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アンサンブル編曲のつくりかた【後編】

執筆者:あおじい

はじめに

この記事は、アンサンブル編曲のつくりかた【前編】の続きです。記事全体の前提や目標も記載していますので、お時間があればぜひご一読ください。

例に漏れず、読み飛ばして良いTipsや独り言は、この引用の体裁で記述します。


3. 編曲

楽譜作成ソフトの操作方法についての説明は、この記事では省略します。MuseScoreであれば公式のWebハンドブックや、有志の説明記事・動画が充実しているので、ぜひご参照ください。

さて、前回は編曲を始めるにあたって、必要な素材やツールを準備しました。また、『クラリネットをこわしちゃった』を例に、作業の前に掴んでおくと良い編曲のイメージや、パートの役割が交代する考え方についても解説しました。

ここまで来れば、いよいよ編曲作業の始まりです!
『クラリネットをこわしちゃった』は、動画も音源もYouTubeに載っています。MuseScore.comで検索をかけると、クラリネット4重奏とパーカッション向けの楽譜も入手できました。
役割分担や編曲イメージも、作業前とは思えないほど綿密に策定されています。

それで仮に、木管五重奏の編成通りに楽譜の設定をセットアップするところまで来たとします。
……で、ここからどうすればいいんでしょう?

目指す編成通りの譜面を初っ端から用意し、そのフィールド上の作業のみで完成を目指すのは、相当難しいと個人的には感じます。
リアルタイムで音源を聴き、頭の中で即座に和音に分解し、役割分担と編曲イメージに沿ってパートに書き分け、それを一貫して繰り返し続ける……なんて能力のある方は、そもそも最前線で活躍できるポテンシャルの持ち主でしょうし。

まずは「右手」と「左手」

最初はハードルを下げて、次のような譜面から始めてみましょう。

  • ピアノ(大譜表)

  • ピアノ(ト音記号)

大譜表とは、ト音記号とヘ音記号の五線譜を組み合わせた2段組みの譜表のことです。いわゆる"ピアノの譜表"ですね。
この大譜表はまさしくピアノの「右手」と「左手」になぞらえて、メロディー、ベース・コード、リズムを記入するために使います。曲全体を書き起こすことで、各パートへ音を割り振っていくための"骨格"を作ります。

ここで、必死にかき集めていた素材たちの出番です!楽譜、音源・動画を見比べ、あるいは聴き比べることで楽曲を分析し、音符を配置していきましょう。
重要なのは、できる限りシンプルな状態の譜面を目指すことです。「どのフレーズが重要なんだろう?」「このコードは他のアレンジでも同じなのかな?」といった疑問を解消し、余計なサブメロディや変則的なリズムは削ぎ落としてしまいましょう。でないと、骨格の時点でブクブク太ってしまい、編曲で"肉付け"できる幅が狭まってしまいます。

もし耳コピからスタートするのなら、再生速度の変更を駆使して、正確に音をピックアップしましょう。YouTubeならプレイヤーに再生速度を変更する機能が備わっています。手持ちの音源なら、Audacityなどの高機能音声編集ソフトを利用すると便利です。

和音を分析するときは、ヤマハのコード解析アプリや、構成音からコードを逆引きできるWebサイトなど、便利なツールも活用できます。精度は100%ではありませんが、聞き取りづらい箇所を補完できる場合も多いです。

また、和声法・対位法の知識があればこのあたりの作業はグッと楽になります。黄色い本が本棚で居眠りしているのなら、久々に叩き起こすチャンスです。

今回の『クラリネットをこわしちゃった』を、ヘ長調で1ループのみ採譜してみました。

ト音にメロディー、ヘ音にベース(+コードの構成音)のみ記述した、アホほどシンプルな譜面ですね。
ですが、最低限の情報はすべて詰まっています。つまり、聴き手が『これは原曲のメロディや進行だ』と理解できる譜面の中で、最もシンプルな状態にあります。
次はこの"骨格"に、曲調・調性・リズム・テンポの揺らぎといった"肉付け"を施すことで、個性とボリュームを加えていきます。

