レポ市場(下)
以下のつづきです ☟
政策ツールとしてのレポ
レポ取引は、中央銀行による金融政策にも活用されています。
レポは民間銀行の準備残高の供給を一時的に増加させます。
例えば、2019年9月中旬に短期金融市場でのパニックが起きたときは、10年ぶりのレポ・ファシリティによって、ニューヨーク連銀が大量の資金供給を行いました。
当時、翌日物レポ金利が一時的に10%まで急騰しました。(金利上昇の原因については、『米国の金利急騰とFRBの負債構造』を参照されたい。)
資金を借りたい金融機関は、FRBに引き受けてもらえることが分かると、市場は落ち着きを取り戻し、短期金利は低く抑えられました。
他方で、金融の引き締めをしたい場合、短期的に資金を吸い上げるよう、リバースレポを打ち出します。
FRBがリバースレポを実施するときは、国債を担保に銀行やMMFから有利子でお金を借ります。現在、このリバースレポで吸収するお金の大部分が、MMFからとされています。
MMF(Money Market Fund)は安全性の高い運用をする投資信託のことで、米国の家計では銀行預金のほかにMMFに入金することが定着しています。
米国MMFの資産残高は2024年2月時点で6兆ドルを超えるなど、市場でも存在感があります。
MMFがリバースレポにお金を回す背景には、これまでのFRBによる金融緩和政策の影響があります。
MMFはそれまで短期の米国債やCP(コマーシャル・ペーパー)で運用していましたが、利下げによってゼロ金利に突入すると、利回りが低下して投資妙味が薄れてしまいました。
一方で、預金金利が低下し、よりよい利回りをもとめて家計からの資金がMMFへ流れてきます。
当然、カネ余りの状態だったMMFは、運用先に困ってしまいます。
そこでFRBが打ち出したリバースレポが有望な運用先として注目されました。
MMFからするとリバースレポでFRBにお金を貸し付ければ、ほぼノーリスクで金利を稼ぐことができるからです。
逆に、資金を借りる側からみると、リバースレポ・レートよりも高い金利を提示しなければ、FRBではなく自分にお金を融通してくれません。
そのため、リバースレポ金利が実質的なFFレートの下限(フロア)になります。
このようにレポ取引にかかわる金利というのは、米国の金融動向をはかる上で注目されています。
また、レポ取引は安全性が高いとされているため、翌日物のレポ金利をもとに算出される「SOFR(担保付翌日物調達金利)」は、米国におけるRFR(リスク・フリー・レート)としても採用されています。
ほぼ無リスクとされる金融商品の金利と比べて、どれだけのリスクプレミアムを上乗されるかで、投資するか否かが決まってくるので、RFRは投資判断の物差しになります。
FFレートと比べても、有担保なので低リスクで、準備預金が潤沢にある体制下ではFF市場よりも流動性が高い。
さらにレポ市場に参加する投資家層も幅広いため、より多様な意見が集約されやすいと考えられています。
もともとはLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)が使用されていましたが、なんと2012年6月に不正操作が発覚したため、その代替指標になりました。
バランスシート上の扱い
銀行がどれだけレポ取引を利用しているのかを見るには、立場によってみるべき場所が変わります。
レポによって資金を借入れた場合、「買い戻し条件付売却済みの証券」として、バランスシート上には負債側に入ります。
反対に、リバースレポとして貸し付けたら 「売り戻し条件付買入済みの証券」として、資産側に入ります。
日本でも借入側は「売現先勘定」で負債の部に、
貸付側は「買現先勘定」として資産の部に計上します。
通常の売買取引とは扱いが異なる、というのがポイントです。
レポで担保として売却された債券は、その法的所有権が移転しているにもかかわらず、売り手のバランスシートから離れません。
加えて、差し入れられた債券は、他の資産とは区別されて管理されます。
しかし、2008年金融危機の渦中にあったリーマン・ブラザーズは、レポ取引を売却行為と見なして、担保となる債券をバランスシートから外していました。
実際よりも総資産額を小さく見せることで、レバレッジ比率(=資産/資本)を低くし、格付けで不利にならないよう調整するためです。
しかし、レポでの経済効果は売買行為というよりも有担保ローンに近い。「レポ105」と名付けられた、このような会計操作は不自然といえます。
レポ市場の脆弱性
担保として差し出される債券の信用力があるほど、リスクが低下してレポ・レートが下がります。
基本的に、国債などの安全性の高い資産であれば問題ないでしょう。
しかし、2008年の世界金融危機では、その発端となる住宅ローンに紐づけられた金融商品が、レポ取引でも利用されていました。
