~赤黒の勇者はいかにしてJ2へ降格したのか~ミシャ体制の7年間を振り返る②
北海道コンサドーレ札幌のミシャ体制の振り返りとして、前回はミシャ監督就任初年度の2018シーズンから2019シーズンを振り返ってきた。
今回は新戦術の導入や新型コロナウイルスの影響を大きく受けた2020から2021シーズンを振り返っていく。
新戦術「オールコートマンツーマン」とコロナ渦による方針転換
前回紹介したが、コンサドーレは2019シーズン後半に失速し、戦術の変更が必要な状況であった中で迎えた2020シーズン。ミシャ監督がキャンプから取り組んだのは、これまでの低い位置でブロックを形成して守るスタイルではなく、高い位置からプレスをかけてボールを奪取するスタイルだ。この戦術は高い位置でショートカウンターを仕掛けることができる一方で、最終ラインの背後に広大なスぺースができることになり、DFやGKの守備範囲が広がることがデメリットである。打ち合い上等のミシャ監督にとっては好みな戦術であるといえるだろう。
ミシャ監督が就任して以降、補強に積極的だったクラブは、この年異例となる全選手と契約を更新。新戦力として加入したのは、大卒ルーキーとなるDF田中駿汰、MF金子拓郎、高嶺朋樹の3選手に加え、開幕直前にブラジル人FWのドウグラス・オリヴェイラ、タイ代表GKのカウィンという顔ぶれである。大学在学中に日本代表デビューを果たした田中や特別指定選手としてJ1のピッチにも立っていた金子はある程度即戦力として計算されていた印象だが、大きな補強はなく新シーズンに挑んだ。
開幕戦の柏レイソル戦では懸念されていた最終ラインの背後を相手FWオルンガに破られて4失点で完敗する形となったが、この試合後に新型コロナウイルスによりリーグ戦が約4か月中断。この中断期間に絶対的守護神のGKク・ソンユンが兵役のため退団することとなり、タイトル獲得を目指すチームにとって大きな痛手となったが、7月のリーグ戦再開後6試合無敗と好調な戦いぶりを見せた。
同年のJリーグは新型コロナの影響により降格なしとなったことを受けて、コンサドーレはタイトルやACL出場権獲得といった目先の結果よりも戦術の浸透を優先する方針に転換し、第7節の横浜F・マリノス戦では、FWの選手をスタメンから外すという「ゼロトップ」を採用。この試合で見せた新しい戦術は各選手が相手の担当選手を決めてその選手をマークし続けるという「オールコートマンツーマン」という戦術だ。当時イタリア・セリエAで少ない予算規模ながら上位に位置していたアタランタが採用していた戦術であり、その影響を受けたことはミシャ監督や当時の野々村社長の口から語られている。この試合では新戦術がピタリとハマり、前年のJ1王者に対して3-1で逆転勝利を収めた。
この勝利以降、8月にエースのFW鈴木武蔵がベルギーのクラブに引き抜かれたこともあって、ゼロトップシステムを積極的に採用していったミシャ監督だが、本職FWが不在ということは点を取る役割の選手が不在であるということから得点に見放される試合が続き、チームは9試合勝ちなしというトンネルに突入していくことになる。シーズン終盤にはFWアンデルソン・ロペスやジェイも先発で起用するなど、ゼロトップへのこだわりを薄くしたことで、持ち直したものの、結果的にリーグ戦では12位とJ1復帰後最低の成績となってしまった。
それでも「オールコートマンツーマン」が効果を発揮した試合はあり、その象徴が第26節の川崎フロンターレ戦である。それまでJ1新記録となる12連勝で首位を独走していた相手に対し、高い位置からのプレスで主導権を握ると、後半の立ち上がりにカウンターからアンデルソン・ロペスと荒野拓馬がゴールを奪い、見事2-0で勝利した。同年の川崎Fがあそこまで主導権を握られた試合はこの試合のみであり、ミシャ監督の新戦術の効果が垣間見えた試合であった。