面倒に思えるかもしれませんが、このステップを通して得られる恩恵は非常に大きいです。
まず、最終的なアレンジに必要な要素と、そうでない要素を切り分けることが出来ます。曲の頭から編曲すると同時に、リアルタイムでパート譜に振り分ける手法では、後々に出てくる同じ主題のリピートに気付かなかったり、逆に1回限りの重要でないフレーズに重きを置きすぎたりと、曲全体を考慮した分析が難しくなりがちです。しかし今回の方法であれば、楽曲全体を必ず1度は俯瞰することができるので、アレンジのアイデアが洗練されます。
また、シンプルな状態で曲と向き合えるのもメリットです。コード進行やリズムパターンへの理解度が増したり、パート分けの後では気付きにくいであろう採譜ミスを早期に発見できたりします。インプットとアウトプットを1サイクル増すことにはなりますが、結果として工数の削減に繋がることは、想像に難くないはずです。

本筋からは外れますが、もしも筆者のように飽き性な方にも、実はこの手法がおすすめです。頭から順番に完成させていくスタイルだと、終わりが見えないことに嫌気が差して、モチベーションが竜頭蛇尾っちゃう(?)んですよね😩
だから、「曲のはじめから終わりまで一旦作る」→「またはじめに戻り、次のレイヤーで頭から作業する」→…というように、だんだん厚みを増すことで完成を目指す制作をしています。そうすれば、1枚のレイヤーが出来上がる度に達成感があり、モチベが維持できるような気がします。たぶん。

「+α」で効率的に個性を稼ぐ

先ほどのセクションで、大譜表とは別に単一のト音記号の譜表を用意しましたよね。こちらは思いついた「+α」のアイデアを、パート分け時に見返すためのメモとして記入するために用います。

例えば、以下のメロディーに3度下のハモりを付け加えたいとします。

ところで、今回の編曲には「1番はシンプルに、2番はクラが下火になって、3番で盛り上がって返ってくる」という"なんとなくイメージ"がありました(前編を参照)。であれば、1番ではクラリネットのソロだけを聴かせ、ハモりは2番以降に取っておいてもいいかも知れません。
…と思った段階で、以下のようにメモします。

メモには「譜表テキスト」と呼ばれる機能を使っていますが、別にそうでなくたって差し支えありません。
例えば、3度下の音符を譜表そのものに実際に記入してしまっても良いでしょう。自分が分かるように書けば構いません。

大事なのは、アイデアを編曲に取り込む前に、メモとしてすべて書き出してしまうことです。例えば、

  • 音源や動画で見つけたり、自分で思いついたりしたサブメロディや伴奏

  • 奏者のレベルや楽器の特性に応じた、パッセージの変更案

  • 移調・転調、テンポの揺らぎ

など、思いついたものはどんどん書き出していきましょう。

上のような小さなアイデアに留まらず、パートの役割分担や編曲スタイルといった大きな思想でさえ、方針はコロコロと変わるものです。取り込みたいアイデアの数が多ければなおさら、漫然と全部が全部を取り込んでしまっては、ツギハギでまとまりのない編曲になってしまうことでしょう。
ですから取り込む前に、メモを眺めて取捨選択できるスペースを設けてみよう、という発想です。

さっそく、『クラリネットをこわしちゃった』に一通りのアイデアをぶつけてみました。

このように、マージする前に一呼吸置いてアイデアを溜める譜表を用意することで、アレンジの表現幅と作業の効率の両立が図れます。慣れないうちは1行だけでなく2〜3行の譜表を用意し、作業スペースに余裕を持たせてもいいかもしれません。

