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アンサンブル編曲のつくりかた【前編】

執筆者:あおじい

はじめに

「この曲、楽譜無くね?」問題

室内楽アンサンブル、楽しいですよね。
同じ楽団の仲間と、好きな曲を演奏して喜びを分かち合える。クラシックから今日のポップスまで、ジャンルや時代を選ばないのも魅力です。

しかしアンサンブルの住民たちは、その世界をより深く知るにつれ、幾度もこんな悩みにぶち当たります。

「このドラマの主題歌、ソロ用の楽譜しか出版してない…。
「ちょっとマイナーな曲だからか、ネットに楽譜落ちてないんだけど…。

島○楽器もぷり○と楽譜も、決して世界の音楽を網羅しているわけではありません。
身内に都合よく編曲家がいる訳でもないし、私たち、これから一体どうなっちゃうの~~~!?😭

前提

  • 本記事は、「好きな曲をアンサンブル向けに編曲したいけど、何から始めればいいかわからない」ときに必要な、スキル・ツール・考え方をまとめたものです。

  • 3~5種類の楽器で構成される、小規模な室内楽アンサンブルを想定しています。(木管○重奏、金管○重奏、弦楽○重奏など)

本記事では、音楽的知識やPCスキルはこれから勉強していく(あるいは既にある程度備わっている)前提で、編曲の実例をもとに思考・作業の流れを解説しています。したがって、例えば楽典の知識や耳コピの具体的なテクニック、ソフトウェアの操作方法については、深掘りしていません。注釈や参考リンクは入れますが、残りはGoogle先生にお訊ねください。
また、音源や楽譜の入手、編曲、演奏にあたって考慮するべき権利(特に著作権、著作者人格権)と各種許諾の取得については、遵守されているものとして解説します。これについては、Wind Band PressさんによるJASRACへのインタビュー記事が分かりやすいので、興味のある方は目を通されることをおすすめします。

このように、万人には当てはらまないマイナーなTipsや堅苦しい注釈は、引用の体裁で記載します。今後「うるせ~~〜!!読んでられっかバーカ!!!!」と思ったら、すっ飛ばしていただいてOKです。

ところでお前は誰?

  • 執筆者はアマチュアのバイオリン・ヴィオラ弾きです。

  • 所属していたオーケストラでアンサンブルを楽しむため、編曲や作曲を4年間自習しました。特に、弦楽を中心とした少人数アンサンブル向けに、クラシック、ポップス、アニメ・ゲーム音楽などを編曲する機会が多くありました。これまで編曲は約120曲、作曲は6曲の実績があります。

  • 和声法や対位法といった楽典の基礎知識は、独学で多少持ち合わせています。

  • つまり全部アマチュアです。最前線で活躍するスーパーアレンジャーのハイパーご教授を期待した方はすまんな!



1. 準備

今回は一例として、童謡『クラリネットをこわしちゃった』を木管五重奏曲に編曲してみます。

童謡や唱歌は、その大半が既にパブリック・ドメイン(知的財産権が消滅したコンテンツ)ですし、子供から大人まで万人に受けが良いですから、編曲する側としてはめっちゃ気が楽です。
もし訪問演奏やプレコンの機会が頻繁にあるのなら、童謡や唱歌のレパートリーは蓄えておくと便利です。めっちゃ。

曲の素材を用意しよう

とにかく曲を知るところから始めなければいけません。
編曲に必要な最低限の情報は、リズム・メロディー・コード(和音進行)です。いわゆる「音楽の三要素」ですね。
これらがなるべく正確に、たくさん手に入る素材を優先して探しましょう。

~素材Tier表~

【Sランク】

・公式の楽譜(データ、出版物)
文句無しに最強です。欲しい情報が比類のない正確さで全て載ってる。仮に全く異なる編成だとしても、公式の譜面であれば入手する価値は十分にあります。

クラシック音楽であれば、真っ先にIMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト)でスコアがあるか検索してみましょう。

一方、現代の曲で「公式」の譜面を探すとなると、向こうもビジネスですので無償のケースは当然ほとんどありません。多少の出費は覚悟しましょう。
出版社が出している楽譜集であれば、整形が見やすかったり、コード譜が付随してきたりと、物によってはリターンが大きいです。
「1曲単位で買いたい」「Web上で完結したい」という方は、ヤマハ「ぷりんと楽譜」で探すのが手っ取り早いです。何ならお目当て編成の楽譜がそのまま見つかる可能性すらあるので、一度は訪問してみると良いでしょう。

【Aランク】
・公式の演奏動画(動画投稿サービス、DVD)
・公式の音源(音源配信サービス、CD)

ちゃんとした楽譜が見つからず、耳コピからスタートする場合もあるでしょう。そんなとき、やはり公式の音源は頼りになります。
もしYouTubeで演奏動画が供給されていたらラッキーです!音源だけでは汲み取れない音や表現を、映像からピックアップできる可能性があります。また、再生速度をプレイヤー上の操作で簡単に変えられるので、細かい分析がとんでもなく捗ります。