2005 年の連邦倒産法改正によって、オートマチック・ステイ(自動停止)の対象外となる範囲は拡大し、株式、債券、MBSなどを担保とするレポにまで及びました。
投資家は次第に投資不適格証券といった流動性のない担保までも受入れるようになり、非エージェンシーMBSなども利用されていきます。
MBS(Mortgage backed Securities)とは、住宅ローン担保証券のことで、価値の裏付けとなるのは、住宅ローンの元本+利子として返済されるお金です。
MBSが誕生した当初は、政府系金融機関によって、国民のマイホーム需要にこたえる形で発行されていました。
住宅ローン債権を証券化して、証券市場に流通すれば、住宅ローンとして貸し出せるお金が集まりやすいと考えたわけです。
しかし、民間の金融機関(非エージェンシー)もMBSを発行するようになり、それを元につくられた金融商品も生まれるなど、複雑化していきました。
サブプライムローンが焦げつき、債権を回収できなくなると、それを裏付けとして発行された債券の価値は下落します。
困ったことに、ハイリスクであったサブプライムにとどまることなく、プライムローンを含めた住宅ローン全体が揺るがされる事態になりました。
投資銀行が保有していたMBSなどの証券化商品は、複雑すぎてその価値を客観的に把握しづらいという問題がありました。
誰もが疑心暗鬼となり、ヘアカット率が大幅に上昇し、それを利用したレポ取引で借入れできる金額が減少してしまいます。
(※正確には、相対取引であるバイラテラル・レポでヘアカット率が急上昇し、第三者を仲介するトライパーティ・レポでは同事象はみられなかったという見解があります)
その結果、投資銀行はどうにかして高金利でも借入れ先を見つけるか、諦めて安値で資産を買い叩かれるかの選択を迫れられました。
◇ ◇ ◇
このように、レポ市場と債券市場は密接に関係しています。
債券市場がパニックになると、担保となる債券の取引価格が急落し、レバレッジをかけるのに必要な資金の流れが止まります。
新たにレポ市場で資金調達をしようとしても、ヘアカット率が上昇しているので、借り入れられるお金が減ってしまいます。
すでにレポ取引中であっても負の影響は避けられません。
担保の価値が下がると、不足分を要求されます(マージンコール)が、払えないと強制的にポジションを解消させられます。
いずれにせよ資金繰りに窮した投資銀行は、ポジションを解消して売却せざるを得なくなるので、含み損が実現してしまいます。
また、レポでお金を借りる期間は翌日物が基本で、とても短い。
その多くがロールオーバー(借り換え)されていますが、誰もお金を貸したがらない局面になると、今度はすぐに債務を返済しなければなりません。
こちらもポジションをとった時と反対売買をして、債務を圧縮することになります。
このようにして、デレバッジ(レバレッジの巻き戻し)が起こります。
債券の投げ売り、担保価値の劣化=ヘアカット率の上昇、資金繰りの悪化、債券の投げ売り…という惨状(流動性危機)が広がりました。
ここまでいくと、負のサイクルを止められるのは、最後の頼みの綱である中央銀行しかいません。
◇ ◇ ◇
…なんと、話はこれだけでは終わりません。
レポ取引によるレバレッジ効果も問題になりました。
ヘッジファンドなどに資金を貸していた投資銀行が、その担保として受け入れていた証券を、自分の投資につかう資金を調達するために再利用していました。
これは「リハイポセケーション」(rehypothecation)と呼ばれ、とくに規制が設けられていなかった英国では一般的に行われていたようです。
その結果、ロンドン市場では大規模な過度なレバレッジが発生したと考えられています。
まさにカオスな状態です。
金融危機が深刻になると、ヘッジファンドが預けていた債券を、リハイポセケーションが利用できないカストディアン口座に退避させるようになります。
こうしたリハイポセケーションへの制約も、投資銀行に急速なレバレッジの収縮をもたしました。
◇ ◇ ◇
以上のように、比較的、安全とされるレポ市場でも、グローバル金融危機の要因の一つになりました。
【まとめ】
・金融政策上は、レポ=資金供給手段、リバースレポ=資金吸収手段として機能している
・バランスシート上では、レポ=負債、リバースレポ=資産に計上される
・翌日物のレポ金利であるSOFRは、米国におけるリスク・フリー・レートに採用されている
・安全性が高いとされるレポ市場にも脆弱性がある。担保として差し出される金融資産の信用力にかかっている
・巨大かつ流動性が高い金融市場であるため、依存している金融機関も多いが、そこでの資金の流れが詰まると、ただちに悪影響を及ぼしうる
【主要参考文献】
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