上の例では、1ループ分の譜表に1〜3番までの構想をすべて詰め込んでいます。このような記法であれば、例えば同じ箇所で思いついた複数のフレーズを1番、2番に振り分けるなど、アイデアを無駄にせず流用しやすくなります。
ただ楽譜はその分見辛くはなりますし、そもそも世の中のあらゆる楽曲が「1番、2番…」みたいにループで成り立っているわけではありません。最初から必要な小節数を用意してから、タイムライン通りに作業しても良いでしょう。

パートに振り分けよう

それでは、いよいよパートに振り分ける段階です。
まずは今までの譜表の下に、ゴールとなる編成通りのパートを付け加えます。

○○四重奏、○○五重奏と呼ばれる編成であれば、声楽に見立ててSATBの4声体に分解することを軸として考えます。すなわち、ソプラノ(Soprano)、アルト(Alto)、テナー/テノール(Tenor)、ベース/バス(Bass)のことですね。
とはいえ発想をお借りするだけで、ガチガチに音楽理論を守る必要はありません。最低限、次の2点だけは意識しておきましょう。

  • 最高音域のパート(もしくは目立たせたいパート)にソプラノを、最低音域のパートにベースを割り振る

  • 残りのパートを「内声」として扱い、和音の構成音やサブメロディ、リズムを割り振る

アンサンブル編曲の難易度を上げているハードルの1つは、「声部が少ないこと」だと思います。編成が小さいほど、和音の配置や進行に「粗」が見て取れるようになるため、初心者が取っつきにくいのではと想像します。
あくまで個人的な考えですが、自分たちが楽しむために編曲する分には、和声学や対位法を頑なに守る必要はないと思います。今日巷に出回っている名曲なんて、大抵はコードやリズムが超複雑なものばかりですから、そもそも4声体で再現し切るなんてほうが無茶です。先の説明もSATBの概念こそ取り入れましたが、交差や省略といった考え方に囚われず、自由にパート分けを繰り広げて良いのではないでしょうか。
ただ、そういった知識が不要かといえば、全くそうではありません。知識があれば作業スピードは格段に上がりますし、禁則を避けることでバランスの取れたサウンドを作ることができます。少数かつクラシックな楽器で構成されるアンサンブルの編曲に携わるなら、楽典は大きな武器となるでしょう。

「五重奏に4声部当てはめたら1パート余るやんけ!四則演算できんのか?バカ」と思われたかも知れません。すみません。
その場合、余ったパートが取れる手段はいくつかあります。例えば、

  • メロディのオクターブ下(もしくは上)をなぞらせる

  • ベースのオクターブ下(もしくは上)をなぞらせる

  • 裏打ち・頭打ちをさせ、リズム隊の要員とする

  • そもそも休符にする

といったやり方です。また、セブンス、ナインス、シックスといった3音以上のコードを忠実に再現したいのであれば、全てのパートを存分に使っても良いでしょう。

ここでは例として、2番のパートを作ります。

前編で作った編曲イメージに沿って、メロディとベースを組み立てます。2番ではClは内声に回り、代わりにFlとObでメロディを回す方針でした。また、ベースはホルンを中心に設計します。
早速、メロディ(・ハモリ)とベースをパートに割り振ってみました。

動画では、採譜に用いた3行のピアノトラックをミュートし、木管五重奏の音だけが聞こえるようにしています。MuseScoreで特定のパートをミュートしたり、左右にパンを振ったりするには、「表示」→「ミキサー」ウィンドウを利用します。
実際の作業では、いちいちミュートにしなくても問題ありません。ただ、せっかくプレイバック機能があるわけですから、進展があるごとに全体を聞き返し、ミスの有無やバランスをチェックする習慣をつけるのが好ましいです。

続いて、残ったパートに和音の構成音や裏打ち、サブメロディなどを加えます。単一の譜表にメモとして残した「+α」の要素も、この工程で組み込んでしまいましょう。

実際に、Clにサブメロディ、Fgに裏打ちと和音の構成音を当てはめてみました。採譜時に思いついて書き留めていた、サブメロディやベース音の駆け上がりといったアイデアも、このタイミングで反映しています。

