~赤黒の勇者はいかにしてJ2へ降格したのか~ミシャ体制の7年間を振り返る③
北海道コンサドーレ札幌のミシャ体制の振り返りとして、これまで2018シーズンから2021シーズンまでを振り返ってきた。
今回は最終章として、2022シーズンから2024シーズンまでを振り返っていく。
徐々に見えてきた現場とフロントのすれ違い
ミシャ体制5シーズン目となった2022シーズンはクラブにとって大きな転換期となった。2013シーズンの就任以降、クラブを右肩上がりで浮上させてきた野々村芳和社長がJリーグの新チェアマン就任に伴い、シーズン開幕直後の3月にクラブを去ったことに加え、2015シーズン途中から2017シーズンまで監督を務め、ミシャ監督就任後はヘッドコーチとしてチームを支えてきた四方田修平氏がJ2降格となった横浜FCの新指揮官に就任。ピッチ内でも2017シーズン途中に加入し、ミシャ体制におけるコンサドーレの攻撃の中心となっていたタイ代表MFチャナティップと元イングランド代表FWジェイがともに退団するなど攻撃陣は再構築を余儀なくされた。
野々村社長の後を継いで代表取締役GMとなった三上大勝氏を中心とするフロントはすぐに代役の補強に着手し、ジェイの後釜には浦和レッズで長きに渡りミシャ監督のもとで活躍し、日本代表での実績を持つFW興梠慎三をレンタルで獲得。チャナティップの後釜探しは年明けから動き出したことから難航するかと思われたが、名古屋グランパスを退団し、フリーとなっていたブラジル人MFガブリエル・シャビエルの獲得に成功した。
さらにコンサドーレのユース出身で2006シーズンから2009シーズンまでトップチームで活躍し、日本代表でのプレー経験も持つDF西大伍も13シーズンぶりに復帰するなど実力者を次々に獲得したことでサポーターからの期待も高まっていた。
しかし、シーズンが開幕すると開幕から6試合連続ドローを含む7試合未勝利とスタートダッシュに失敗。ゴールデンウィーク期間の連戦中に勝点を積み上げ、調子を上げていくかと思われたが、チームは低空飛行を続けて残留争いに巻き込まれる形となった。期待の大きかった新戦力も興梠は負傷がちでコンディションが上がらず、シャビエルも不慣れなワントップ起用への適応に苦しんだ。西もミシャ監督からの信頼を勝ち取ることはできず控えの状況が続いた。
ミシャ体制のコンサドーレは2020シーズン以降、オールコートマンツーマンの戦術を取り入れているが、2022シーズンに加入した3選手はこの戦術に適応できる戦力であったとは言えなかった。興梠とシャビエルは前線からのプレスや運動量に不安を抱えており、この2選手が同時にスタメン出場するとミシャ監督の志向するサッカーと現実の乖離が顕著であった。西も鹿島アントラーズやヴィッセル神戸では長らく右サイドバックとして活躍していたが、ミシャ体制ではサイドバックのポジションがない。3バックの右がサイドバックに近い役割となるが、同ポジションではセンターバック並みの守備強度も求められるため、主力の田中駿汰の牙城を崩すことはできず、ボランチやシャドーといった中央のポジションでの途中出場が主となっていた。
ミシャ監督は選手獲得の希望を出さないことはクラブ関係者の口から語られているが、2022シーズンに獲得した3選手は明らかに現場が求めているタイプの選手とはかけ離れており、フロントが思い描く編成とミシャ監督の選手起用及び戦術とのすれ違いが見えてきていた。この点はミシャ監督の側近で選手起用や戦術について意見できる四方田ヘッドコーチの退団の影響が大きいと思われ、フロントが獲得してきた選手を活かすのではなく、ミシャ監督が思い描く選手起用ばかりが先行していた感は否めなかった。
