあたりに届くほど長く、ふんわりと目鼻にかかる前髪の奥で細めた目が、空に浮かぶ綿雲一家を追っていた。
雲になりたい。――
少女の名はキララ。
本名かどうかは定かでない。
どこから来たのかもわからない。
最近雇ったアルバイトの方なのだが、本職は他にあるらしい。
どこか謎めいた、と言うよりも何か訳のありそうな、陰気で、と言うよりも控え目で、絶望感のある、と言うよりも無機的な少女だった。
彼女は教室に来る度にベランダに赴き、一人物思いに耽りながら空を見上げていた。
雲になりたい。――
仕事はよくできた。
時間内には無理だろうと思われる書類整理も難無くこなし、事務も正確で早かった。
大人しい娘ではあったが、たまに世間話もしたし、会話に慣れてくると自分から身の上話を切り出すこともあった。
そんなときはすぐに俺は聞き役に回った。
お菓子が好きでご飯をほとんど食べないこと。
メールに絵文字を使わないこと。
2人の妹がいること。
親の借金を肩代わりしていること。
勤め先で先輩にいじめられていること。
社長の不条理な言動に対する愚痴や不満。
これに関しては、どれも経営者の俺としては鼻で笑ってしまうようなことばかりだったが、俺は努めて彼女の立場で黙って聞いてあげた。
吐き出せるものを全て吐き出させてあげたかった。
薬を飲んでいること。
優しくされるのが嫌なこと。
自殺を試みたことがあること。
いつ死んでもいいと思っていること。
そして、雲になりたいこと。
嘘か誠か、とにかく俺には理解できないことがたくさんあった。
そんなキララだったが、よもやこんなにも長く付き合うことになろうとは、そのときの俺にはとても予想することができなかった。
まして、彼女が俺の人生を180度変える存在になろうとは、……。
「どぉれ、やっぞぉ」
「先生」パンドラが開始早々、声をかける。
「ん?」
「ここって、先生の他に誰かいる?」
「なんで?」
「なんか、さっき女の人がいたから」
「あぁ、ウチの事務員さんね。たまに手伝いをしに来てくれるの。俺もなんだかんだ、忙しいってことよ」
「ふ~ん。そうは見えないけど」
「クヒヒヒヒ。たしかに、たしかにー」と、メドりんが笑う。
「ふんっ。忙しくないふりをしているだ・け・な・の! どぉれ、やっぞぉ。今日のテーマは『時制に関する適語選択問題の解法』ね。はい、<アテナの黙示録18>を見てみましょ。
<アテナの黙示録18> 復習(7) 時制に関する適語選択問題の解法
【1】時制に関する適語選択問題の解法
|★文中にある「時を表す語句」に注意して、動詞の現在形/過去形/未来形<will +動詞の原形>を使い分ける。
|※動詞の現在形及びbe動詞は、主語の種類によって形が変わるので注意する。
いがぁ。【1】から。『時制に関する適語選択問題』では、文中にある『時を表す語句』に注意して、動詞の現在形/過去形/未来形<will +動詞の原形>を使い分ける、ってことね。特に現在形、あるいはbe動詞の場合は、主語の種類によって述語動詞の形が変わるわけだから、要・注・意」
「ん?」と、パンドラが不思議そうな顔をする。
「例えば、『私はテニスをします』は英語で I play tennis. だけど、主語を『彼は(=he)』に代えると He plays tennis. みたいに、play が plays に変わるんだった」
「あ、そっか」
「あるいは、『私は学生です』は英語で I am a student. だけど、主語を『彼は(=he)』に代えると He is a student. みたいに、am が is に変わるでしょ」
「うん、うん、思い出した」
――よかった、よかった。「何回言ったらわかるんだ!」なんて絶対に言わないから、安心しな、……とことん、付き合うよ。1回聞いただけで覚えられるんだったら、そもそもここにはいないのだから。
「じゃあ、どういうときに過去形でもなく、未来形でもなく、現在形を使うのか、っちゅーと、実は『現在を表す語句』ってのも7個ありまして、【2】だな」
【2】現在を表す語句
|★次の語句は普通、動詞の現在形とともに使われる。
||every ~(毎~), always(いつも), usually(たいてい、普通は), often(しばしば、よく), sometimes(時々), if のうしろ(もし~ならば), before のうしろ(~する前に)
|例)He (study, studies, is studying, was studying) English at home every Sunday.