・非公式の楽譜(データ、楽譜共有サイト)
正確さは公式に劣るものの、参考資料としては十分に強いです。
「(曲名) 楽譜 pdf」とか、「(曲名) sheets pdf」とかで検索をバンバン掛けましょう。ただし利用条件や、原作者の権利が保護されているかには気をつけて。

なお、譜面の作成にあたって筆者は『MuseScore』というソフトウェアを推奨しています(後述)。このMuseScoreは独自の楽譜共有コミュニティを有しており、なんと世界中の人が制作した楽譜のPDFファイルや、編集可能なMusesScoreデータをそのままダウンロードできてしまいます。もし検索にヒットすれば最of高なので、MuseScoreを使用する方には強くオススメします。

あまり気持ちのいい話ではないですが、MuseScore.comの楽譜シェアサイトは長い間"無法地帯"に近い状態で野放しにされており、作曲者や出版社の利益を軽視した投稿で溢れていました。これを受け、無料会員は「パブリック・ドメイン」もしくは「投稿者が個別に使用を許可したオリジナル曲」のみダウンロードできるよう、2019年にコミュニティ内で取り決められました。以降は状況が改善しつつあるものの、今もなお著作権保護期間内の作品がダウンロード可能な状態で掲載されているケースもあります。
MuseScoreに限らず、特に無料の楽譜を探す場合には、権利を遵守して作られた作品かどうかに気を配りましょう。

【Bランク】
・非公式の演奏音源・動画(カラオケ・コピバン音源、「弾いてみた」「吹いてみた」「アレンジしてみた」系動画)
「公式の音源はあったけど、MVは見つからんかった…」なときに、補助的な役割を果たします。
稀に自分の想定と同じ編成で演奏している動画なんかを見つけることもあり、そんな日には嬉しさと謎の嫉妬(?)が芽生えて作業どころではなくなります。ただあまり参考にしすぎると、いざ自分が編曲するときに脳裏をよぎるため、オリジナリティが消滅するので注意。

これらの素材が1つも見つからなかった場合は、残念ですが他の曲に切り替えましょう。てかむしろそんな曲どうやって見つけてくるんだ……?

必要なツールを導入しよう

編曲を楽譜に出力することがゴールですので、楽譜作成ソフトウェアを使用します。

既にDTMに造詣が深い方は、例えばトラックのみDAWソフトで作成し、楽譜に落とし込む段階ではじめて楽譜作成ソフトを使用したいと思うかもしれません。ただし、MIDIやMusic XMLといったファイルのインポート・エクスポート機能は、ソフトウェアごとに完全な互換性が取れていません。また、DAWに近い機能を備えた楽譜作成ソフトも増えてきています(プレイバック機能、SoundFontやVSTへの対応)。
奏者目線での現実的な編曲にフォーカスできる意味でも、最初から楽譜設計に特化したソフトを使うことを、個人的には推奨しています。

無償で提供されている楽譜作成ソフトウェアのうち、「割と使いやすい」かつ「日本語の参考記事がけっこうある」ものは以下のとおりです。(2022年9月現在)

  • MuseScore(Windows/Mac)☆筆者オススメ

  • Finale NotePad(Windows)

  • Sibelius First(Windows/Mac)

  • Dorico SE(Windows/Mac)

  • Flat(Webアプリケーション)

Finale NotePad、Sibelius First、Dorico SEにはそれぞれ有料の上位版があり、無償版は実質的にそれらの機能制限バージョンです。特に、FinaleとSibeliusの2つは楽譜作成ソフトの老舗とも言える存在で、安定感があります。

一方、MuseScoreはオープンソースで、完全無償のソフトウェアです。現在進行形で開発が進んでいるため、環境によってはやや安定性に欠けますが、機能性や拡張性が群を抜いておりメリットが大きいです。

今回はMuseScoreを使用します。

なお、FlatはWebブラウザやiOS・iPadOSデバイスを拠り所とするアプリケーションです。こちらも無料利用には制限がありますが、後発ながら完成度の高いプロダクトなので、検討しても良いでしょう。



2. どんなアレンジにしたい?

例えば今回の『クラリネットをこわしちゃった』を木管五重奏に落とし込むのであれば、究極このような超シンプル構造でも成立してしまいます。

言わずもがなですが、弾き手にとっても聴き手にとってもおもんない曲になる予感がしますよね。『クラリネットをこわしちゃった』なのに、肝心のクラリネットが和音構成音を延々と頭打ちする激萎え曲になってしまいます。
「アンサンブルするだけならこれでも……」と言われればそれまでなのですが、ただ曲を複数のパートに切り分けるだけでは芸がありません。手を加えるからには、アレンジャーの個性や意図を垣間見られるほうが、面白みがあります。