残留争いに巻き込まれた夏場には、ミシャ監督の解任を求める声も上がったが、クラブはシーズン終了まで続投する声明を発表。夏場の補強では、タイ代表MFスパチョークと元韓国代表FWキム・ゴンヒを獲得すると、クラブの声明直後の第28節セレッソ大阪戦でキム・ゴンヒの加入後初ゴールとMF青木亮太の劇的決勝ゴールにより2-1で逆転勝利を収めると、以降の8試合を5勝2分1敗という好成績で乗り切り、最終的には前年と同じ10位でフィニッシュした。しかし夏場の補強が当たったことにより辛くも残留した感は否めなかった。
ついに見え始めたミシャ体制の限界
前年に厳しい残留争いに巻き込まれたこともあり、「ミシャ監督を勇退させるべき」との声も少なからずあったが、クラブは続投を選択した。コロナ渦による経営難の影響もあり、派手な補強はできないお財布事情であったが、神戸を契約満了となった元日本代表MF小林祐希を補強の目玉とし、サンフレッチェ広島で出場機会を失っていたMF浅野雄也と東京ヴェルディからパリ五輪日本代表候補のDF馬場晴也を獲得した。さらにサポーターを喜ばせたのはかつての正ゴールキーパーであるク・ソンユンの復帰だ。兵役期間を終え、韓国に留まる選択肢もあった中で愛着のあるコンサドーレでのプレーを選択した。
一方で中盤のキーマンであったMF高嶺朋樹を柏レイソルに放出し、前年の補強の目玉であった興梠とシャビエルも契約満了によりチームを去った。高嶺の後釜は誰が務めるのか、ワントップは誰が務めるのか、キャンプでのトレーニングマッチでの結果も芳しくなかったことから、小さくない不安を抱えてシーズン開幕を迎えた。
高嶺の抜けた中盤は生え抜きの主将MF宮澤裕樹と荒野拓馬でなんとかやりくりした。興梠とシャビエルの抜けたワントップは当初キム・ゴンヒが務めたが、ショートカウンターを狙う戦術にマッチできず、リーグ初勝利を収めた第4節の横浜F・マリノス戦以降は、スピードに長けたFW小柏剛を起用する形にシフトした。小柏と新加入の浅野、さらに右ウイングバックで目覚ましい成長を遂げたMF金子拓郎を中心とした超攻撃的なカウンターサッカーは脅威の得点力を見せ、前半戦終了時点でリーグトップの38ゴールを叩き出し、失点数もリーグワーストの多さであったが、8位と上位を狙える位置で前半戦を折り返した。
しかし、夏場に金子がクロアチアの名門ディナモ・ザグレブに引き抜かれると小柏の負傷離脱も重なって得点数は大幅に減少。後半戦は17試合で僅か3勝しか挙げられず、最終的に過去2シーズンを下回る12位という成績でフィニッシュした。
2023シーズンを象徴する試合として、第16節の柏レイソル戦が挙げられる。超攻撃的スタイルを全開としたこの一戦は5-4でコンサドーレが勝利。試合後にミシャ監督が発した「Das ist Sapporo」(ドイツ語で「これが札幌だ」の意)はクラブの公式グッズになるほどであったが、このシーズンのコンサドーレは相手の守備が整う前に得点してしまうというスタイルが顕著であり、金子、小柏、浅野の3選手によって成立していた超攻撃的スタイルであった。3選手が揃っていた試合でも引いてスペースを埋めてくる相手には有効打がなく、守備では不用意にバランスを崩して失点するシーンが目立った。金子が抜けた後半戦の低迷は攻撃的スタイルを掲げながらも選手の個に依存していたつけが回ってきたような恰好であり、ミシャ体制の限界が見えていたのは明白であった。
