広島平和記念式典を見て
はじめに
広島に原子爆弾が投下されてから79年が今日で経過した。毎年、開催されている広島平和記念式典をNHKで視聴し、それに対する個人的な感想を書いておこう。私のFaceBookに書いたものに加筆したものではあるが、改めて自分の意見も兼ねて広く公開したいと思う。
コメント
昨年よりも核抑止を必要悪とみなす立場への批判は昨年に比べ抑え目だったという印象。昨年は「核抑止論者が核なき世界を妨げている」といった主張が広島市長からなされたことは非常に印象的であった。それに比べ、今回は核抑止の否定といったものは見られたものの、抑え目であったと評価して良いだろう。しかしながら、どこかズレたロジックが見られた。例えば、日米を前提とした批判といったものがところどころで見られた一方、「核軍縮の潮流の逆転」を呼び起こしているところの発言はほとんどなし。とりわけ、NHKのナレーションにおいては米国の臨界前核実験には言及したものの、中露の同行についての言及はない。中国はNo First Useを国際的なコンセンサスにしようと発言しているものの、一方でとても早いペースで核弾頭を増加し(アメリカ国防総省「中国軍事力報告2023』)、不透明な政策を貫いている。さらにロシアはウクライナ侵攻において核威嚇を繰り返したり、核の敷居を下げる兆候が見えたりとした軍縮に相反する行動をとっている。そこには言及が少ないことを我々は覚えておく必要があろう。一方で岸田首相の演説に関しては日本政府の核軍縮・不拡散への向き合い方を踏襲したことに留めたように写った。一部の被爆者団体や地元の多くのメディアからは批判されるかもしれないが、アメリカの拡大抑止を強化しながらも理想を唱える日本政府、そして内閣総理大臣の立場からは最善のものであったと評価して良いだろう。
感想
理想と現実
アジア太平洋地域の情勢を鑑みれば、我々は核兵器への依存、拡大抑止(Extended Deterrence)の強化といったことも現実的に求められることでしょう。一方で、核軍縮といったものも、理想といったものも捨ててはならないとも思います。この現実を直視した政策と一方で理想というものの両立は重要だと改めて思いました。
「核兵器がなくなれば恒久平和が訪れる」
疑問としては、「核兵器がなくなれば恒久平和が訪れる」というロジックがところどころで見受けられることでした。確かに安定・不安定パラドックスといったものによって、戦略レベルの核戦力による安定によって、それ未満を不安定にさせてしまうというものは抑止論でも想定されているものではありますが、核全廃によって核兵器国と非核兵器国間の戦力差が縮まり中小規模の紛争が増加するという見方もあります。バラク・オバマがかつてプラハで述べたことを振り返っても、「米国が核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意であることを、信念を持って明言いたします。私は甘い考えは持っていません。この目標は、すぐに達成されるものではありません。おそらく私の生きているうちには達成されないでしょう。」(バラク・オバマ、2016 https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/4089/)であり、先述した前提に立ったものではなかったのであります。確かに、市民社会が理想を政府に求めることは非常に大切ではありますが、国家・政府がなさねばならないことは「国家の生存」という前提があることを被爆国ということの前にあるということを覚えておかねばならないでしょう。
核兵器との向き合い方
また、改めて核兵器との向き合い方の問題を非常に感じました。そのことについては先行の論考に頼ります。(高橋杉雄「世界に「3つの核超大国」が立つ時代――核廃絶と核抑止の二者択一をどう超えるか」、Foresight、2023年 https://www.fsight.jp/articles/-/49971)広島の首長が唱えるのはこの論考における絶対悪とみなす立場でしょう。一方で拡大抑止などの日本の政策としては必要悪とみなすたちばです。そうしたことが今回の平和記念式典では見受けることができました。しかし、ここでも触れられているように、この二つの立場には共通点があります。
そこを私たちは忘れてはならないと思います。あくまでも「悪」というものを共有しているということです。そのコンセンサスを忘れて、必要悪と見做しながら、拡大抑止を追求することを否定してしまうことには疑問に思うことがあります。
おわりに
昨年末、一昨年の秋と広島を訪れ考えさせられたことは多かった。そして、今日という日を迎え、改めて考えさせられたことを書いたまでである。「唯一の戦争被爆国」という立場から核軍縮・不拡散という方針をとってきた一方で「アメリカの拡大抑止に頼る」といった方法をとってきた日本。そのジレンマは今後も付き纏うこととなろう。日本国民、主権者としてこれからも向き合わなければならない課題である。核兵器とは何か、核兵器をめぐる歴史を「被爆国」としてだけでなく振り返ることが求められているように考える。知識なき、イデオロギーのみの議論は危険であるからだ。この問題は現実と理想、現在と未来のバランスが非常に重要な問題である。そのことを確認し、歯切れが悪いが示させていただく。
参考文献
・米国防総省、『中国軍事力報告2023』、2023年 https://media.defense.gov/2023/Oct/19/2003323409/-1/-1/1/2023-MILITARY-AND-SECURITY-DEVELOPMENTS-INVOLVING-THE-PEOPLES-REPUBLIC-OF-CHINA.PDF(2024/8/6 確認)
・高橋杉雄、「世界に「3つの核超大国」が立つ時代――核廃絶と核抑止の二者択一をどう超えるか」、Foresight、2023年 https://www.fsight.jp/articles/-/49971
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?