あらゆる編成で声部の割り振りをスマートに実現できるとは限りません。用いる楽器の種類によっては、事情が込み入ってしまうと筆者は考えています。
通常、金管五重奏と呼ばれるアンサンブルは、Tp*2、Hr、Trb、Tubaで構成されます。この編成であれば、1stTpにソプラノを、Tubaにベースをそれぞれ割り付け、残り3パートでアルト・テナーを分担すればあらかた良い仕上がりになるでしょう。Tubaの音域が編成の中で突出して低く、音量も申し分ないため単独でベースを任せることができ、声部の分担に関して悩む余地が少ないのです。
ところが弦楽の場合はこうはいきません。弦楽五重奏で用いる楽器では、
・Vn*2、Vla*2、Vc
・Vn*2、Vla、Vc*2
・Vn*2、Vla、Vc、Cb
といった数種類の組み合わせが想定されます。一番上の編成ならまだしも、下の2つでは特にベースパートの扱いが難しく、素直にSATBへと割り振れません。弦楽器は音色が似たり寄ったりで、パート間の音域や奏法を意図的に離さないと、曲が単調になりがちだからです。解決しようにも、「Vcの2人を両方とも魅力的に聴かせつつ、ベースパートを確保する方法は?」「Cbは1人でベースを任せるには音量が心許ないが、Vcにオクターブ上をなぞらせては内声が貧弱になるのでは?」といった問題が、芋づる式に浮上することになります。難儀は免れませんが、役割交代の頻度を上げて音色を豊かにする、敢えてベース不在の区間を作るなどの方策をもって、うまくやり繰りする必要があります。
木管五重奏も、ClとOb、HrとFgの音域がそれぞれお互いに被りがちなので、一見して割り振りに困りそうな気がします。ただし前編で述べた通り、木管は楽器ごとの音色の違いが顕著なので、パート同士の役割や音域のダブりに対して、弦楽ほど神経質になる必要はありません。また、Hrだけは周りに馴染みやすいソフトな響きを得意としていますから、素直にFgをベースへとアサインし、Hrは内声に回してしまうのが得策であるケースも多いと感じます。

最低限の作業は終えましたが、「これで完成!」だとさすがに奏者から色々と文句が飛び出そうです。Clはなんかピロピロするだけ、Hrはアホほど低い音域で4分音符を延々と打ち鳴らし、Fgは息継ぎもなしに裏打ちを繰り返しています。FlやObも、「メインパートで美味しいね」とはとても言えない、貧相なメロディのままになってしまいました。
次のセクションでは、アレンジを更にハイカラ(?)に仕上げていきましょう。

現実性と面白みの両立

「奏者にとって現実的な難易度か」「弾きごたえ・聴きごたえがあるか」の2つの観点は、基本的に対立します。
次の譜面を見てみましょう。

Aメロでクラリネットに無限のアルペジオをさせてみました!2番のコンセプトである「Clがメロディを休む代わりにテクニカルな動きをして存在感は残す」に沿ってますし、なおかつ聴きごたえ絶大です!!最高!!!!!!!!!!!!!!!

……多分、奏者は窒息する気がします。
さすがにこれは極端な例でしたが、現実の問題として曲としての面白さを優先すればするほど、実演上の難易度は得てして跳ね上がってしまいます。特に、ソフトウェアは当たり前のようにプレイバックしてくれるので、作業中は余計に気付きにくいんですよね。
とはいえ、平易な演奏のみで構成された楽譜も考えものです。音域、テクニック、出番と休みのバランスなどを考慮し、奏者に弾きごたえを与えつつ、現実的な範疇に収める必要があります。