「役割交代」の考え方

それでは、次のような構造ではどうでしょうか。

複雑そうですが、パートごとに切り分けると案外シンプルです。
クラリネットは基本的にメロディを担当し、2番のみサブメロで隠れつつも存在感は残します。フルート、オーボエは和音を作る引き立て役ですが、2番ではクラリネットに代わりメロディを展開します。ファゴットとホルンはベース役と裏打ちを交互に回し、3番ではサブメロディを積極的に取り入れて豪華なフィニッシュを狙います。

このように、曲の転換点に合わせてパートの役割を交代する発想があると、マンネリになりがちなパート分けを効率よく、かつ面白く実現することができます。
基本的には編曲の作業中に意識すればよく、必ずしも前段階でここまで構造が出来上がっている必要はありません。ただ、最初から大枠が決まっていれば、
「2番のクラリネットは連符を多くして、テクニカルに聴かせよう」
「3番のフルートはメロディをオクターブで重ねて劇的にしたいな」
といった編曲のイメージが、作業中にもより湧きやすくなると思います。

「役割交代」をどれほどの頻度で取り入れるかは、編成される楽器の種類に左右されると考えています。
一般的な木管五重奏を構成するFl・Ob・Cl・Fg・Hrは、各々が比較的独特の音色を有しているため、役割を入れ替えるだけで曲調に一気に
変化が生まれます。ところが金管五重奏や弦楽四重奏・五重奏は、発音の構造が類似している楽器群で編成されます。すなわち、数ヶ所で役割を交代するだけでは音色が変化しづらいので、転換のポイント数や入れ替え方を木管より複雑にしなければいけません。
もっとも、木管楽器の豊かで特徴的な音色は、アンサンブルで調和しにくいというデメリットももたらします。運指や音域といった技術面に留まらず、編成がアレンジの設計思想そのものに影響を与えうることには、留意する必要があります。

原曲 vs オリジナリティ

もう1つ、予めイメージ出来ていると作業が楽になる方針があります。それは、「どれくらい原曲を再現するか?」というバランスの考えです。

前述の通り、手を加えるからにはアレンジャーの個性を取り入れた作品にしたいところです。ところが、「メロディを全く違う曲から引っ張ってくる」「主題の1つ目と2つ目が出てくるタイミングを入れ替える」など、度が過ぎたテコ入れが多いとリスペクトに欠けてしまいます。
『クラリネットをこわしちゃった』のサビだけ突然『夜に駆ける』になったらビビりますよね?ニコニコのMAD動画みたいになってしまいます。

できれば原曲の良さを引き出しつつも、アンサンブル独自の味が染み出すような楽曲が理想です。
筆者であれば、曲の一部を大きなフレーズで捉えたときに、聴き手があくまで「原曲のメロディや進行だ」と理解できる範疇に留めることを意識しています。ふわっとしていますが、具体的には

  • メロディとコードをいっぺんに変形しない

  • フレーズの場所を入れ替えたり、大幅にカットしたりしない

という考えを持って作業します。

一方で、それ以外の要素についてはアイデアを詰め込める部分ですから、編曲者の腕の見せ所でしょう。曲調、調性、リズム、テンポの揺らぎがこれにあたります。
ほかにも「ドラムを他の楽器や奏法で代用する」「演奏が難しいパッセージを簡略化する」といった調整も、オリジナリティを含んで導入して良いと思います。楽器の種類や奏者のレベル、団体のコンセプトに合うような、魅力的な曲のイメージを膨らませましょう。

今回は先ほどの役割分担の図に付け加える形で、次のような編曲スタイルを狙っていきます。

原曲寄りか個性を爆発させるかのバランス感覚は、持ち合わせている編曲スキルにも左右されます。最初は原曲に忠実な作品を心がけ、慣れてきたらより大きな手直しにチャレンジするのも楽しいかもしれません。
なお、パートの役割分担も編曲スタイルも、作業中に方針が転換することは多々あります。最初からここまで厳格に決める必要は決してありませんので、まずはなんとなくのイメージだけでも持つことが肝要です。あとは作業中に、自然とアイデアが湧いてくることでしょう。

もしパブリック・ドメインでない曲の編曲を試みているのであれば、原曲のイメージを損ねるような編曲は行わないよう最大限の警戒が必要です。なぜなら、著作者の意に沿わない改変は、著作者人格権の1つである同一性保持権(著作権法20条)の規定に抵触する、れっきとした権利侵害行為にあたるためです。より厳密なことを言えば、「意に反する」変更にあたるかの線引きは著作者次第ですので、著作権保護期間内の作品を少しでも改変すること自体がリスキーな行為ともいえます。
アマチュアによる編曲の公開や演奏が権利侵害として訴訟された例は、筆者の知る限りありません。それでも曲をお借りするからには、制作物はあくまでもクリーンと呼べるコンテンツであるべきです。節度を持ってアレンジし、また私的な利用のうちに留め置くのが賢明だと思います。



つづく

【後編】に続きます。次回ではいよいよ編曲作業を行い、また奏者に優しい楽譜の整形についても取り上げます。

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