抹茶は影に隠れて美味しくなる
抹茶の味わいを左右する原料、碾茶(てんちゃ)。その栽培について、八女抹茶で有名な福岡県八女市「星野製茶園」の山口真也さんに詳しいお話を伺いました。
碾茶の栽培工程において、特に重要な役割を果たすのが「被覆(ひふく)」です。
新芽が芽吹く4月になると、碾茶の畑は一面藁や寒冷紗(かんれいしゃ)と呼ばれる化学繊維でできたネットに覆われます。新芽が2~3枚開き始めたころから覆いをかけ始め、茶摘みまで20〜25日間ほど日光を遮ります。
被覆栽培を行う理由は主に3つ。
一つ目は、旨味成分「テアニン」の保持。お茶の主な旨味成分である「テアニン」は、日光に当たることで苦味のもととなる「カテキン」に変化します。しかし日光を遮ることでこの働きが抑えられ、旨味たっぷりのお茶をつくることができます。
二つ目は「覆い香」と呼ばれる香りの生成。これは「ジメチルスルフィド」という成分によるもので、お茶特有の奥深い香りを生み出します。
三つ目は、鮮やかな色味の保持。覆いをして少ない日光で光合成を行うと、茶葉は体内の葉緑素(クロロフィル)を増やします。葉の色素である葉緑素が増えることで、茶葉はより濃く、より深い緑色になるのです。
被覆には2種類あり、新芽の上から直接覆いをかけたものを「直がけ」、自然仕立ての茶園に高さ2mほどの棚を設置してその上から覆いをかけたものを「棚がけ」と呼びます。
直がけの場合は茶葉と覆いが直接触れることで周辺の温度が上がり、成長スピードが早まったり表面が黒っぽく焼けてしまったりと、品質への悪影響が指摘されています。そのため、棚を設置する手間はかかりますが、棚がけのほうがより良い茶葉ができるとされています。
そうして丁寧に育てられた茶葉のうち、その年の最初の新芽を摘み取ってつくられるお茶を一番茶といいます。お茶の中ではもっとも品質が良いとされ、旨味の主成分であるテアニンが二番茶の2倍以上含まれているとも言われています。
一番茶を摘んだ後に萌芽した芽を摘んでつくられるのが二番茶。6月中旬〜7月上旬の日照時間が長い時期に生育するため、二番茶は「カテキン」を多く含みます。
摘み取った抹茶は加工のため碾茶工場へ。幾つもある工程のうち、抹茶の品質に大きな影響を及ぼすのが「蒸熱」から「乾燥」に至る工程です。
茶葉は摘まれた後も生きている(呼吸を続ける)ため、そのまま放っておくと酸化が進んでしまいます。それではせっかく被覆栽培で蓄えた香味が変質してしまうので、摘採後速やかに蒸して熱処理することで、茶葉の酸化酵素の働きを止める必要があります。
うまく蒸すためには「蒸気量」と「投入時間」、それから「茶葉の投入量」の3要素をうまくかけあわせ、葉へのダメージを最小限に効率よく蒸すことが重要です。
そうして蒸した茶葉を乾かすのが乾燥の工程。かつては焚いた炭火の上に和紙を置きその上に茶葉を並べて乾燥していたといいますが、現在では碾茶炉を使った乾燥処理が主流となっています。
乾燥することで、葉の水分は3〜5%程度に。これにより、茶葉の長期的な品質保持が可能となり、また香りもいっそう高まります。
さらに、抹茶は挽き方でも味わいに差がでます。
茶業界では、茶道用の上級品とされる一番茶は石臼で挽き、二番茶や量が必要な製菓用は機械で挽くことが多いとされています。これによってどんな違いが生まれるのでしょうか?
「その最大の違いは、口に含んだ時に感じるまろやかさと舌触りです」と山口さん。
機械挽きの抹茶は(ジェットミルやロールミルなど、使用する機械により若干の違いはありますが)概ね8〜12ミクロン程度の粒子に粉砕され、その粒度は一定ではありません。一方石臼挽きの場合は、時間あたりの生産量は落ちるものの、6ミクロン程度の揃った粒子に粉砕されます。
山口さん曰く、粒度が細かければ細かいほどまろやかで滑らかに、粗ければ粗いほど鋭く苦く感じられるのだそう。このため、茶道では口当たりの良い石臼挽きが好まれますが、生地に練り込むなど用途次第では石臼挽きほどの粒度は必ずしも必要ではないといいます。
製法の違いがもたらす味わいや風味の違いとその原理を理解し、用途に合わせて選び分けること。それが「素材を活かす」ということなのかもしれません。
「良いものを良い方法で使っていただければ、抹茶本来の香りと旨味にきっと驚いていただけると思います」
星野製茶園(記事監修)
〒834-0201 福岡県八女市星野村8136-1
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