前シーズンにおいて見られたフロントと現場のすれ違いはこの年の補強でも表れており、フロントが目玉として獲得してきた小林はサブに甘んじてしまった。ミシャが小林本人にスタメン起用しない理由として「足が遅いから」と語っていたようだが、ミシャ監督が思い描くハイプレスからのショートカウンターというスタイルに合致していなかったのは認めざるを得ないだろう。ミシャ監督の限界が見え始め、監督のサッカーにフィットしない選手も出てきている中で今度こそミシャ監督勇退のタイミングかと思われたが、フロントはこのタイミングでも続投を選択してしまい、2024シーズンを迎えるのである。
避けられなかった降格の運命
ミシャ監督はこれまで率いていた広島、浦和での任期を上回る7シーズン目となった2024シーズンはオフの移籍市場からクラブは苦しい戦いを強いられた。
田中駿汰、小柏剛、福森晃斗、ルーカス・フェルナンデスと主力選手が次々に流出。財政難の影響から代役の確保以上の補強はできず戦力ダウンが避けられない状況となった。田中の代役にはガンバ大阪からDF髙尾瑠、ルーカスの代役には横浜FCからMF近藤友喜を獲得。小柏の抜けた前線にはガンバ大阪からかつてのエースであるFW鈴木武蔵をレンタルで呼び戻した。
戦力ダウンが否めない中でスタートした2024シーズンはキャンプ中に怪我人が相次いだこともあり、十分な調整ができず。開幕前にミシャ監督は「今年はより一層サポーターの声援が必要になる」と語り、指揮官も厳しい戦いになることを覚悟していたようだった。開幕戦のアビスパ福岡戦こそスコアレスドローだったが、第2節のサガン鳥栖戦から5連敗。第6節のガンバ大阪戦でようやく初勝利を挙げたが、以降は6試合勝ちなし。第14節のジュビロ磐田戦で2勝目を挙げたものの、以降は8連敗と長いトンネルに入った。5月下旬にクラブはミシャ監督のシーズン終了までの続投を発表したが、チームが好転することはなかった。
夏場にはスポンサーからの支援もあり、7選手を獲得する大型補強を敢行。前年まで神戸で活躍していたDF大崎玲央や韓国代表DFパク・ミンギュなど国内外から即戦力を加えた。特に深刻な得点力不足を解消するべく獲得したシエラレオネ代表FWアマドゥ・バカヨコとスペイン人FWジョルディ・サンチェスへの期待は大きかった。
サンチェスがデビューした第23節の浦和戦でようやく連敗を止めるとチームは安定感を取り戻し、第26節の鳥栖戦からは3連勝を達成するなど残留争いのライバル達を猛追。特に大崎とパク・ミンギュの加入により、守備陣は強固なものになった。奇跡の残留に向けて戦い続けていたコンサドーレであったが、第33節のガンバ大阪戦では1点リードの後半アディショナルタイムに2失点を許して逆転負けを喫するなど、勝負所での取りこぼしもあり、第37節の広島戦前日に残留争いのライバルであった柏が勝点を積み上げたことにより、9シーズンぶりのJ2降格が決定した。
後半戦の巻き返しは見事であったが、前シーズンの後半戦から続く停滞感を払拭することはできず、監督交代や戦術変更などあらゆる手段を使わずにミシャ体制でのオールコートマンツーマンにこだわり続けたことにより降格という運命を避けることはできなかった。
J2降格決定後、ミシャ監督の退任が決定。7シーズンもの間コンサドーレを率いてJ1の舞台に立ち続けたことは称賛に値するが、2022シーズンに四方田コーチが去って以降は、自身の頑固さが悪い方向に出てしまっていた印象は否めない。クラブとしてもっとサポートする体制は必要であったのではないだろうか。
来季の指揮官には2022シーズンから2023シーズンまで鹿島を率いた元日本代表の岩政大樹氏の監督就任が決定。FW菅大輝、MF駒井善成、MF浅野雄也と複数の主力選手の退団が決定している一方で、MF青木亮太や近藤友喜などJ1クラブからのオファーを断ってまでチームに残留する選手もいる。新監督のもとで1年でのJ1復帰というミッションに挑むコンサドーレを新シーズンも見守っていきたいと思う。