|||答え:studies
|||理由:現在を表す語句 every ~ があって、主語が he(=3人称単数主語)だから。
「やっぱり、暗記すか?」と、ヘラクレス。
「当然! はい、ヘラクレス、現在を表す語句、7個、読みぃ」
「えっ、あっ、every ~, always, usually, often, sometimes, if のうしろ, before のうしろ」
「おしっ、もう1回」
「every ~, always, usually, often, sometimes, if のうしろ, before のうしろ」
「はい、もう1回」
「every ~, always, usually, often, sometimes, if のうしろ, before のうしろ」
「おしっ。んで、メドりん。過去を表す語句、7個、読みぃ」
「ゲッ、過去?」
「そ。【3】を見ながらでもいいよ」
【3】過去を表す語句
|★次の語句は普通、動詞の過去形とともに使われる。
||yesterday(昨日), last ~(この前の~、先~、昨~), ~ ago(~前に), at that time(そのとき、当時), when +過去の文~(~したとき), this morning(今朝), one day(ある日)
|例)He (study, studies, studied, will study) English at home last Sunday.
|||答え:studied
|||理由:過去を表す語句 last ~ があるから。
「えーとね、yesterday, last ~, ~ ago, at that time, when +過去の文~, this morning, one day」
「おしっ、もう1回」
「yesterday, last ~, ~ ago, at that time, when +過去の文~, this morning, one day」
「はい、もう1回」
「yesterday, last ~, ~ ago, at that time, when +過去の文~, this morning, one day」
「ん。いでしょ。んで、パンドラ、未来を表す語句、7個、読みぃ」
「えーと、えーと」慌ててテキストを調べるパンドラ。
「【4】だな」
【4】未来を表す語句
|★次の語句は普通、未来形<will +動詞の原形>とともに使われる。
||tomorrow(明日), next ~(次の~、来~), soon(まもなく、すぐに), in +時間を表す語句(あと~で), hope (that) のうしろ(~ということを望む), this evening(今晩), some day(いつか)
|例)He (study, studies, studied, will study) English at home next Sunday.
|||答え:will study
|||理由:未来を表す語句 next ~ があるから。
「あ、あった。tomorrow, next ~, soon, in +時間を表す語句, hope (that) のうしろ, this evening, some day」
「おしっ、もう1回」
「tomorrow, next ~, soon, in +時間を表す語句, hope (that) のうしろ, this evening, some day」
「はい、もう1回」
「tomorrow, next ~, soon, in +時間を表す語句, hope (that) のうしろ, this evening, some day」
「ん。いでしょ。そうやって読んで読んで書いて書いて覚えるのよん。んで、それを使って、<スピンクスの謎18>をやってみましょ。
<スピンクスの謎18> 復習(7) 時制に関する適語選択問題の解法
次の英文の( )内から適語を選びなさい。
(1) I (go, goes, went, will go) to the station three days ago.
(2) My mother always (wash, washes, is washing, will wash) the dishes in the kitchen.
(3) (Is, Was, Were, Did) your sister at home last night?
(4) Ken and Tom (play, plays, played, will play) tennis tomorrow.
(5) If it (is, was, are, will be) fine tomorrow, I will go shopping.
はい、ヘラクレスから、(1)、答え入れて読みぃ」
次の英文の( )内から適語を選びなさい。
(1) I (go, goes, went, will go) to the station three days ago.
「I went to the station three days ago.」
「そ。ところで、なんで過去形の went を選んだの?」
「~ ago があるから」
「そのとーし! ~ ago は過去を表す語句だからね。答えは go の過去形 went だ。ちなみに意味は?」
「私は3日前に駅に行きました」
「おしっ、いでしょ。はい、次、(2)、メドりん、答え入れて読みぃ」
次の英文の( )内から適語を選びなさい。
(2) My mother always (wash, washes, is washing, will wash) the dishes in the kitchen.