また、交代枠が3人から5人に増えたことで若手の成長が促されたのもこのシーズンの特徴であり、大卒ルーキーの3人は主力として定着した。また、来シーズンからの加入が決まっていたFW小柏剛とGK中野小次郎もJ1のピッチに立ち経験を積んだ。まさに翌シーズン以降の種をまいたシーズンといえるが、ク・ソンユンと鈴木武蔵の移籍は想定外であっただろう。コロナ渦に突入する前に野々村社長が「2021シーズンに勝負をかけたい」と語っていたが、コロナの影響により資金難から二人の流出を食い止めることはできなかった。当初の予定から計画が狂ってしまった影響は翌シーズン以降にも響いていくことになる。
勝負の年から降格回避の戦いへ
コロナ渦に入る前、野々村社長が勝負の年と位置づけていた2021シーズンだが、観客動員数の制限等の影響もあり、補強への投資も控えめであった。また、前年の降格なしの反動で4チームが自動降格というレギュレーションとなったことで、前年12位だったコンサドーレにとっては、「まず降格回避」というのがミッションであった。
結果からいうとこのシーズンは、大きな浮き沈みもなく「ザ・中位」というような成績で10位という結果となった。前年から取り組んでいた「オールコートマンツーマン」の戦術を継続していたチームはボトムハーフのチームに対して高い勝率を残した一方で優勝した川崎Fや2位の横浜FMなど上位陣に対してはほとんど勝点を積み上げることができなかった。理由としては攻守両面において1対1の局面で負けないことを前提としているサッカーしていたことから、優秀なタレントを揃える上位陣に対しては1対1で負けてしまう場面が多くなることが挙げられる。
また、ピッチ全体でマンツーマンディフェンスを行うことから、体力の消耗が凄まじいのもコンサドーレの戦術の特徴であり、前後半でまるで別チームかの如く運動量が落ちてしまって勝点を取りこぼすといった試合も多かった。特に第7節のヴィッセル神戸戦では後半立ち上がりの時点で3点をリードしていたのにも関わらず、ミスも絡んで4失点を喫して逆転負けするなど90分を通しての安定感はシーズンを通しての課題となった。
同年途中にFWアンデルソン・ロペスが移籍して以降は、FWのポジションが定まらなかったのも安定感を欠いた理由の一つだろう。大卒ルーキーの小柏や本職中盤の荒野を起用することでなんとか乗り切ったが、このワントップ問題は大きな課題として翌シーズンにも持ち越されることとなる。開幕前にはナイジェリア代表歴を持つFWガブリエルを獲得したが、起用されたカップ戦でも結果を残せず夏にJ3の福島ユナイテッドへレンタル移籍。夏に加入したスロベニア人FWミラン・トゥチッチもホーム最終戦の2得点を記録したのがやっと。2017年夏の加入以降ワントップを務めてきたジェイも高齢による衰えを隠すことはできず、2021シーズン限りで退団。上位進出には核となるストライカーの確保が急務であった。
コンサドーレの一時代の終焉
ジェイの退団に加え、シーズン終了後にはMFチャナティップも約5億円という高額移籍金で2連覇中の王者川崎Fへ移籍。さらに監督としてコンサドーレをJ1昇格・残留に導き、ミシャ監督就任後はヘッドコーチとしてチームを支えた四方田修平氏が横浜FCの新指揮官として引き抜かれた。さらに2013年の就任以降、コンサドーレを大きく成長させてきた野々村社長が翌年3月よりJリーグのチェアマンに就任することになった。コンサドーレのクラブの歴史において最も良い時期を中心となって支えてきた功労者が次々にクラブを去ることになり、クラブの一時代は区切りを迎えた。
2018から2021シーズンを振り返るとコロナのなかった世界線や田中、金子、高嶺、小柏といった若手株がルヴァンカップ準優勝時のメンバーと完全融合した世界線を見てみたかったものである。それだけ期待感のある陣容を揃えていた期間であっただけにこの期間でタイトルやACLといったものを勝ち取れなかったのはクラブにとって痛かった。
ミシャサッカーの攻撃の生命線であったジェイとチャナティップが退団し、四方田コーチや野々村社長といった功労者も去った中でクラブはピッチ内外で大きな転換期を迎えることになる。
次回はサッカーの面でも経営の面でも思考錯誤が続き、J2降格という結末を迎えてしまった2022から2024シーズンを振り返っていく。