筆者は、次のような視点から譜面を見直すことが多いです。

【全般】
・難易度の高い音域が、連続して複数小節に亘っていないか

【管楽器】
・ブレスのタイミングは適度に設けているか
・運指上、再現不可能なトリルやトレモロが出現していないか

【弦楽器】
・pizz.とarcoとの間に、切り替え可能な休符があるか
・再現不可能な重音やポジション移動が出現していないか

ある楽器にとってどういった奏法が難しく、あるいは不可能なのかを学習することは、作曲者や編曲者にとって永遠の課題です。楽器の構造ゆえに端から不可能なものは分かりやすいですが、演奏技術のレベルに左右される音域やテクニックもあるでしょう。奏者としても、せっかくもらった楽譜に対して「こんなフレーズ無理!」とは言い辛いでしょうし、「今は自信ないけど、○ヶ月練習したらできるかも…」なんて余計な負担をかけることになりかねません。ですから楽譜を制作する側が責任を持って、実演の難易度を予想するよう心がけたいものです。
最善の方法は、自分がすべての楽器を演奏でき、すべての特徴を把握する楽器超人になることですが、一般人は文献を頼りましょう。リムスキー・コルサコフ『管弦楽法の基本(a capriccio)』には、一度目を通すことを強くオススメします。それ以上の細かいテクニックの調査であれば、「(楽器名)アルペジオ 練習法」のように検索し、特定の奏法についての解説記事・動画がヒットするのを狙いましょう。また、既存の名曲からフレーズの"型"をお借りするのもアリですが、その曲自体が不相応な難易度でないかには注意が必要です。

今回はなんやかんやあって、次のようになりました。

Flの中音域はまろやかで埋もれやすく、内声に回ったClにかき消されると予想したので、1オクターブ上げました。Obはメロディの合間に裏打ちを交えることで、同じダブルリードであるFgの負担を軽減しつつ、音色に大きな乖離が生じないよう配慮しています。
Clは裏メロの拡張に加え、他の楽器で補えきれなかった裏打ちや、サビのリズム隊を任せることで、曲全体のスケールアップに貢献しました。サビ前の洒落た装飾音もポイントです。
HrとFgは大きくテコ入れしています。Hrは音域が低くなりすぎないように、全体的にト音の五線からはみ出さない調整を施しました。FgはAメロでは裏打ちに徹しますが、以降はHrの補助としてベースを担い、サビはHrとのユニゾンによって更に厚みを増しています。

こういった調整は、タイムライン通りとか、あるいは上からパートごとにとか、そういった一方向の流れでは進行しません。「このフレーズを直したけど、今度はなんかこっちが埋もれちゃったな…」のように、1箇所を修正すると大抵は他の箇所で新たな不具合が出るものです。小節やパートをまたいだ気付きと編集を、何サイクルも繰り返しています。
時間は相応にかかりますが、「演奏の現実性」と「曲としての面白み」を両立するための、最も時間を費やす価値のあるステップだと筆者は認識しています。

なお、今は1ループのみを編集しているため全てのパートがそれなりに活躍していますが、控えている1番と3番も同じ密度で書いてしまうと奏者が酸欠を引き起こしかねません。「曲全体が出来た!」と思ったタイミングで、今一度マクロの視点から見直すことも大切です。

ここまでの調整を楽曲全体に対して実践したら、晴れて「完成!」と胸を張れる曲になっているはずです。
最後の仕上げとして、奏者の目線から見やすい楽譜の浄書に取り組んでみましょう。


4. 浄書

セマンティクスなエビデンスをアサインしたアーティキュレーションのプライオリティをレイズしてアペンドするスキームによりイニシアチブにコミットできるブラッシュアップにアグリー


なんて?