「My mother always wash the(×)」
「まてまてまてまて、主語は my mother で3人称単数だぞ」
「あ、My mother always washes the dishes in the kitchen.」
「そ。ところで、なんで現在形の washes を選んだの?」
「always があるから」
「そのとーし! always は現在を表す語句だからね。ただし、( )の中に現在形は2つあるよ。wash と washes ね。そこで主語を見るわけだ。主語が3人称単数のときには、動詞に (e)s をつけるのが現在形のルールだったよ。よって答えは washes ってことになるね。ちなみに、is washing っていうのは現在進行形、……ま、詳しくは後日改めてやるけど、現在形とは全く別物だからね、一緒にしないように。はい、意味は?」
「私の母はいつも台所で皿を洗います」
「おしっ、いでしょ。はい、次、(3)、パンドラ、答え入れて読みぃ」
次の英文の( )内から適語を選びなさい。
(3) (Is, Was, Were, Did) your sister at home last night?
「え~と、Did(×)」
「おいっ」
「え? 違うの?」
「じゃあ、なんで?」
「last があるから」
「おぉ、てことは過去形だ。でもさぁ、Was や Were も過去形だよね」
「うん」
「さてそこで、……この文には動詞の原形がある? ない?」
「ない」
「そ。よって、答えは Was か Were だね」
「そっか。てことは Were(×)」
「なんでやねん」
「だって、主語が your でしょ」
「まてまてまてまて、your は『あなたの~』っていう意味で、you(あなたは)とは違うぞ」
「あ、そっか」
「よって、your のうしろを見なきゃ」
「フムフム、your sister が主語ってことね」
「そのとーし! で、sister に複数を表す s がついてないから、これは3人称単数主語ってことだ。よって、答えは」
「Was」
「てことよん」
「忘れてた」
「ま、この問題に自信のない者は、改めて<アテナの黙示録10>と<アテナの黙示録16>を復習しておくべし。はい、パンドラ、ちなみに意味は?」
「あなたの姉妹は昨日家にいましたか」
「おしっ、いでしょ。はい、次、(4)、ソン太、答え入れて読みぃ」
次の英文の( )内から適語を選びなさい。
(4) Ken and Tom (play, plays, played, will play) tennis tomorrow.
「Ken and Tom will play tennis tomorrow.」
「そ。なんで、未来形にしたの?」
「tomorrow があるから」
「そのとーし! tomorrow は未来を表す語句だからね。よって、答えは未来形<will +動詞の原形>にすればいい。ちなみに意味は?」
「ケンとトムは明日テニスをするでしょう」
「おしっ。はい、ラスト、(5)、オルっぺ、答え入れて読みぃ」
次の英文の( )内から適語を選びなさい。
(5) If it (is, was, are, will be) fine tomorrow, I will go shopping.
「……」
「<オイディプスの答え18>を見ながらでいいよ」
「If it is fine tomorrow, I will go shopping.」
「そ。おそらく、is か will be か、迷ったと思うけど、実はこれ、超重要。いがぁ、if(もし~ならば)のうしろでは未来のことでも(=この場合、tomorrow があっても)現在形を使う、ってことね。tomorrow に騙されて、If it will be fine tomorrow, ~(×)な~んて、やらないように。意味は『もし明日晴れたら、私は買い物に行くつもりです』なんだけど、その『もし~ならば』の部分では現在形を使う、ってことよん。ま、この辺、詳しくはまた後日やりますんで。今日のところは、if のうしろでは現在形を使うんだ、ってことを頭に入れときましょ。以上、通してどっか質問ある?」
「「「「「なーい」」」」」
「おしっ。んで、本日終了。おつかれさ~ん」
「先生!」と、ソン太が声をかけた。
「ん?」
「今日、居残り勉強してっていいですか?」
「あぁ、どーぞ、どーぞ。俺はチョイと仕事があるんで、2階にいるけど、……質問他、何かあったら遠慮なく呼んでおくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「何だ? ソン太。お前、随分、ヤル気満々だな」と、ヘラクレスが言う。
「ん? うん、……まぁ、ちょっとね」
友達の前では何気ない素振りを見せるソン太だったが、実はこの時すでに彼には密かに立てた目標があったのだった。――
<オイディプスの答え18> 復習(7) 時制に関する適語選択問題の解法
(1) went
(2) washes
(3) Was
(4) will play
(5) is