つまり「ちゃんと根拠のあるアーティキュレーションを付けたいよね」ということです。当たり前ではあるのですが、この点で配慮が行き届いているかどうかは、奏者にとってかなり大切なポイントです。

冒頭の3小節に対して、アーティキュレーションを付与する状況を考えてみましょう。
ObとHrの裏打ちと、3小節目からのObのメロディに対して、それぞれスタッカートを付けました。

Clの3小節目からは、ObやHrから受け継いだ裏打ちが始まります。それで仮に制作者が、「裏打ちの引き継ぎと分かるだろうから、めんどいしClにはスタッカート付けなくていいや」と思ったとします。
ところがCl奏者が上のスコアを読んだとき、「ObやHrの裏打ちにはスタッカートがあるのに、Clにスタッカートが無いことには意味がある」と解釈したために、あえて自分の裏打ちをテヌート気味に吹いてしまいました。制作者の意図とは異なる演奏になってしまいましたが、楽譜に奏法が指定されていなかったのですから、文句は言えません。

奏者は制作者の心の内なんて知ったことではありません。あくまで楽譜上の記号を、自分なりの意見を交えて読解するしかないのです。
ですからアーティキュレーションを付けるときには、それが根拠のあるアーティキュレーションかどうかに注意しましょう。

特に今回のように、「他方に記号を付けたことで、記号が付いていないほうの意味合いが変わる」ケースは気付きにくい傾向にあります。さらに言えば、奏者が自分のパート譜しか読んでおらず、スコアで他パートとの擦り合わせをしようとさえしていない場合さえあるでしょう(ブーメラン)。
パート数が多かったり、同じフレーズが頻出したりする場合には何かと省略したい気持ちも理解できますが、せめて同じパート内、かつ同じ音形のフレーズに留めるのが無難です。

もう1つ、先ほどの楽譜には欠点があります。
Obの1〜2小節目の裏打ちと、3小節目以降のメロディでは、同じ丸形のスタッカートが使用されています。通常、裏打ちのスタッカートは軽く、鋭いニュアンスが主流でしょうから、同じ記号を使用してしまっては「メロディも軽く吹くのかな?」と思われても仕方ありません。
フレーズを跨ぐ場合には、奏者もそれっぽく調整してくれる場合は多いものの、「察し力」を決して過信してはいけません。特に、スタッカートやアクセントといった記号はあまりにも多義的で、奏者の解釈次第でどうとでも演奏できてしまいます。異なる表現を求めるのであれば、別の記号を用いるか、音楽記号を併用するなどして詳細に指定するべきでしょう。

先ほどの諸問題を解決した譜面の一例です。

裏打ちにはleggieroを指定し、丸形スタッカートが軽快さを含むことを明示しています。あるいは楔形スタッカートなど、別の種類の記号を用いるのも手段の一つです。
Obの3小節目にはmarc.を記述し、ハキハキと聞かせる奏法を期待しています。スラーとスタッカート・テヌートでフレーズの内部にもニュアンスを持たせています。また、3拍目と4拍目を繋ぐはずの8分音符の横線(連桁)をあえて分離させることで、「ドとレとミの」と「おとが」に該当する音符の境界がスラーの区切りであることを、視認しやすくしています。
Hrの譜表では、1小節目の裏打ちと3小節目のベースのそれぞれに、同じmpのダイナミクスを指定しています。本来は前に書かれているmpを受け継ぎますから、2つ目は別段書かなくても良いかもしれません。ただ、3小節目は間奏からAメロに移行するターニングポイントですので、奏者に「ここの音量は誰に揃えればいいんだろう?」と悩ませてしまう余地があり、不親切です。スコア上で他のパートと比較しやすくするためにも、要所にはダイナミクスを記載しておきましょう。

「読まれたい」楽譜論

アーティキュレーションも付け終えたら、いよいよ印刷……の前に、最後の仕上げを施しましょう。

次の画像は、出力したばかりのFlのパート譜です。生まれたてホヤホヤ。
でもその楽譜、「読みやすい」楽譜になっていますか?

編曲者にとって目の前の楽譜は、練りに練ったアイデアを込めて、何度も何度もプレイバックを繰り返している楽譜です。ですから、"悪い意味"でスムーズに読めてしまいます。
いま一度、実演奏を控えている奏者の目線に立ち返ることが大切です。以下のポイントを中心に、「読みにくい」楽譜の原因を排除していきましょう。

  • 1行あたりに含まれる小節数が多すぎたり、少なすぎたりしないか。

  • 音符どうしの間隔が広すぎたり、狭すぎたりしないか。

  • 譜めくりがある場合、十分な休符が設けられているか。

試しに、先ほどのパート譜を整形してみました。

まあまあ読みやすい範疇ですが、ここから更に1ランク上の整形を目指すこともできます。
例えば、1小節目の発想記号「brillante」は、強弱記号の「f」の真下に来ておりバランスが悪いです。決して誤りではありませんが、強弱記号の右側か、いっそ譜表の下から上に配置を変更したほうが、見栄えが良い気がします。
また、番号A2の1小節目(頭から数えて9小節目)では、「ド」にシャープが付いています。ところが2小節先にある「ド」には付いておらず、理論的にはナチュラルの音で演奏するのですが、先の音と場所が近いために、シャープの音と混同してしまうかもしれません。

本来は変更・追加をする必要がない要素でも、奏者にとってよりフレンドリーな楽譜に仕上げられるのであれば、手心を加えるべきです。
このような楽譜は、「読みやすい」だけでなく「読まれたい」楽譜であるといえます。「読まれるべき要素が、ちゃんと奏者の目に留まりやすい」ことと、「解読に苦労せず、演奏者にとって好ましい」ことのダブルミーニングです。

  • 臨時記号(シャープ、フラット、ナチュラルなど)が誤認される可能性はないか

  • 音楽記号の周りの余白は適切か

  • 音楽記号の始点、終点が分かりやすいか(tr、cresc.やdim.など、持続するものは特に)

  • 長い休符がある場合、演奏が再開しやすいように、休符のカウントや影譜が設けられているか

「読まれたい」楽譜に整形するには、相応の眼力が必要です。編曲者や演奏家の個人的な意見、主義にも左右されるでしょうから、純度100%の正解はありません。
だからこそ、演奏や編曲、スコアリーディングの機会を増やすことで、研鑽を積む必要があります。「良い曲を書く」だけでなく、「良い楽譜で提供する」ことに自信を持てた頃には、アレンジャーとしての価値はグンと上がっていることでしょう。


おわりに

曲ができました

拙いからこそアウトプットしよう

前編でお話しした通り、筆者はただのアマチュアです。誰かに曲や楽譜を金銭で買い取ってもらったこともありません。
今こうして書いている記事でさえ、プロの方に見つかって「ド素人が!!お前みたいなのが二度と曲書くな!!!!!!」と罵詈雑言を投げられそうで、内心怯えています。

でも、拙い作品であることに怯えて機会そのものを逃すのは、指摘を食らうより何百倍もバカバカしいことです。
自身の制作物が演奏される機会はとっっっっっても貴重です。こんな時代ですから、インターネットの海に放り投げるだけで、多くの人の目に留まるかもしれません(かく言う私もMuseScore.comに楽譜をアップロードし、view数に一喜一憂しています)。ですが、こんなに時間をかけてアイデアを捻出し、実演奏を想定して何度も修正した楽曲が目の前で演奏される喜びは、編曲者にとって何にも代えがたいものです。機会があるうちに、積極的にリリースしましょう。

また、制作物は演奏家にどんどんレビューしてもらうべきです。「このトリルは問題なく吹けるのか?」とか「この音域で鋭い音は出しにくいのか?」とか、自分で弾けもしないのにウンウン唸るだけで答えが出るはずがありません。多少の辛口レビューは覚悟しつつ、所感を聞いて回るのが上達の最短路といえます。
せっかくコミュニティに所属しているなら、恵まれた環境をフルに活かさない手はありません。周りの人々に曲を提供し、周りの人々から編曲の上達の糧を提供してもらう。そんなサイクルを繰り返すうちに、編曲家として大きな成長を遂げていることでしょう。

皆様も、よい小編成室内楽アンサンブル編曲ライフをお過ごしください。
ほな カイサン!!!


参考記事

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